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第233話 魔羅の焦り

 さて、准胝観音と普賢菩薩だが、二人はギリギリのところで鎮元大仙に救けられていた。


 以前脱走した玄奘たちを閉じ込めた袖裏乾坤しゅうりけんこんである。


「大丈夫か?全く、無理をするんじゃない」


「すみません、助かりました」


 大きく広がった袖口から出て、准胝観音は普賢菩薩とともに礼を言う。


「蛇は?」


「玄奘の弟子たちが片付けたわ」


 鎮元大仙の言葉に、それまで須菩提祖師にしがみついていた孫悟空がハッとして離れた。


 そして、目を凝らし瘴気の向こうの大蛇の数を数える。


「いーち、にーい……」


 数えてみれば黒大蛇が一体減っている。


 しかも沙悟浄と猪八戒はもう一体の黒大蛇に挑みかかろうとしている。


 文殊菩薩と観音菩薩の影も見え、准胝観音と普賢菩薩は彼らの無事に安堵した。


「くそっ!」


 しかし孫悟空は悔しそうに如意金箍棒を握りしめ、立ち上がった。


「八戒と悟浄に先越された!あと残りはニ匹しかいねえ!俺様も行くぜ!」


「ボクも!」


 玉龍はそう言って龍の姿になった。


「蛇が龍に勝てるわけないでしょ」


 不敵に言う玉龍に、孫悟空は笑って頷いた。


「よし、いくぞ玉龍!」


 二人は風よりも早く飛び出していってしまった。


「あらら、おチビたち行っちゃった。さて、若者たちにばかり任せていられないし、ウチらもしっかりしないとね。太上老君、鎮元」


 すっかり回復したらしい須菩提祖師が準備体操をしながら言う。


「貴様が仕切るでないわ!」


 須菩提祖師にムッとしつつ、太上老君も立ち上がる。


「吾輩は年寄り扱いされるいわれはないぞ」


 鎮元大仙も袖を叩いてため息をついていう。


「さて、ウチらは元始天尊を取り戻そう。行こう!」


「待て!吾輩を置いていくんじゃない!」


 競い合うように元始天尊の元へ向かう二人を、鎮元大仙が追いかける。


 その神仙の元気な様子に准胝観音はホッとして、普賢菩薩を振り返った。


 黒大蛇に喰われそうになって精神的に参っているようだったが。


「須菩提も大丈夫そうだな……普賢、動けるか?」


「はい、いつでも行けますよ、アネさん」


 観音菩薩とともに戦う文殊菩薩を見て触発されたのか、普賢菩薩は鞘にしまった呉鉤剣の柄を掴み、ニカっと笑った。


「よし、妾たちも行こう」


 准胝観音は立ち上がり、腰の剣を抜いて普賢菩薩とともに黒大蛇へ向かっていった。




(なぜだ、何が起こっている!)


 魔羅マーラは焦っていた。


 崑崙の長、万物の父と言われる元始天尊の体を手に入れたのに、崑崙山の深くに入り込めたのに、どうしてこんなところで足止めを喰らっているのだ、と。


「おかしい、おかしい!」


 先ほど出現させた瘴気の黒大蛇三体はもう全て倒されてしまった。


 一体は白銀の龍に絞められ猿の一撃で。もう一体は観音菩薩たちの手によって。


 奴らは黒大蛇に逃げ出したくなるほどの恐怖を感じるはずなのに。


 釈迦如来の弟子である観音菩薩たちは魔羅マーラのような存在に仙人たちより慣れているとはいえ、仙人たちでさえまるで競い合うように黒大蛇にむかうとは。


「何か計画外のことがあるのかな?」


 軽い調子で尋ねてくるのは須菩提祖師だ。


(こいつが一番わからない……っ)


 いつのまにか回復して、ニコニコしながら魔羅マーラに再び立ちはだかってきたのだ。


 一人で飛び込んできた時にズタボロにしてやったというのに、どうして舞い戻ってきたのか魔羅マーラには不思議だった。


(まさか……体を奪い消したはずの元始天尊の意識がまだ……?そんなはずは……)


 無意識のうちに攻撃を弱めていたのだとしたら、その可能性もありうる。


「いい加減、ウチの大事な友人の体を返してもらうよ」


 ニヤリと笑って、須菩提祖師は札を魔羅マーラの体に貼り付けた。


「臨兵闘者……」


 そして須菩提祖師はなにやらブツブツとつぶやき始める。


 こんな紙切れ、と思い魔羅マーラは札を剥がそうとするが、不思議なことに何(なに)でくっついているのか全く剥がれる気配がない。


「くっ!」


 しかも剥がそうとするとたちまち青い閃光が生まれ、魔羅マーラの手に痛みが走る。


「お前の相手はこっちだ!」


 ヒュッと風を切る音がしたと思ったら、魔羅マーラは頬を強(したた)かに打ち据えられた。


「は?!」


 魔羅マーラはその灼熱の痛みに思わず頬を抑える。


 そして、魔羅マーラが振り向いた先にいたのは鎮元大仙だった。


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