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第279話 育ての親、法明和尚

 玄奘は托鉢僧たくはつそうに一礼をして、籠に路銀の一部を入れようとした。その時。


「息災のようだな、江流こうりゅう。いや、いまは玄奘か?」


 托鉢僧から話しかけられた玄奘はハッとして顔を上げた。


「私のその名を知っているとは……やはりあなたは法明和尚……?」


 玄奘が言うと、托鉢僧は被っていた笠を少し上げ、イタズラっぽく片目を閉じた。


「元気かの?じつはお前が天竺に行くって聞いてわしも行ってみたくなっちゃってのう!ガハハ、まさかお前に会えるとは。お告げに従った甲斐があったわい!」


「お告げって……」


「だいぶ前に夢枕に菩薩さまが立たれてのう。どんな菩薩さまか忘れたんじゃが、その菩薩さまがおっしゃるには、お前も天竺に行ってみろ、と。そうしたら居ても立っても居られず旅に出たんだが、もしかしたらここでお前に会うためだったのかもなあ」


 ガハハと豪快に笑う法明和尚に、玄奘は縋りついた。


「先生、教えていただきたいことがございます!」


「うむ。わしもお前に話さねばならぬことがあるぞ!さあ、わしのねぐらに行こうか」


 思いがけない再会に、じつは玄奘には喜びよりも不安な気持ちが優っていた。


 なつかしの師に会えたものの、二つ返事でついていく気にはなれずにいた。


 妙見菩薩は時期が来たと言っていたが、玄奘は父母の話を受け入れられるか、自信がない。


「大丈夫ですか?」


「沙和尚……みなさん……」


 顔を上げると、弟子たちが玄奘を気遣うようにそばにきた。


「あなたがこの先知ることは、あなたにとってどんなにか辛い思いをするかわかりません。ですが、俺たちがあなたを支えます」


「沙和尚……」


「あの時だけじゃない。あなたが転生した何度もの過去世で守れなかったことを俺は今も悔やんでいます。だから今世だけは、あなたの体も心も全て守りたい……絶対に」


 沙悟浄は玄奘の手を取って、まっすぐにみつめていう。


 数百年の時を、ずっと玄奘を探していたのだ。


 言葉の重さがちがう。


 そこへ玉龍が二人の手の上に自分の手をかさねた。


「そうそう、ボクたちがいるんだから大丈夫!えっと、ドロブネ?に乗った気持ちでっていうじゃん!」


「ちがうちがう、大船に乗った気持ちでってな!」


「泥だと沈んじまうだろうが」


 玉龍の言葉を、呆れたように猪八戒と孫悟空が手を重ねながら訂正する。


「みなさん……ありがとうございます。私、勇気を出してみます」


 玄奘は弟子たちが触れた手の温かさと言葉に心まで温かくなるようだった。


「おい、何をしている。早く来い!」


「あっ、はい!」


 法明和尚に呼ばれ、玄奘はかけだした。


(私なら大丈夫、です……!)


 両親の置かれた現実が、玄奘を寺に預けざるをえなかった理由がどんなにことであろうと、弟子たちの支えがあれば乗り越えられると、玄奘は確信を持ったのだった。



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