近くに寄ると、店主は猪八戒と大して背丈も変わらない。
猪八戒は不信感を笑顔で押し込め、にこやかな笑みを浮かべて男に話しかけた。
「このお店のかたですか?この壺について少々……」
「おや、その壺ですか?ああ素晴らしい!あなたはお目が高い!」
八戒の言葉に男は言葉を遮り飛びついた。そして、揉み手をして笑みを深くし擦り寄ってくる。
「いえ、
あまりの男の勢いに気圧され、後退りながら猪八戒は一人称をわざわざ変えて言った。
猪八戒が同業者であることを知った男は驚きに一瞬目を見開いたが、そして「そうなんですか」と嫌な顔もせず相変わらず笑顔のまま揉み手をしながら頷いた。
(こいつ、商人じゃないな……はたまた感情を隠すのが上手いのか……さて)
普通同業者であれば警戒心から表情の一つでも変えるものなのに。
猪八戒は笑顔で男に近づき、彼が片目につけているレンズを眺めた。
「そのモノクル、良い品ですね。私は烏斯蔵国で商いをしていましたが、そのような透明感のあるレンズはみたことがありませんよ」
「ははは、同業者さんでしたか。いえね、このモノクルは、一説には天の星官が使っているものだと言う言い伝えがあるのですよ。美しいでしょう」
「ええ、とても」
「ハッカイオジさん、なんかフンイキ怖くない?」
「……」
玉龍はヒソヒソと沙悟浄に耳打ちをした。
一見にこやかだが、猪八戒の声には冷たさが混じっている。
沙悟浄は猪八戒の真意が測りきれず、見守ることしかできない。
なぜなら沙悟浄は、武芸の腕には自信があるが、美術品を見る目はからきしなのだ。
西王母の言いつけなどのおり、崑崙の宝物殿にも何度か入ったが、何が良いのか全くわかる気がしなくて、管理は部下や青鸞童子に任せきりだった。
沙悟浄にとってはどんな値打ちの骨頭品も彼からみたらただの皿や壺でしかない。
「それでこちらの壺なんですが……これは呪具だな?正直に言え」
猪八戒は途端に口調を変え、低く冷たい声と目線を男に向けた。
「その片目につけたレンズ……ええと、そうだ、モノクルというやつだな。それも見たことがあるぞ。……おまえ、人ではないな?」
猪八戒の問いかけに男は揉み手をとめ、表情を消した。
「さすがは天蓬元帥、といったところか」
「お前、オレの名を……?!」
「おっと、それ以上近づくと、この壺を……」
男は態度を豹変させ、玄奘に似た坊主の絵が書いてある壺を抱えて振り上げた。
「やはりそこにお師匠さんがいるんだな、返せ!」
猪八戒がいうが、男は壺を掲げたままニヤニヤとしている。
猪八戒も沙悟浄も、壺を割られたらと思うと迂闊に動けない。
玉龍は叫んだ。
「やめてよ!壺が割れたらおシショーサマが……っ!」
「そんなにもお師匠様にお会いしたいのですか?ではあなた方もご招待しましょう!」
男が壺の口を三人に向けてそういうと、叫ぶ間も無く三人はあっという間に吸い込んまれてしまった。
「弟子も揃えて牛魔王に売れば、きっと僕の望みも……」
男はそう呟いて壺の絵を撫でた。
しかし。
川辺に佇む玄奘に近づく二人の子連れの女性の絵姿を見て男は表情をくもらせた。
「百花……一体何を?」
すぐにでも壺を牛魔王に渡しに行こうと思っていた男は、慌てて自らも壺の中へと入って行ったのだった。