妙見菩薩は奎木狼に向き直ると静かに告げた。
「奎木狼、お前を星宿の職から解き、今後は人として生きることを命じます」
天に住まうものたちにとって、地におとされると言うのは最上級の罰だ。
「妙見菩薩様……!承知いたしました」
百花と二人、奎木狼は驚いた顔を上げ、顔を見合わせた。
そしてすぐに夫婦は頭を下げてそれを受け入れる。
「南斗六星、帳面を」
「はい」
南斗六星が恭しく妙見菩薩に帳面を渡した。
北斗七星と南斗六星が筆を持ち記すと、奎木狼の狼の耳は消えてしまった。
「これよりお前は奎宿ではなく、一人の人、奎木狼として生きていくのです。仙力も何もない無力な、ただの人として」
孫悟空、猪八戒、沙悟浄は顔を見合わせた。
自分たちは仙術を使うための力までは奪われなかったので、ある意味三人以上に重い罰だといえよう。
だが人の世で家族と共に暮らし、愛する人と寿命をまっとうすることができる。
奎木狼にとっては寛大とも言える罰だった。
「玄奘殿の温情と、今までのあなたの勤勉ぶりを加味して寿命に手心は加えといたよ」
南斗六星が言うと、玄奘も嬉しそうに頷いた。
「寛大なお計らいありがとうございます、妙見菩薩様」
玄奘の礼に妙見菩薩は首を振り、奎木狼に言った。
「この世は多くの困難に満ちています。病を得ることもあるでしょう。ソリの合わない人と過ごさねばならぬときもあるでしょう。お前は力を失っています。得難いものを欲して苦労するかもしれません」
「僕はもう十分得難いものを得ました。妻と子です。この存在に勝る得難いものなどあるでしょうか」
奎木狼が涙を流し妻と子を抱きしめながら言った。
「仕事一辺倒だった奎宿の言葉とは思えんな」
「変わるもんだねえ」
北斗七星が言うと、南斗六星は茶化すように言った。
「ありがとうございます、妙見菩薩さま、玄奘さま。このご恩は生涯……いえ、末代に渡るまで語り継ぎ忘れないことをお約束します」
奎木狼とその家族が揃って頭を下げる。
「さあ、早く家族のもとに帰りなさい」
妙見菩薩が扇を振るうと奎木狼とその家族の姿が忽然と消えた。
少し未来の話をすると、その後百花は宝象国の城に戻り奎木狼は城で文官見習いとして登用された。
十数年ぶりに姫がしかも夫と孫を連れて戻ってきたとあって、しばらく国を挙げてのお祭り騒ぎが続いた。
奎木狼は慣れない人の暮らしの中で苦労しながらも、その真面目さと有能ぶりは多くの人に認められ、家族ともども宝象国に生涯を尽くしたと言う。
「これでよかったんですよね、妙見菩薩様」
奎木狼一家を送り出した後、北斗七星が帳面をパタンと閉じて妙見菩薩を見上げる。
「寛大なご配慮、ありがとうございます」
玄奘も妙見菩薩に礼を言う。
「こっちは大団円じゃないよ。奎宿の抜けた穴には新しい官吏を探さないとね」
使えそうなの誰かいたかな、と南斗六星が頭をかきながら言う。
「それまで協力して、我々で星の仕事をしていきましょう。ところで玄奘、我々がここにきたのにはもう一つ理由があるのです」
「理由、ですか?」
「あなたに伝えるときが来たのだと、我々は判断しました」
「伝える……?一体何をですか?」
玄奘が尋ねると、妙見菩薩は微笑んだ。
「あなたのご家族は生きています。それを伝えに来たのです」
「──え?」
玄奘は時が止まったような気がした。