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第217話 鎮元大仙、玄奘の過去世を知る

 ゆっくりと倒れる玄奘を、沙悟浄がしっかりと抱きかかえる。


「玄奘!」


 准胝観音も驚いて駆け寄り、玄奘の様子を伺う。


 聞こえてきた規則正しい寝息に、一同の緊張が解ける。


「気絶しているだけだ。ずっと寝ていなかったのだろう。目の下にすごいクマがあるな」


 准胝観音はホッとして玄奘の目元を撫でながら言う。


「おシショー様はご飯も食べなかったんだよ!ゴクウはきっと飲まず食わず、寝ずで動いているからって」


「そうか、お師匠様はそんなに俺様を信じて待っていてくれたのか……」


 目を潤ませた孫悟空はゴシゴシと目を拭った。


「全く愚かなことだ。宴が始まるまで寝かせておけ。この頑固な坊主をとびきり驚かせてやろう。見ておけよ、五荘観の宴を思い知らせてやる」


「ヤダー鎮元のその言い方、なんか物騒!」


「なんだと?!」


「そんな言い方ばっかりしてると誤解されるし損するよ〜?」


「うるさいっ!」


 指でつつきながらからかってくる須菩提祖師を、鎮元大仙は鬱陶しそうに扇をふっていなす。


「お師匠さまは俺が運ぼう。悟空も休むといい」


 そう言って玄奘を抱えた沙悟浄は孫悟空を伴って自室へと戻って行った。


「お前たちは部屋に行かぬのか?」


「オレは料理の手伝いをしてくるよ。准胝ちゃんに、久しぶりにオレの料理も食べてほしいからね!」


 鎮元大仙の問いかけに、猪八戒は准胝観音をみて、力こぶを作っていう。


「なに、お前達も寝ていないのではないか?師匠と一緒に休めば良いではないか」


 鎮元大仙が言うと、猪八戒たちは首を振った。


「オレ達は結局何もできませんでしたからね。

ただ待つことしか。だからせめて、宴の手伝いくらいさせてくださいよ」


「味見はボクに任せてね!」


「准胝ちゃんも楽しみにしててね!」


 猪八戒はそういうと、唇に手を当ててから准胝観音に向けて投げる仕草をしてから厨房の方へと玉龍と共にかけて行った。


「ねーオジさん今のなーに?」


「ルハードに教えてもらった、愛を伝える仕草さ。准胝ちゃんに忘れられたら嫌だからな」


「へー、面白いんだねえ」


 そんな会話をしながら去る猪八戒たちを見送っていた准胝観音は顔を真っ赤にしていた。


「ヒューッ、熱いね!」


「飛吻など……あのバカ仔豚め……」


 ヒューヒューとならない口笛の真似をしながら須菩提祖師がやんややんやと囃し立てる。


「やめよ、茶化すな須菩提」


「えへへ、ごめーん!」


 准胝観音に睨まれ、須菩提祖師は片目を瞑って舌を出した。


「それよりも……鎮元、これは何か、キミは知っているの?」


 そう言って須菩提祖師が拾い上げたのは、丸い香皿だ。


「ん?ああ、それは元始天尊が木々の虫除けにとくれたものだ。それがどうかしたか?」


「ふぅん……」


 急に真面目な顔をして考え込んだ須菩提祖師に首を傾げつつ、鎮元大仙は准胝観音を振り返った。


 准胝観音はまだ少し赤い頬をしていて、「暑い暑い」と言いながら手で仰いでいる。


「そういえば准胝観音、玄奘殿が玉果と言われる理由を知っているか?吾輩にはただの人が玉果となる意味がわからんのだ」


「ああ、それは玄奘がもとは金蟬子こんぜんしだったからですよ」


 さらりと言う准胝観音に、鎮元大仙は驚きに大きく開いた口を扇で隠した。


「金蟬子というと……あの頑固者のこんちゃんか?」


 鎮元大仙はずっと昔、釈迦如来と共に崑崙を訪れた弟子たちの中に金蟬子がいたことを思い出していた。

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