江州を出た玄奘たちは、孫悟空の觔斗雲で洪州の外れにある張氏の屋敷に辿り着いていた。
唐の宰相の娘と結婚したという割に、屋敷はボロボロで、庶民の家よりもみすぼらしい様子だった。
敷地は広いものの、壁はところどころ崩れ、草は生え放題伸び放題。
使用人の姿はなく、人が住んでいるのかも怪しい。
「ここが、お祖母様の家……」
旅の間ねぐらにする廃寺よりもましなその家に、玄奘は祖母の安否が気がかりになった。
「すみません!どなたかいらっしゃいますか!」
玄奘は声を張り上げ尋ねてみるが、返事はない。
「誰もいないのかな?」
「そんなはずは……」
玉龍の言葉に首を振り、小声で「失礼します」と言って敷地の中を進む。
「どちら様?」
その時、か細く弱々しい声が今にも崩れそうな扉の向こうから聞こえてきた。
立て付けの悪い戸はなかなか開かず苦戦していると、軋んだ音を立ててゆっくりと内側から開いた。
「き……っ!」
悲鳴をあげそうになった玉龍の口を、孫悟空があわてて塞いだ。
その扉から出てきたのは、白髪の老婆だった。
彼女が張氏だろう。
張氏の着物の色はくすみボロボロで、髪もゆわずに乱れている。
目が不自由なのか、目を閉じたままあたりを伺っている。
「誰かそこにいるのですか?」
酷い見た目の割には丁寧な言葉と優しい声。
それなりの家柄というものは身に染み付いているものなのだろうと、玄奘は感じた。
「私は玄奘と申します。あなたの息子さんの陳萼と……」
そこまでいうと、途端に張氏の顔が悲しみに歪んだ。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
手で顔を覆って、か細い声で泣き出してしまった。
「宰相の殷開山様にも申し訳なく……ああ……」
江州での偽の息子の振る舞いに、張氏は心を病んでしまったのだろう。
玄奘は劉洪に対して言葉に表せないほどの憤りを感じた。
唇を噛み、グッと怒りを堪える。
そして張氏に優しく伝えた。
偽の陳萼のこと、本物の父親を取り戻すために動いていること。
そして。
「私は玄奘。俗名は江流といいます。陳萼と殷温嬌の子です」
張氏の孫であると明かした。
「えっ……?」
その言葉に張氏は驚き、顔を上げた。
目は見えないが玄奘の姿を感じようと、張氏はその骨張った皺皺の手で玄奘に触れた。
「オシショーサマ、ボクの如意宝珠で目を……」
玉龍の申し出を玄奘は断った。
「ありがとうございます。でも、この状態は心の病から現実をみることを拒否してるのです。だから……」
玄奘は張氏を驚かせないように、ゆっくりとそばに寄った。
「お祖母様のことはこの私がお守りします。もう大丈夫です。ですから目を開けて、私をみてください」
玄奘が言うと、やはり決意がつかないのか張氏はビクリと身をすくませた。
何度も何度も、偽の息子の謝罪をしてきたのだ。
「大丈夫ですよ。きっと父上様のことも救い出して見せますから」
そう言って、玄奘は経文を唱え始めた。
すると張氏は手を合わせて涙を流し、玄奘が唱え終わる頃ゆっくりと目を開いた。
「ああ……っお前が私の孫なのね。その目元、うちの息子とそっくり」
やっと見ることができた孫の姿に、張氏は涙を流して喜んだ。
「これはどういうことだ」
その時、しわがれた声が背後から聞こえた。
振り返ると、そこには供を数人連れた白髪の