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第232話 猪八戒と沙悟浄、黒大蛇を倒す。観音菩薩、猪八戒から義兄と呼ぶように言われ歯軋りする

 清浄の間は混乱していた。


 三体の黒大蛇と魔羅マーラの放つ瘴気で視界も極めて悪い。


 玄奘一人の力ではもうもうと立ち込める瘴気の浄化は追いつかない。


「姉上、普賢!」


 黒い瘴気のせいで准胝観音と普賢菩薩の安否はわからないままだ。


 名を叫んでも二人の返事は返ってこない。


「姉上……」


 あの姉なら無事だと思いたいが、相手は魔羅マーラだ。


 観音菩薩の胸に不安が押し寄せる。


「観音菩薩様!」


 ぼんやりとする観音菩薩の前に、瘴気の奥から黒大蛇が飛び出してきた。


 丸呑みにされかけたが、文殊菩薩が観音菩薩を抱えて転がり、避けることができた。


 床に倒れるふたりに、再び鎌首をもたげた黒大蛇が襲いかかる。


 文殊菩薩と観音菩薩はハッとして宝貝を構えたが、予想以上に黒大蛇の動きは早い。


 観音菩薩は文殊菩薩を守ろうと抱きしめた。


 文殊菩薩が観音菩薩の腕を掴む。


 ──ドン!


 あたりに重い衝撃音が響く。


痛みも何も感じない。


 観音菩薩と文殊菩薩が恐る恐る目を開くと、そこには黒大蛇を抑える猪八戒と沙悟浄の姿があった。


 先ほどの衝撃音は、二人が黒大蛇を防いだ音だった。


「大丈夫ですか、観音菩薩様」


「この義兄あにが来たからもう安心ですよ!」


 二人の協力にホッとした観音菩薩だったが、猪八戒の言葉には複雑な表情をした。


「でりゃああ!」


 猪八戒と沙悟浄は息を合わせ、黒大蛇を押し返す。


 捲簾大将と天蓬元帥という役職にいただけあり、二人の攻撃は強く、黒大蛇をあっという間に観音菩薩たちから引き離した。


「さすがに硬いな」


「ま、これだけ大きければ当たり前だけどね!」


 二人はそれぞれの武器を振るいながら会話をする余裕すらある。


「でも、どんなデカブツにも絶対鍛えられないところがあるよね!」


 猪八戒が片目を瞑って言うと、沙悟浄がニヤリと笑い、頷いた。


「ああ。あそこだな」


「そんじゃま、悟浄ちゃん、八戒お兄さんと一緒にさっさととどめを刺しますか」


 二人は頷いて、左右にわかれると、大きく振り上げた武器を黒大蛇の目玉めがけてそれぞれ振り下ろした。


「グゥォオオオオオ!!!」


 二人の武器はその目玉を打ち、黒大蛇は絶叫して倒れた。


 そこへずっと呪文を唱えていた玄奘の発した錫杖の音が届き、黒大蛇は黒い煙を上げて消えた。


「やったな!」


「ああ!」


 二人は手を叩いてお互いを労う。


「あとは二体と魔羅マーラか。サクッとやってしまおうか!」  


「待ちなさい、あなた方が出ては玄奘の守りが……!」


 観音菩薩が止めようとすると、沙悟浄と猪八戒は足を止め振り向いた。


「じっと待つよりも、前に出て防いだ方が効率がいいですよ」


 そう、沙悟浄が言ってもう一体の黒大蛇へと向かう。


「そうそう。あとは我々に任せてください。あ、観音菩薩様、オレのことはお義兄にいちゃんでも、義兄上あにうえでも、好きな方でお呼びくださいね!」


 猪八戒もそう言って沙悟浄を追っていった。


「……か……」


「観音菩薩様?」


 観音菩薩が何かつぶやいたが、文殊菩薩にはよく聞こえなかった。


「誰がお前を義兄上だなんて!絶対呼ぶものですか!絶対呼ぶものですか!!」


尋ねると、観音菩薩はクワっと目を見開いて叫んだ。


 そして立ち上がって文殊菩薩に手を伸ばした。


「私たちも負けていられません。いきますよ、文殊菩薩!」


「は、はっ!」


 文殊菩薩が観音菩薩の手を掴もうとおずおずと伸ばした手を、観音菩薩は強く掴んで立ち上がらせた。


 猪八戒の軽口を受け、いつのまにか二人から魔羅マーラに対する恐怖が薄れているのを感じた。


 猪八戒は無意識かもしれないが、彼の軽口がなければ今も観音菩薩は座り込んだまま立ち上がれなかっただろう。


「〜〜っ、それも癪なんです!」


 観音菩薩はギリギリと歯軋りをしながら叫んだ。

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