わたし……じゃなかった。わたくしの獄中記ですわ。ま、獄中記なんて誰もみないし、普通でいいよね! いつも通りの感じでいこうっと。
もしも読んでいる人がいたら、そんな悪いことなんてしてないのに、なんでわたしが牢獄に入れられてるのか、知りたい? それは、元平民っていう身分のせい!
わたし、明日処刑されるんだってー。わたしの大好きなエド……あ、エドってこの国の王子様なんだけどね? エドとお友達たちが助けてくれないかなー? だって王子様だよ? 一番偉いじゃん?
わたしが小さい時は、平民としてお母さんと街で暮らしてたの。
お母さんはいつも「お貴族様に逆らってはいけないわよ? わたしたち平民と違って、お貴族様は国の大変なことをいろいろしてくれているの。そんな偉いお貴族様は、わたしたち平民を簡単に殺せるんだからね?」って言っていた。
街に買い物に出ると、たまにお貴族様の馬車に遭遇する。
お貴族様の馬車に轢かれたりしたら、逆に家族まで殺されちゃう。実際、隣の隣の家の人の親戚も、殺されたんだって。
街で、お貴族様の使いって人が、お店に並んでた人たちをみんな追い払って、お店のものを全部買っていったこともあった。
それから、馬車に乗ってきた使いって人にわたしは連れて行かれた。
わたしは、平民とは違ったの。お貴族様だったの。
お母さんには悪いけど、わたし、少しわくわくしてた。
だって、お貴族様に仲間入りするんだよ!? 綺麗な服を着て、いろんなものを買って、美味しいご飯を食べられる。すっごくいいよね!?
そう思っていたら、勉強勉強の毎日。マナーってやつとか、王族に会う時の作法とか。わたしの通う学校には王子様がいるから、不敬のないようにって。
でも、わたしはもう平民とは違う。多少不敬でも殺されたりはしないでしょ。それなら、王子様と友達になりたいな。
及第点がもらえて、学園に通い始めたの。ある日、歩いていたら、すっごく綺麗な男の子がいて、見惚れてたらぶつかっちゃった。
慌てて謝ったら、許してくれた。ほら、わたしもお貴族様だから、なにしても大丈夫。
「とってもかっこいいなと思っていたら、ぶつかっちゃいました! ごめんなさい!」
「いや、私もまさかそのまま突っ込んでくるとは思わなくて……。見ない顔だな?」
「わたし、男爵令嬢なんです! この間まで、平民として街で暮らしてました!」
「平民? 街で? それは不思議な経歴だ。またぜひ話を聞かせてくれ」
「もちろんです! 任せてください!」
そう話してたら、周りにいた護衛だと思ってたけど、側近っていう人たちが王子様と何か話していた。今はみんな友達なんだけどね!
「殿下! 周りに示さなければなりません! 彼女に罰を!」
「いや、いい。経歴を聞く限り、今はまだ不慣れなのだろう。知らないのに罰するなんて可哀想だ」
「しかし!!!」
そうして、王子様とまた会う約束をしたわたしは、王子様の姿を探すようになった。
だって、王子様が友達にいたら、身分とかあっても最強でしょ? それに格好いいし、もしかしたら恋人になれるかも!?
王子様、婚約者っていうのがいるんだって知って、わたしはとってもがっかりした。だから、王子様に聞いてみたの。
「婚約者がいるんですか? 好きな人と結婚できないなんて、ひどいです!」
「婚約者はいるが……そうなのか?」
「はい! わたしの知り合いのお姉さんに聞いたんですけど、恋をするって、胸がときめいて毎日幸せで世界が輝いて見えるものらしいですよ!」
「そう……なのか。それはしてみたいものだな」
「婚約者の方とは恋はできそうなんですか?」
「……彼女はこの国の王妃となるために生まれてきたような女性だ。私が王になるのなら、彼女の支えがないと無理だろう」
「そうなんですね! じゃあ、わたしがお友達として王子様に恋について聞いたこと、教えてあげますよ!」
「ふっ、そうか。君は面白いな。エドと呼んでくれ」
「え、いいんですか! じゃあ、エド様! よろしくお願いします!」
わたしがそう言って握手していたら、側近の人が止めていた。
「いけません! 殿下! 婚約者がいるのに、愛称で呼ばせるなど! そもそも、愛称で呼んでいいと上の者に言われたら辞退するのが普通でしょう! なんで受け入れるんですか、この娘は!」
「知らぬだろう。私がそんな素直なところを気に入ったから、いいんだ」
そうやって喧嘩してたから、わたしは提案したの。
「え、じゃあ、みんなが愛称で呼べばいいんじゃないですか? 二人だったら問題だけど、みんなならいいと思います!」
「え?」
固まった側近に、エド様は吹き出した。
「ふはっ! 面白いだろう? お前も友達になるといい」
「……殿下の命とあらば、従います」
そうして、わたしたちはお友達になったの。
しばらくすると、エド様の婚約者とその取り巻きに絡まれた。エド様の婚約者って顔もこわいんだよね。女狐みたい! あ、でも、どちらかというと、吟遊詩人が歌う、隣国のお話に出てくる悪役令嬢ってやつかな? この獄中記の中では、悪役令嬢って呼んであげようかな?
本当に悪役令嬢みたいなことばっかりするんだよ!
「あら、そこのあなた?」
悪役令嬢がそう言うと、周りの取り巻きたちがわたしに声をかけた。
「あなた、男爵令嬢でしょう? 公爵令嬢であるユラフィーア様が廊下を歩いていらしたのよ? 隅に寄りなさい」
「で、でも、そんなこと、学校の校則に書いてなかったです!」
「ふふふ、校則ですって!」
「面白いことをおっしゃるのね!」
「さすが元平民ですこと」
そうやって笑った取り巻きたちに、悪役令嬢は言った。
「平民の学校と違って、校則を守ればいいというものではなくてよ。わたくしたちは貴族ですわ。高位の貴族がその場にいるのなら、低位の貴族にはご遠慮いただかなくてはならないの。校則に書かなくとも、皆が理解しているマナーですわ」
小首を傾げた悪役令嬢を取り巻きたちが褒め称えた。
「ユラフィーア様。元平民に説明して差し上げるなんて、さすがお優しいですわ」
「妾の座を狙う元平民とは違いますわね! さすが王妃の器ですわ!」
「殿下は、このような元平民をお許しになるのかしら?」
「顔だけは、元平民にしてはいいからじゃないかしら?」
そう言って、くすくす笑う取り巻きたち。
「では、ごきげんよう」
去っていく悪役令嬢に、取り巻きたちが残って、わたしに言った。
「高位の者に従わなければならないのはね、こういうことよ」
「ふふふ、その程度なんてお優しいですわ」
魔力で痛めつけられたわたしは、教師に報告した。
「魔法を使われた? そうは言ってもね。ユラフィーア様の周りにいらっしゃる方々も高位の方々だから、逆らうなんて……元平民のあなたは切り捨てられてもおかしくないのよ。あなたもマナーを守らなくてはだめよ?」
なぜかわたしが怒られて終わったの。わたしも貴族なのに。
それから、わたしは悪役令嬢を観察するようにした。すると、悪役令嬢が乳兄弟を見る目が少し優しかったの。だから、エド様に教えてあげたの。あの人のことが好きだと思うよ?って。見てわからないのかな? 普通わかるよね?
「エド様は、わたしと簡単に会えないって言うけど、婚約者の人は、乳兄弟のアラン? っていう人と一緒にいることがあるじゃないですか! 二人きりじゃないけれど」
「アランではなく、ルランだ。彼は、彼女の執事だぞ? 高位貴族でもないのに、彼女が相手にするはずがないじゃないか」
「でも、婚約者の方の執事を見る目、絶対恋をしてますって! エド様は裏切られているんですよ!!」
「そんなことはないだろう」
「でも、あんな目、いつも冷たい顔をしているのに、あんな目で見ているんですよ!」
「さすがに、それ以上は高位貴族である彼女への侮蔑になる。やめなさい」
そう言って、エド様は優しく微笑んだ。
「私を心配してくれてありがとう」
それから、わたしは悪役令嬢と執事の距離について、エド様に毎回報告するようにした。最初はいぶかしげだったエド様も、徐々にわたしの女の勘を信用するようになった。その報告をするために、わたしは特別に約束もせずに近くに行ってもいいことになった。エド様に会うのに約束が必要だなって知らなかった。……家庭教師が言ってた気がするけど。でも、学園内だし、友達なのにそんなのいらないでしょ?
悪役令嬢は、エド様の婚約者なだけあって、客観的に見て問題のある行動は絶対に起こさない。エド様のことも執事のことも手放すつもりがないんだ。ずるい。執事のことが好きなら、わたしにエド様を譲ってくれたっていいのに。
「あなた、殿下のおそばに上がるには、婚約者のわたくしでも許可が必要なものですのよ? それを、許可もなくお近くに寄るなんて……殿下の御身を危険にさらすおつもりですか?」
「友達として、許可はもらってますし、わたしがエド様になにかするはずないじゃないですか! 婚約者だからって、束縛しすぎじゃないんですか?」
わたしがそう言ったら、思いっきり頬をはたかれた。高位貴族の行動が問題にならないからって、暴力に訴えるなんて……。
「殿下の御身を心配するわたくしの気持ちが、元平民のあなたに何がわかるというのですか!」
そう言って去っていく悪役令嬢。わたしは、取り巻きたちにさんざん暴言を吐かれた。悪役令嬢が手を出したからか、取り巻きたちも躊躇なく攻撃するようになった。最初の魔法はわたしを脅して動けなくするだけだったけど、攻撃魔法を使われるようになった。教師に毎回報告しても、貴女が悪いって言われるだけ。わたしも貴族なのに……。
通りすがりに魔法で水をかけられるのも当たり前。風魔法で制服を割かれたこともあった。仕方ないから、お父様に報告した。
「そうか。お前は母親に似て顔がいいからな。殿下の妾にでもなれれば、上々。側近の方々でも良い。最初から正妻の座は狙っておらぬからな。……どこか高位の方々の養子に入れてもらえれば、側妃くらいになれる可能性があるか……。いやでも、前例がないからな」
そうやって計算をはじめて追いだされた。誰もわたしを心配してくれなくて、仕方ないから、エド様にすべて打ち明けた。
「そうか……彼女の行動は問題ではない。彼女は公爵令嬢だし、周りの友人たちもみな高位貴族だ。できる限り、私たちの誰かと行動を共にするようにしよう。君に攻撃するつもりでも、私たちのうち誰かに危害を加えるような可能性のある行動をとる愚かなものはいないだろう」
「ありがとうございます!」
わたしがそう言って、エド様に抱き着くと、遠慮がちに背中をなでてくれた。とっても優しくて、妾でもいいからこの人のそばにいたいと思った。でも、悪役令嬢が正妃のままだと、わたしは殺されてしまうかもしれない。エド様が悪役令嬢を嫌ってくれるように、わたしの方が大事だと思ってくれるように、もっともっと仲良くならないと。幸いにも、悪役令嬢よりもわたしの方がかわいいし、スタイルもいいし、愛嬌もある。エド様に選んでもらえるように頑張ろう。
悪役令嬢の取り巻きたちが攻撃魔法を使うようになったせいか、悪役令嬢もわたしに攻撃魔法をぶつけてくるようになった。お手洗いの時とか、わたしがお友達から離れたタイミングで。
「わきまえなさい」
「あなたは殿下の側妃にもなれない身分なのよ?」
他の人が攻撃を加えているからか、わたしを攻撃していいと思ったのか、そのころには学園中から暴言を吐かれたりするようになっていた。
「エド様……街に一緒に行ってくれませんか? わたし、貴族社会から離れたところでエド様と一緒に過ごしたいんです」
「いいだろう。明日、街に出よう」
そのころには、側近のみんなもわたしの処遇に同情してくれていて、誰も止めなかった。
「お、お貴族様よ!」
「はやくこちらにいらっしゃい! はやく! さぁ、家の中にはいって!」
エド様と一緒に出掛けると、街の人たちはみんな逃げて行った。学園中からいじめられているわたしが、街ではお貴族様として敬われる。なにか胸の中がすっとしてような気分になって、それからエド様と共にたまに街に出るようになった。
「平民を無駄に怖がらせることはおやめください! それに、街歩きなど……御身になにかあられたら、どうなさるおつもりですか!」
悪役令嬢はエド様にそうやって言っていた。わたしのところに戻ってきたエド様が言った。
「彼女は王妃として、ぴったりな人物だろう。強く気高く知識も深い。ただ、そんな彼女と一緒にいると疲れてしまうんだ」
はじめて、エド様の弱さを見た気がした。わたしがそんなエド様を癒してあげたいと思った。そのためにも、わたしも負けられない。エド様と一緒にわたしたちがともにいる方法を考えることにした。もちろん、王子としての地位を残したまま。だって、最強の身分がないといけないから。
「エド様が不敬を理由に婚約者を排除できないのですか?」
「彼女の行動に問題はないのだよ。私にはきちんと敬意を示している」
「エド様の妻となるわたしを害そうとした、とかは?」
「現時点で、彼女の方が身分は高い。それは罪に問えないよ」
そうこう言っているうちに、悪役令嬢は暗殺者を送り込んできた。暴力を振るうのは厭わないのに、殺害は暗殺者に頼むなんて、変な悪役令嬢。
ちょうどそのとき、国王夫妻が外交に出られることになったらしく、エド様が国王代理として最高権力を手に入れたのです。
「これ以上、君が傷つくところを見たくない。この機会に彼女を罪に問おう」
「そんなこと、できるのですか?」
「国王代理だ。誰も私に逆らえないし、即刻君の立場を正妃としよう。……彼の家の養子になって、君も公爵令嬢になるんだ。そうして、私は平民も笑って暮らせる世界を作ろう。君のことを守るためには王族の権利さえ守ればいい。君との愛があれば、なんでもできる、だろう?」
「エド様!」
「エド、と呼んでくれ」
「エド!」
わたしたちは抱き合って口づけを交わした。そして、愛を確かめ合ったのだった。
そうして、計画を実行してあと少しでわたしが王妃となるところで、悪役令嬢の従兄という人がやってきた。大国である帝国の人だから、逆らうわけにいかないといったエドは、悪役令嬢に会わせた。すると、わたしたちは拘束され、牢に入れられた。わたしは元平民だから、捕らえられたけど、エドは解放されたに決まっている。
「刑の執行の時間だ。出ろ」
「待って! エドは? エドに会わせて! エドがわたしを守ってくれるはずだもん!」
「エド? あぁ、元王子か。あれはもう処刑されたぞ」
「え?」
「今はもうこの国は帝国の支配下となった。帝国の皇位継承権者を無実の罪で処刑しようとしたんだ。当然だろう」
そうして、わたしの思い描いたエドとの夢は終わったのだった。