玄奘たちは孫悟空の觔斗雲を使い、あっという間に江州についていた。
「ここがおシショーサマのお家かぁ」
街の中央にある、役所を兼ねた一際大きな建物が江州長官、
屋敷には多くの人が出入りしており、皆忙しそうにしている。
「どうやって話をしたら……」
勢いで来たものの、母親のいどころはわからず、どう尋ねて良いものかと考えていた時だった。
「奥様?どうされました?」
そこへ屋敷の下働きと見られる女性が話しかけてきた。
「えっ?あの……」
戸惑う声にハッとして、玄奘の服装に気づいた女性は頭を下げた。
「いえ、奥様……ではありませんでしたね、失礼いたしましたお坊様」
そう言って女性は仕事へ戻って行った。
そして屋敷の他の人たちと玄奘たちの方を見て何か話している。
玄奘は慌てて屋敷から離れ、足早に通りを歩いていく。
「お師匠様?!」
孫悟空たちは慌てて玄奘を追いかける。
人通りが少なくなってきたところで、玄奘はようやく足を止めた。
「オクサマだって!おシショーサマ、よっぽどお母さんにそっくりなんだねー」
玉龍が言うと、玄奘は再び速足で歩き始めた。
流石に止めなければ永遠に歩き続けるだろうと察知した沙悟浄が玄奘の手を掴み引き止める。
「お師匠さま、待ってください!どこまで歩く気ですか」
両手を下ろし、俯いたまま立ち止まった玄奘は沙悟浄の問いに答えない。
「お師匠さん、ここまできたのにお母上にお会いせずに宜しいんですか?」
「そうだぜ。会って話を聞いて、祖父さんにも会わねえと、ですよね」
「ついでになりすましてるアクニンを見てきてもいいのに!」
「玉龍」
拳を振る玉龍を、沙悟浄がたしなめた。
すると、玄奘がポソポソと喋り始める。
「あの、やはり今は……先に金山寺に行こうと思います」
せっかく送ってもらって申し訳ないと、玄奘は上目遣いに弟子たちを見て言った。
弟子たちは互いに顔を見合わせて頷いた。
「わかりました。お母上に会うのはその後ですね」
「金山寺って、あのお師匠様の先生のお寺ですよね」
「はい。私の実家のようなところです」
そう言いながら玄奘は先頭に立って歩き、やがて小高い山の上にある金山寺へと辿り着いた。
重厚な門の向こうからは、僧侶たちの唱える経に混じり、子どもたちの声がきこえてくる。
寺に預けられた孤児たちの声だ。
玄奘も彼らと同じように預けられ、僧侶になった。
「さあ、久しぶりの里帰りといきましょうか」
「待ってお師匠さん、手土産とかオレ何にも用意してないよ?!」
途端に猪八戒がハッとして慌て出す。
「いいですよ、手土産なんて。人数も半端なく多いので気にしなくていいんです」
確かに聞こえてくるお経の声と子どもたちの声の大きさからすると数十人分は必要になりそうだ。
「でも……お師匠さまのご家族ですよね。やはり何もというのは……」
まだ昇進前の一兵卒だった時に上官の家にお呼ばれした時のことを思い出した沙悟浄も猪八戒に同意する。
「ハッ、そうか、手土産もないなんて、なんて気の利かない弟子を持ったんだ言って言われちゃうかも?!昔書物で見たことあるよ!」
玉龍は一体何を読んだのだろうか。
「あん?お師匠様がいいっつーんだから大丈夫だろ?」
「馬鹿!こう言うのは最初が肝心なんだ!いつもお世話になっております〜、あらどうもこれ好きなお菓子なの〜って話のとっかかりにもなるでしょうが!」
あくびをしながら言う孫悟空に、猪八戒がお説教をする。
「本当に大丈夫ですよ。さ、開門開門!」
そう言って玄奘は門を開いてさっさと中に入ってしまった。
「あっ、まってくださいお師匠さん!あっちの大通りにお菓子屋さんが……!」
「子どもたちの好きそうなお菓子もたしか……」
猪八戒と沙悟浄が言うけれど、玄奘は立ち止まらない。
「諦めろって。玉龍、手伝え」
「はーい」
孫悟空はそう言って、玉龍と協力して猪八戒と沙悟浄を後ろから押して寺の中に入った。