ファミレスのテーブルには唐揚げやポテト、ピザが山盛りで、飲み物の氷がカランと鳴る音が心地よい。俺たちは駅前ライブを終え、打ち上げとしてこの店に集まっていた。
「みんなお疲れ様ー!」
真珠の明るい声が響く。元気いっぱいにジョッキ(もちろんソフトドリンク)を掲げる彼女につられ、俺たちもグラスを持ち上げる。
「かんぱーい!」
一斉に乾杯する音が響き、それぞれが好きなものをつまみ始める。北斗は唐揚げをガッツリ頬張り、真珠は満足げにピザへ手を伸ばした——その瞬間だった。
「おっと、それは俺のだ」
北斗がスッとピザを横取り。
「はぁ!?それ、私が先に狙ってたやつ!」
「戦場(ファミレス)では、早い者勝ちって知ってるか?」
「この裏切り者ぉぉぉ!!」
真珠と北斗のピザ争奪戦が勃発。ピザの端を引っ張り合い、どっちも譲る気がない。
俺は、ため息混じりに二人を見つめた。
「もう、みっともないって二人とも……子供か?」
呆れつつも苦笑いしながら言うが、二人は一向に聞く耳を持たない。むしろ北斗が勝ち誇った顔をして、真珠を挑発し続ける。
そんな喧騒の中、ふと隣を見ると、美弥がじーっと俺を見つめていた。
「……」
無表情のまま、飲み物を口につけながら、ずっと俺の顔を見ている。
「な、何かな?」
耐え切れずに聞いてみると、美弥は飲み物を置き、淡々とした口調で言った。
「別に、優Pに会えて緊張してるだけ」
「あ、その顔、緊張してる顔なんだね。そっか……」
表情がほぼ変わらないので、全く緊張しているようには見えない。けど、よく見れば目鼻立ちが整っていて、眼鏡の奥の瞳は冷静な中にも何かを秘めているようだった。眼鏡を外せば、さらに際立つ美人なのかもしれない。
俺がじっと美弥の顔を見ていると、美弥がポツリと言う。
「そんなに見られると恥ずかしい」
「あ、その顔、恥ずかしがってるんだね。そっか……」
やっぱり違いが分からない。
すると、美弥が唐突に口を開いた。
「ねえ優P……」
「何?」
飲み物を口にしながら返事をすると——
美弥は、一瞬視線を泳がせた後、じっと俺を見つめた。
「……やっぱり、いいか」
「え?」
「いや……うん」
小さく息をつき、無表情のまま飲み物を一口飲んだ。
「……私と結婚しよう」
その瞬間、俺たちは一斉に飲み物を吹いた。
「何しれっとすげぇこと口走ってんだてめぇ!!」
美弥の隣にいた北斗が吠える。さらに、奥にいた真珠も勢いよく立ち上がり、美弥を指さした。
「ゆ、優は私……」
そこまで言いかけて、顔を赤らめたまま固まる。
美弥が小首をかしげる。
「私……?」
真珠が必死に続ける。
「わわ、わたし……ち、ちがっ、そういうことじゃなくて!」
真珠はあたふたと手を振りながら、顔を真っ赤にしてパニック状態。
「そ、そう!優は……その……みんなで、大事に、こう……シェアしてるんだから、だめだよ!」
言った瞬間、自分の発言に気づいたのか、さらに赤くなり「ち、違う違う違う!」とジタバタする。
美弥が静かに首をかしげる。
「……シェア?」
美弥はまた首を傾げる。
すると、北斗が顎に手を当てて考え込みながら言った。
「ふ~ん、シェアか。なるほど、悪くねえな。つうわけでお前の独り占めは却下だ、ミャー子」
「み、や」
北斗をじっと見ながら、美弥が名前を訂正する。
口元から零れたジュースを拭いながら、俺はなんとか口を開く。
「ま、待って、だいたいなんでいきなり結婚とかの話になるのさ……?」
やっと、美弥に聞くことができた。
彼女は、少し間を置き、グラスの縁を指でなぞるようにしてから口を開いた。
「私には夢がある……」
美弥の言葉に、俺は思わず聞き返した。
「夢?」
美弥はこくりと頷く。
「私の両親は二人ともギタリストで、今は二人でライブハウスを経営してる」
「へ~、ミャー子はサラブレッドってわけか」
北斗が真珠から奪ったピザを頬張りながら言う。俺が何か言おうとする前に、真珠が北斗の肩を激しく揺さぶる。
「返せ!それは私のピザ!!」
「お前、さっき唐揚げばっか食ってたろ。バランス考えろって」
「食べる順番は私の自由なの!!」
真珠は目をギラつかせ、ピザに狙いを定める。その執着たるや、まるで戦場の兵士。
「くっ……ピザの執着がすげぇ……」
そんな騒がしいやり取りを無視し、美弥は淡々と話を続ける。
「私もいつか、うちの両親みたいに最高の相棒と大きな箱を借りて、最高のセッションがしたい」
無表情ながらも、普段より少し熱のこもった声。美弥の中で、その夢がどれほど大切なのかが伝わってきた。
「それって……別に結婚しなくてもできるんじゃ?」
そう思ったままの疑問を口にすると、美弥は俺をじっと見つめて言った。
「相棒は常に一緒。音楽だけじゃなくて、人生も共に歩むもの。だから、私は結婚が最適だと思った。優Pの曲を動画で見つけて聴いてからずっと思ってた……この人となら、私の相棒を任せられるって」
一瞬、心臓がドクンと跳ねた。
俺の作った音楽が、誰かの人生にそんな影響を与えていたなんて。自分の言葉や想いが、こんなふうに誰かの夢に繋がることがあるんだ。
恥ずかしさを誤魔化すように、俺はグラスに手を伸ばし、飲み物を口に含む。
すると、美弥がふと視線を上げ、何かを思い出したように小さく呟いた。
「……そういえば、ママが言ってた」
「は?」
俺たちが怪訝な顔をする中、美弥はさらりと口にした。
「音楽の相性がいい、つまりベッドの相性もいい、はず」
ゴフッ!!
俺たちは一斉に飲み物を吹いた。
「お前頭沸いてんのか!!」
北斗が美弥に叫ぶ。
「べべべべえっど!?は?えっ!?!?」
真珠は顔を真っ赤にしながらパニック状態。
「北斗、うるさい。ママがそう言ってたから間違いないはず」
「お前の親、ただのバカップルじゃねえか!!さっきの良い話っぽい奴全部消し飛んだわ!」
北斗が美弥の耳元で叫ぶと、美弥は両耳に指を入れ、あっさり耳を塞いだ。
俺はせき込みながら、窓側に備え付けられたナプキンに手を伸ばした。
しかし、その瞬間——
「優……?」
俺の異変に気付いたのか、真珠が心配そうに俺の名前を呼ぶ。
すると、北斗も不思議そうに窓の外を見やる。
「ん?どっかで見たことある……ってあれ、優の彼女じゃないか?って、あん、なんで男と手繋いでんだ?」
困惑した北斗の声。
俺は窓の外をじっと見つめた。
視界が一瞬、ぼやけた気がした。嘘だ、と思った。でも視線を逸らせなかった。
そこには、仲良さげに男と手を繋いで歩く、千秋の姿だった。
頭の奥がじんと痺れるような感覚。グラスを持つ手に力が入る。
——何してんだよ。
指先がじんと痺れるような感覚がする。見たくないのに、目が離せない。
言葉にならない感情が胸を締め付ける。息が詰まるような重たい感覚が、全身に一気に押し寄せた。