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第266話 沙悟浄、奎木狼と対峙する

 檻に閉じ込められたことに気づいた玄奘は驚いて檻に前足を掛け揺らした。


「ガウ!?ガウ!!」


 だが檻はガシャガシャと音を立てるだけで壊れる気配は全くと言っていいほど、ない。


「まあいいでしょう。人の姿で喋るものよりも、虎の姿なら牛魔王様も食べやすく毛皮も敷物として使っていただけよう。さあ、送る準備をせねば。百花、手伝っておくれ」


 奎木狼は妻へ呼びかけた。


 逃げ出すこともできず、玄奘は項垂れた。


 檻の下には車輪があり、奎木狼と百花が押すと軋んだ音を立てて進んでいく。


「ちょっとまったあ!」


 そこへ突然声が響いた。


「グルルウ……?」


 それは玄奘にとって聞き馴染みのある声だ。


 玄奘は檻の中から声のした方へ向いた。


 虎になったので聴覚は人間の時よりも鋭くなったようだ。


 崖の上に人影が三つ見える。


 そこには八戒、沙悟浄、玉龍の姿があった。


「ガウっ!」


 玄奘は興奮して檻に前足をかけて立ち上がった。


「チッ、森の奥深くに落としたのだが、もうここを見つけたのか」


 奎木狼がボソリと悪態をつく。


「やっと見つけたぜ!さあ、お師匠さんを返してもらおうか!!」


 肩で息を吐きながら八戒が言った。


「百花、子どもたちを連れて庵へ」


 促され、百花は慌てて子どもたちを連れてその場を後にした。


「あいつの家族か……」


 猪八戒はやりづらいなと舌打ちした。


「ねえ、それよりおシショーサマはどこ?どこにも見えないけど」


 玉龍はあたりをキョロキョロしながら言う。


「匂いはするが……」


 沙悟浄が鼻をひくつかせながら言う。


 玄奘は旅の道中であっても毎日のお勤めは欠かさない。


 線香をあげ、お経を読む。


 だから彼には線香の匂いが染み付いており、それは風に乗ってどこにいるかを容易にするのだ。


 しかし線香の匂いはするのに玄奘の姿はどこにもなく、いるのは奎木狼と檻に入れられた白い虎だ。


「クゥ〜……」


「まさか、あの虎がオシショーサマ?!!」


「きさまぁああああ!」


 玉龍が驚いで呟いた次の瞬間、沙悟浄が疾風のように飛び出した。


「悟浄、まて!」


 猪八戒が止めようとしたが沙悟浄の耳には届かない。


 沙悟浄は、まるで逆落としをかける馬のようにあっというまに崖をかけおり、奎木狼に向かって降妖宝杖を振りかざした。


「よくも、よくもお師匠さまを……!」


 沙悟浄は天を統べる玉皇大帝の元近衛。


 玄奘を始め、猪八戒と玉龍も沙悟浄が容易に奎木狼を打ち倒し決着をつけることができると思っていた。


 しかし。


 素早い速さで繰り出される長柄の武器の攻撃を、奎木狼は難なく避けてみせた。


「元近衛の捲簾大将、腕が落ちたのでは?」


 嘲笑うかのようにそう言って身をかがめて沙悟浄の懐に入り込み腹部に近距離から拳を撃ち込んだ。


「がはっ!」


「まだまだ!」


 さらに二撃、三撃と撃ち込まれ、沙悟浄はついに膝をついてしまった。


「ぐっ……う……」


「この程度ですか。天帝の近衛も大したことありませんね」


「ガウッ!ガウッ!!」


「心配いりませんよ、お師匠さまのことはこの俺の命に代えても……!」


 沙悟浄は降妖宝杖を震える手で掴み、ヨロヨロと立ちあがろうとした。


「甘いですね」


「ぐあっ!」


 だが奎木狼はそれを足で払い、再び地に倒れた沙悟浄の背中を踏みつけた。


「ゴジョー!」


「っこの!」


 猪八戒は雲を呼び、そこに飛び乗って奎木狼に向かった。


「誰が来ても同じことです」


 奎木狼は猪八戒を避けその足を手刀で払って雲から落とした。


 猪八戒は地面に打ち付けられる直前に素早く体勢を変える。


「遅い」


 だがその間に間近に迫った奎木狼の攻撃を避けきれず、猪八戒は奎木狼の蹴りをまともに後頭部にくらってしまった。


「ぐ……っ!」


「この程度ですか?捲簾大将と天蓬元帥というのは、存外大したことのないものですね」


 奎木狼は息も乱れさせず、髪を少し撫でて着物の襟元を整えながら馬鹿にしたように言った。


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