しばらくの間沈黙が辺りを包んだ。
「私の、家族……父と母が、生きている?」
玄奘がポツリとつぶやく。
「やったじゃねえかお師匠様!家族に会いたいって言ってたもんな!」
孫悟空が飛び跳ねて言うが、当の玄奘が複雑な表情でいるので、はしゃぐのをやめた。
「今生でも親とは生き別れなのか……」
沙悟浄がつぶやく。
玄奘は自分が覚えている別の人生、馮雪として生きていた時も親がいないことを覚えており、今生でも親とは縁が薄いのかと密かに嘆いていた。
「厳密に言えばお母上は生きておられます。お父上は……説明が難しいのですが、魂を龍宮に
て保管していただいております」
「えっ?ウチに??」
思いがけない場所が挙げられ、玉龍は驚いた。
「あなたが奎宿の術で虎に変化したのは、おそらく心の底で家族との縁が浅いことを嘆いていたからでしょう。知らず知らずのうちに積もった寂しさ、悲しさ、羨望、怒り。それがあなたを虎の姿に変えてしまったのです」
「……っ!」
妙見菩薩の言葉に玄奘は顔を赤らめた。
取り繕って隠してきた自分の思いを晒されたように感じたからだ。
「ですからあなたは自分の感情、気持ちと向き合う必要があります。あなたを育てた金山寺の和尚をたずねなさい。いまなら……きっとあなたは乗り越えられるでしょう」
そう言って、妙見菩薩と北斗七星、南斗六星は天へと帰っていった。
「法明和尚を探す……」
夕暮れに包まれる骨董屋の中で玄奘がつぶやくと、どこからかチリン、チリンと小さな鐘が鳴る音がした。
「なんの音かな?」
玉龍が首を傾げて言う。
その音を聞いた途端、玄奘は弾かれたように顔を上げて骨董屋を飛び出した。
「あっ、オシショーサマ?!」
玉龍の驚く声がするが、玄奘は立ち止まらなかった。
チリン、チリンと鳴る音を辿り、玄奘は街の中を駆けていく。
やがて音が大きくなり、ようやく音の出どころを見つけた玄奘は足を止めた。
「お師匠さま、どうされましたか」
息を弾ませて追いついた沙悟浄が玄奘の袖を掴んだ。
「……」
玄奘は沙悟浄の問いかけには答えずにじっと音のする方を見ている。
一体何があるんだと沙悟浄が玄奘の視線の先を見ると、そこには辻に立つ僧侶が一人、経を読んで鐘を鳴らしている姿があった。
道ゆく人は彼を拝み、籠に施しを入れていく。
托鉢僧だ。
「あれ、オシショーさま、オボウさんがいるよ!オシショーさまの知ってる人かなあ?」
「玉龍ちゃん、坊さん同士がみんな知り合いってわけじゃないぞ。宗派だって色々あるんだから」
明るく言う玉龍に猪八戒がやれやれという様子で言った。
「でもオシショーサマと同じような格好をしているよ。シュウハ?は一緒なんじゃないかな」
「お師匠様?」
弟子のやり取りには混じらず、玄奘は托鉢僧の元へと小走りで近づいていく。
孫悟空と沙悟浄は、ただならぬ玄奘の様子に武器を握る手に力を込めた。
「あの托鉢僧、怪しい……」
沙悟浄がつぶやく。
「ああ。お膳立てにしちゃ出来過ぎだな」
孫悟空も沙悟浄に同意して、駆け足で先をゆく玄奘の跡を大股でついていく。
「あっ、ちょっと待ってよ!!ほらオジさんボクたちも行こう!」
「お、おお。そうだな」
玉龍と猪八戒も置いていかれてはたまらないと、急いで玄奘を追いかけたのだった。