ほんの一瞬の間に行方をくらました玄奘。
だが玄奘自身にそんな動きができるほどの身体能力はない。
気落ちしていたが、弟子たちに行き先も告げず姿を消すとは考えられなかった。
「やはり拐われたとみたほうがいいな」
「お師匠さんを狙う妖怪も少なくないからな」
「相手はかなりの手練れ……だな」
沙悟浄の言葉に緊張が走る。
「ゴクウがいたら、こんなことは起きなかったのかなあ……」
「んなこと言ったって……仕方ないだろ玉龍。お師匠さんが破門しちまったんだから」
「……はぁ」
猪八戒の言葉に、玉龍は俯いてため息をついた。
「ゴクウのこと、オシショーさまはどうする気なんだろ。ハモンってさ、やばいんでしょ?よく知らないけど」
「……そうだな……釈迦如来様たちも何にも連絡よこさねぇし、どうなってんだかなあ」
猪八戒も大きなため息をつく。
どんよりとした街の雰囲気も相まって、三人の気持ちがさらに沈んで行く。
(──情けない)
沙悟浄は降妖宝杖の柄をきつくにぎった。
なぜ玄奘が攫われたことに気づけなかったのか、沙悟浄は悔しさと自分への怒りに叫びだしてしまいたくなる。
だがそんなことをしても玄奘が見つかるわけではない。
沙悟浄は荒れる心を何とか鎮め、努めて冷静に状況を整理した。
過ぎた時間はほんの数秒。
玄奘を連れ去ったのが、いくら妖怪や仙力をもつ者でも遠くまで移動するとは考えられない。
「きっとまだこの街のどこかにいるはずだ。探そう」
「探すって言っても、どこから探したら良いかわからないよ」
「とにかく片っ端から話を聞いてみよう」
「みんな俯いてるけど、オシショー様のこと見かけたかな……」
不安そうな玉龍の言葉に沙悟浄は宿屋の主人から聞いた話を思い出した。
「そういえば十年前くらいに、この国の姫が突然行方不明になったと宿の主人が話していた。お師匠さまもいきなりいなくなったし、もしかしたら何か関係があるかもしれない」
「えっ、お姫様が十年も見つかってないの?!おシショー様もそんなことになったらどうしよう……!ね、ふたりとも、落ち込んでる場合じゃないよ、早くおシショーさまを探そう!」
こうして三人は玄奘を見かけなかったかと街の人々にたずねまわり、ついに一軒の小さな店に辿り着いた。
ある女性が、長身の男性に連れられて店に入る玄奘を見ていたのだ。
玄奘の様子はぼんやりとしていて生気がない様子だったとも教えてくれた。
「おシショーサマっ!」
三人は意を決して店に入るが、薄暗いそこに人気はない。
「誰かいないか?」
沙悟浄が声を張りあげて問いかけても、店の奥からは物音ひとつしない。
「戸締りもしないでお店をルスにするなんて、ブヨウジンだなあ」
玉龍が店の中をキョロキョロと見回しながら呟いた。
そこは怪しげな雰囲気の店で、こぢんまりとしていながらも、調度品はそれなりに値の張る物が並んでいる。
「なあに、ここ、コットウ屋さん?」
玉龍は物珍しそうに品物の数々を覗き込んだ。
「玉龍、あまり触らないほうがいい。何かの呪具かもしれないからな」
「んー、でもこのツボに描いてある絵が、なんだかおシショーサマに似てるんだよね」
「何っ?!」
猪八戒と沙悟浄は、玉龍が指差す壺を眺めた。
「たしかに……お師匠さんに似ているな」
その壺には玄奘と同じような服装の僧侶が河辺の椅子に腰をかけている絵が描かれている。
「お客さんですかな?」
「うわっ!」
その時三人の真後ろから声をかけてきた男がいた。
玉龍は驚いて悲鳴をあげたが、猪八戒と沙悟浄は厳しい眼差しでその男を見た。
かちゃり、とそれぞれの武器を握り直した小さな音が立つ。
男は長い髪を下の方でひとまとめに結い、淡い山吹色の袍衣を纏っている。
そして片方、左の目に人間の世界ではまだめずらしい、レンズのようなものをかけていた。
(……なんだこいつ)
猪八戒は注意深く男を探った。
背丈は猪八戒と同じくらいの、痩せ型で大柄な男だが、痩せている分やけに背が高く見える。
顔も声音も接客のために柔らかくにこやかだが、烏斯蔵国で商売に関わってきた猪八戒は違和感を覚えながらもその気持ちを抑え、男に近づいた。