奎木狼は、妻と子どもたちの顔を順に見て言葉を続ける。
「毎日幸せでした。愛する人と過ごすことができて。仕事にしか興味のなかったつまらない私の世界は、急に色づいて世界の全てに楽しさを見出せたのです」
「北斗たちとも、いつも頑張っている君が楽しく過ごせているのなら休暇をあげようねと話し合ったんだよ」
南斗六星がうんうんと頷いていう。
「百花との間に子が宿ったことを知った私は、ああ、私が人の世界で過ごしていることを妙見菩薩様がたはご存知なのだとハッとしました。北辰宮に帰らねば、そう思うのに、家族を置いて戻る決心もつかず……」
「そうしている間に私(わたくし)は二人目を授かったのです。私は夫に天に帰らず人の世で過ごしてほしいと願いました。家族が離れ離れになるなんて、とても耐えられない、と」
申し訳なさに言葉を続けられなくなった夫の代わりに百花公主が話を続けると、奎木狼は百花公主の手を握り、あとは自分から話すと目で伝え口を開いた。
「妻と子が寿命をまっとうするまでここに居よう、そう思ったものの……今度は、家族がいなくなることが私は恐ろしくなってしまったのです。そこに牛魔王の知らせが届きました」
「牛魔王の知らせ?」
沙悟浄が眉間に皺を寄せる。
「ああ、俺様も白骨精から聞いたぜ。お師匠様を連れて来いってやつだろ。さっきも言ったけど、あいつに人の寿命を伸ばす力なんてねえぞ」
孫悟空が肩をすくめていうと、北斗七星も同意して頷いた。
「人の命は我々と違って有限のもの。誰であっても変えることはできぬ」
「まあ北斗と南斗たちならできるけどね」
北斗七星と南斗六星は生死を司る。
彼らの持つ帳面には人の名と寿命が書かれており、彼らはそれを自由に書き換えることができるのだ。
「牛魔王は多くの宝を持っています。もしかしたら人の寿命を伸ばす秘薬などがあるのではないかと、わたしは浅はかながらにそう考えてしまい、玄奘様を牛魔王に差し出そうと企んだのです」
「そうだったのですか……話してくださりありがとうございます」
玄奘が言うと、奎木狼はその場にひざまずき深く頭を下げた。
「玄奘様、御一行様、申し訳ありませんでした!妙見菩薩さま、私はどうなっても構いません。でもどうか、どうか家族だけはご容赦ください!」
「奎木狼……」
「いえ、夫に牛魔王の話をしたのは妻の私です。罰なら私にも!」
百花も頭を下げて妙見菩薩に懇願する。
「わたしにもお与えください。お父さまとお母さまと離れたくない!!」
「しんしんも!はなれるの、や!」
年上の月華は親を庇って頭を下げ、話がわかっていない1番年下の星星まで姉習って頭を下げている。
「妙見菩薩さま……私はこうして元に戻れましたし、できれば穏便にお願いしたいのですが……」
玄奘は妙見菩薩を見た。
「玄奘、優しい言葉、感謝する」
妙見菩薩は玄奘に頭を下げ、謝意を示す。
そしてすぐに顔をあげた。
先ほどまでの穏やかなそれとは違う、厳しい表情だった。
「だが罪は罪。償わなければならない。償わなければ、この両親の業がこの小さな子どもたちに降りかかることになるだろう」
親の因果が子に報う。
無垢な子どもたちは親を守ろうと今必死に頭を下げている。
「妙見菩薩様……」
玄奘は懇願するように妙見菩薩の名を呼んだ。
「しかし……元は我々が奎木狼をすぐに天へ戻さなかったことも原因にあげられよう。彼だけに責は負わせられまい」
妙見菩薩が言うと、北斗七星と南斗六星も神妙な顔をして頷いた。