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第244話 西王母、清浄の間へと来訪し、玄奘一行、鎮元大仙により袖裏(しゅうり)に匿われ、崑崙を去る

 握り返す元始天尊の手の力強さと温かさに、確かな回復の手応えを感じた釈迦如来はようやく安堵の表情を浮かべた。


 そんな釈迦如来に元始天尊は頷き、心配ないと言外に伝える。


もだ。安心せよ、その者たちの旅路は約束通り崑崙も手を貸すからな。何か困ったことがあれば頼れ。斉天大聖せいてんたいせい天蓬元帥てんぽうげんすい捲簾大将けんれんたいしょう玉龍ぎょくりゅう


 釈迦如来との約束があったというのは本当のことのようで、元始天尊はひとりひとりの顔を見て、名前を呼びそう言った。


「ありがとうございます」


 一行を代表して、元近衛もとこのえで元始天尊と深い縁もある沙悟浄が礼を言う。


「釈迦如来様、来てくださりありがとうございました。私たちもまた、戻りましたら修行に励みます」


 観音菩薩が言うと、准胝観音をはじめ普賢菩薩と文殊菩薩も頷く。


「ええ。魔羅マーラに対抗するため、衆生しゅうじょうを救うため、あなた方は一層励みなさい。それから孫悟空」


「お、おう」


 釈迦如来から個別に声をかけられ、その昔コテンパンにのされ封印された孫悟空はびくりと身をすくめた。


 怒られると思った孫悟空だったが、釈迦如来は柔和にゅうわな表情で孫悟空の頭を撫でた。


「あなたもだいぶ変わりましたね。その調子で玄奘を支えるのですよ」


「ま、任せろ!お師匠様のことは絶対守り抜いて天竺まで連れて行くからな!」


 釈迦如来に頭を撫でられて少し恥ずかしそうにしながら、どんと胸を叩いて孫悟空が言う。


 その様子を須菩提祖師しゅぼだいそしは微笑ましく、また頼もしく思い眺めていた。


「玉龍、猪八戒、沙悟浄。あなた方も、玄奘をよろしく頼みますよ」


「もちろん!マカせてください!」


 玉龍が元気に釈迦如来の言葉に頷くと、満足そうに微笑んだ釈迦如来の姿は元の玄奘に戻った。


 玄奘は釈迦如来を身におろしていた疲れのためか、ふらりとその場に倒れそうになる。


「お師匠さま!」


 素早く反応した沙悟浄が玄奘を抱き抱えた。


「沙……和尚……」


 玄奘は沙悟浄の名を呟いたと思ったら、そのまま気を失ってしまった。


「玄奘はかなり頑張ってくれたな。休ませてやってくれ」


 准胝観音の言葉に、孫悟空たちは目をうるませながら無言で頷いた。


 釈迦如来をその身におろすまで、玄奘はひたすら場の浄化をして孫悟空たちを魔羅マーラの瘴気からまもってくれていたのだ。


 妖怪よりももろい、人の身で。


「さて、そろそろ帰ろうか。崑崙も落ち着いたし、うるさいのが来る前にな」


「うるさいの……ああ……ふふ、そうだな。その方がいい」


 鎮元大仙の言う“うるさいの”に思い至った元始天尊と太上老君が顔を見合わせて笑う。


「誰のこと?ねえゴクウ、わかる?」


 玉龍が孫悟空に訊ねたその時だった。


「元始天尊様──っ!!」


 聞こえてきた仙女の声に、猪八戒と沙悟浄はサッと顔を青ざめさせた。


「西王母様……っ!」


 二人は西王母から刑罰を与えられ崑崙から追放された身。見つかったらどうなるか想像もつかない。


「あ?あのキーキーうるせえババアが来んのか!?」


 孫悟空もまた、西王母に罰されたことがあるが、その石猿ゆえの頑丈さて切り抜けたことがある。


 孫悟空は西王母のことを怖くはないが、うるさいところが苦手だと思っている。


魔羅マーラより恐ろしいのが来たな」


「こら、仔豚!心の声が口に出ているぞ」


「うそっ!出てた?!やばい!!」


 准胝観音にたしなめられ、猪八戒は慌てて口を手で押さえた。


「全くお前たちは……吾輩が一息に連れ帰ろう。それ、袖裏乾坤しゅうりけんこん!」


 孫悟空たちの狼狽え振りに鎮元大仙が苦笑しながら「疾!」と唱え、玄奘一行をその袖口にかくまった。


「吾輩も面倒はごめんだ。ではな」


 鎮元大仙はそう言うと、手を振る元始天尊たちに背を向け雲に飛び乗った。


「では私たちも帰りましょう。姉上」


「うむ」


 観音菩薩たちも自分たちの住処へと戻っていった。


 たちまち清浄の間は滝の音に満ち、静けさだけが残る。


「旅の無事を……」


 清浄の間に元始天尊たちはそう呟き、身なりを整えると慌ただしく入って来た西王母たちを出迎えたのだった。


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