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なぜ、婚約者を投獄してはいけないのか?

 これは私の獄中記だ。私よりも優れた婚約者に、なにもかも奪われた元王子の。






「はじめまして。殿下の婚約者にご指名いただいた、ラフガン公爵家のユラフィーアと申しますわ」


 微笑みを浮かべた少女は、美しかった。少しきつめの顔だが、血筋ならではの高貴さが現れていた。


「あぁ、よろしく頼む」




 あの時は、婚約者が美しくてよかったと思ったのだった。





「お聞きになりました? ユラフィーア様、もう王妃となるための課題をすべて終えられたそうですよ。優秀な婚約者で、殿下も鼻が高いですね」


「あ、あぁ」


 僕はまだ、半分も課題が終わっていないというのに、彼女は優秀だった。いや、優秀すぎた。女のくせに。そもそも、公爵家の人間が、王族である私を超えるとは、不敬ではないのか。

 そう思っていたが、父上は違った。僕に与える予定だった公務も、彼女に与えたのだ。


「ユラフィーア嬢はとても優秀だからな。これくらい与えないと、やりがいがないだろう。優秀な婚約者でよかったな。王家もますます発展する」


 次々と新しい案を思いつく賢い頭、優秀と褒められていたはずの僕さえ軽々と超えていく。僕だって、認められたい。僕だって、できるはずだ。僕だって。


「殿下。最近、ご無理なさっていらっしゃいませんか? 国のためにご無理なさる姿もご立派ですが、わたくしに任せて、休息をお取りになったらいかがですか?」


 僕の異常にすぐさま気が付いたのは、彼女だけだった。彼女のその心づかいが、辛かった。僕だって、彼女のようにできるはずなのに。王族である僕の方が優れているはずなのに。優れてなければ、いけないのに。


「ぼ、僕は無理なんてしていない。もっと公務をこなせるようにならなくては」


「ふふ」


「なにがおかしい?」


「いえ、殿下が”僕”と自称なさることが愛らしくて」


「な!?」


 僕の顔は羞恥に染まった。愛らしいだと? でも、”僕”以外思いつかなかった。思うがままに問うた。


「”僕”以外に何と言えばいいのだ?」


「そうですね……帝国に住んでいるわたくしの従兄は、”私”と自称なさるかしら? あぁ、乳兄弟もそう言っていたかもしれません」


 そう語る彼女の顔は、どこかいたずらめいていて、印象的だった。


「私か……。ユラフィーア嬢は、従兄妹や乳兄弟と近しいのだな?」


「えぇ。従兄妹のおにいさまとの親交は、わたくしが王妃となったときに絶対に役立つはずですもの! 乳兄弟ルランは……親しいかしら? 共に育っているから、家族としての情のようなものは、もちろんありますわ。ただ、ええ、だって。低位貴族ですわよ? 公爵令嬢たるわたくしが親交を深めるのにふさわしいかしら?」


「そうか……」


 突然彼女の口から出てきた男たちの名前に動揺したが、彼女は従兄妹でさえ外交の道具としか見ていなかった。それに、乳兄弟も低位貴族というだけで切り捨てていた。貴族らしい、王妃にふさわしい女性だ。私には、それほど容易に人を切り捨てることができるのだろうか?


「ユラフィーア嬢は、私についてどう思っている?」


「うーん……」


 年相応な表情を浮かべた彼女は小首をかしげて、唇の前に人差し指を持っていき、微笑んだ。


「恥ずかしいので、殿下とわたくしの秘密にしていただけますか?」


「あ、あぁ……」


「殿下のことを尊敬申し上げておりますわ。王族らしく努力し続けるお姿、次期国王にふさわしいと思いますわ。それに、」


 そう言った彼女はとても優しく微笑んだ。


「わたくしのご指摘で”私”と呼び変えられた殿下を、とても愛らしく思い、お慕い申し上げておりますの」


 あの時の彼女以上に愛らしく美しい女性を、私は知らない。


 それから、私は努力を続けた。彼女にふさわしくあるために。彼女を超える国王となるために。


 彼女も王妃となるのに、よりふさわしい女性へと変化を遂げた。常に微笑みを浮かべる表情は慈愛に満ち、高位の者らしい誇りを持ち、より貴族らしく、より王族らしく。



 ……いつからだっただろうか。そんな彼女が疎ましく、彼女の指摘が煩わしく、彼女の想いが重く感じるようになったのは。

















「とってもかっこいいなと思っていたら、ぶつかっちゃいました! ごめんなさい!」


 そんな私の前に突然現れたのは、元平民で平民の血が入っているという少女だった。王族たる私にぶつかる無礼にひどく驚いた。それと同時に、彼女との違いに驚いた。表情が豊かで、動作が幼い。

 王族たる私にぶつかったのだ。先日、私にスープをこぼし火傷を負わせた給仕の平民は、共にいた彼女によって粛々と処刑された。そんな彼女に反発してみたいと思った。それに、こんな愛らしい少女を処刑などできない。


「いや、私もまさかそのまま突っ込んでくるとは思わなくて……。見ない顔だな?」


「わたし、男爵令嬢なんです! この間まで、平民として街で暮らしてました!」


 平民……関わることのないだ。平民はこんなにも表情が豊かなのか。それに……。


 男爵令嬢の顔を見る。にこりと微笑むその顔は、彼女のように美しくはないが、愛らしかった。



「平民? 街で? それは不思議な経歴だ。またぜひ話を聞かせてくれ」


 社交辞令、というべきだろうか。思ってもいないことを私は言い、この少女はそれを信じたようだ。




 彼女とは、何もかも違う少女といると、心が軽くなった。優秀な彼女と比べられていた私が、とても優秀になったかのように感じた。愛らしい顔も好みだった。


 それに、平民の視点で聞く話は面白く、今まで普通に感じていた貴族が横暴に思えた。



「婚約者がいるんですか? 好きな人と結婚できないなんて、ひどいです!」

「恋をするって、胸がときめいて毎日幸せで世界が輝いて見えるものらしいですよ!」


 少女は、私に知らないことを教えてくれた。恋というのは、いいものらしい。私が彼女に向ける、おどろおどろしく重々しい執着のような、劣等感のような感情とは違うものらしい。


 彼女が吐息を一つ落とすと、自分がみじめになるような、そんな感情。それを抱かなくてもいい関係。それはなんと身が軽くなるだろうか。興味がわいた。


「エドと呼んでくれ」


 愛称で呼ぶように頼んだ。普通なら、辞退する。この少女はどんな反応をするのだろうか? こんなわくわくは、恋なのだろうか?


「じゃあ、エド様!」


 そう言った少女を側近は止めた。当然だ。私も撤回しようと思った。


「え、じゃあ、みんなが愛称で呼べばいいんじゃないですか? 二人だったら問題だけど、みんなならいいと思います!」


 意味が分からない、そう思ったと同時に、この少女の横にいたら、こんなにも面白い世界が広がるのかと思った。



「ふはっ! 面白いだろう? お前も友達になるといい」


「……殿下の命とあらば、従います」



 私の命を受け、側近は従った。当然だ。王族たる私の命だから、な。







 私と少女が仲を深めれば深めるほど、彼女の感情が揺れ動くのを感じた。私が、あの完璧な彼女を、動かしている。なんとも言えない快感だった。

 私と少女が共にいるのを見た彼女の瞳が揺れ動く。その間は、あの従兄や乳兄弟のことなんて考えていないのだろう。なんと幸せなことか。そうか、この幸せはこの少女と共にいると手に入るのか。

 私がこの少女を近くに置くと、彼女との距離は開いていった。でも、物理的な距離が開いた分、彼女の心は私のものになった気がした。




「あの子は友人なんだ。初めて自分の意思で見つけた友人だ」


 そう言ったときの彼女の表情は、初めて見るもので、彼女の初めてを知れた喜びは大きかった。











「エド様は、わたしと簡単に会えないって言うけど、婚約者の人は、乳兄弟のアラン? っていう人と一緒にいることがあるじゃないですか! 二人きりじゃないけれど」


「アランではなく、ルランだ。彼は、彼女の執事だぞ? 高位貴族でもないのに、彼女が相手にするはずがないじゃないか」


 彼女の口からルラン、という言葉が出ると、彼女のそのか細い首を絞めてしまいたくなる。私しかその瞳に映さぬように。私は彼女と共にいると、汚い感情を抱く人間になってしまう。しかし、少女が言う分には気にならない。私が醜い感情を抱かなくて済むなんて、なんと幸福なことだろう。


「でも、婚約者の方の執事を見る目、絶対恋をしてますって! エド様は裏切られているんですよ!!」


「そんなことはないだろう」


 少女にそう言いながら、私は自分に言い聞かせた。


「でも、あんな目、いつも冷たい顔をしているのに、あんな目で見ているんですよ!」


 ……彼女はあの男のことを家族の情だと語っていた。実際、彼女は自身の両親にも同じような瞳を向けていたではないか。これ以上、彼女があの男を想っているなんていう戯言を聞きたくなかった。


「さすがに、それ以上は高位貴族である彼女への侮蔑になる。やめなさい」



 思った以上に冷たくなった言葉に、少女が息をのむ。少女と共にいるところをもっと彼女に見せたいのに、怯えられただろうか? それは困る。


「私を心配してくれてありがとう」


 そう微笑めば、少女は安心したように笑った。







 それから、少女は私と会うたびに彼女とあの男の動向を報告するようになった。彼女とあの男のことを聞きたくない。でも、知らないことは恐ろしい。私は、少女に特別な許可を出した。

 彼女の行動は、あの男を貴族として使用人を使っているだけであり、問題にはならない。でも、疑惑の種は、一滴の毒のように私の心に少しずつ広がり、しみこんでいった。



 そうこうしていると、少女は彼女やその周囲から攻撃を受けるようになった。それは困る。この少女といると、私は幸福を感じられるのだ。




「そうか……彼女の行動は問題ではない。彼女は公爵令嬢だし、周りの友人たちもみな高位貴族だ。できる限り、私たちの誰かと行動を共にするようにしよう。君に攻撃するつもりでも、私たちのうち誰かに危害を加えるような可能性のある行動をとる愚かなものはいないだろう」


 そう言うと、少女が抱き着いてきた。遠くで彼女が驚いているのが見える。少女の背中を遠慮がちになでると、その瞳から涙が落ちた。彼女の涙を、初めて見た。……もっと、もっと違う彼女を見たい。









「エド様……街に一緒に行ってくれませんか? わたし、貴族社会から離れたところでエド様と一緒に過ごしたいんです」


「いいだろう。明日、街に出よう」


 少女と共に行動するように私が命じたからか、それともこの少女が人心掌握術に優れているのか、そのころには側近たちは、少女を守ることに躍起になっていた。少女の機嫌をたまにはとらないといけないな。幸福を感じられるのは、少女の隣なのだから。









「お、お貴族様よ!」


「はやくこちらにいらっしゃい! はやく! さぁ、家の中にはいって!」


 私にとって、下の者が逃げるのは見慣れた光景だが、少女にとっては珍しいものだったのだろう。鼻を膨らませて喜びを隠しきれないさまは、醜かった。彼女なら、どんなときも胸を張り、堂々としていた。


 平民の生活を実際に見ることは、興味深いことだった。貴族とはそんなに偉いものか? 彼女のような優秀な人間こそ、上に立つべきではないのか? 彼女のような人間は、平民にはやはり現れないのだろうか?






「平民を無駄に怖がらせることはおやめください! それに、街歩きなど……御身になにかあられたら、どうなさるおつもりですか!」


 そう指摘する彼女は美しかった。久しぶりに私を心配してくれた気がする。嬉しさに胸が張り裂けそうだった。そうか、少女とでかけるとこんなにも彼女は感情を揺れ動かすのか。

 それに、実際に平民を見に街に出た。きっと彼女には経験のないことだろう。少しの優越感を抱いた。平民の考えを知った私は、良き王になれるだろうか。






「彼女は王妃として、ぴったりな人物だろう。強く気高く知識も深い。ただ、そんな彼女と一緒にいると疲れてしまうんだ」


 そう言うと、少女はまた、あの醜い表情を浮かべた。彼女といると、感情が忙しくて、疲れてしまうんだ。




 ある日、彼女に謁見を求められた。友人を紹介したい、と。意図が分からず困惑したが、もちろん応じた。


「わたくしの派閥の中でもとびきり愛らしいのです。彼女は伯爵令嬢です。側妃として立つのにふさわしい身分ですから」


 彼女が何をしようとしているのか、理解した途端、私は激高した。




「君は! 何もわかっていない! 顔じゃないんだよ……。君も、もっと広い知見を持つべきだよ!」



 少女といることで満たされる私の自尊心は、伯爵令嬢では満たされない。あの幸せを私に与えられるのは、少女だけなのだ。

 それに、平民について語って聞かせる少女の話はなかなか興味深い。







「エド様が不敬を理由に婚約者を排除できないのですか?」


「彼女の行動に問題はないのだよ。私にはきちんと敬意を示している」


「エド様の妻となるわたしを害そうとした、とかは?」


「現時点で、彼女の方が身分は高い。それは罪に問えないよ」





 何を思ったのか、少女は私の妻になるつもりらしい。……そうか。彼女のこだわる王妃という立場、それを奪い取ったら、彼女はどんな反応をするだろうか? 悲しむ? 絶望する? まさか……喜ぶ? いけないことだとわかっている。でも、彼女の反応を見てみたい、そう思ったときには、少女に提案していた。ちょうど、父上と母上は留守だ。





「これ以上、君が傷つくところを見たくない。この機会に彼女を罪に問おう」


 投獄し、瑕疵をつけることくらいできるだろう。そうすれば、父上が戻っても彼女は王妃にはなれない。そして、彼女を側妃にすれば利権は変わらず、私の横で手腕を発揮してもらえる。


「そんなこと、できるのですか?」


「国王代理だ。誰も私に逆らえないし、即刻君の立場を正妃としよう。……彼の家の養子になって、君も公爵令嬢になるんだ。そうして、私は平民も笑って暮らせる世界を作ろう。君のことを守るためには王族の権利さえ守ればいい。君との愛があれば、なんでもできる、だろう?」


 平民から見た貴族は、はっきり言って異常だ。彼女にいい案を考えてもらおう。側妃になった彼女に。私では、頭が足りないからな。


「エド様!」


「エド、と呼んでくれ」


 私をエドと呼ぶ少女を見たら、彼女はどう思うだろうか? 少女を王妃に、彼女を側妃にしたら、動揺する彼女をいつも見られるのだろうか。


「エド!」


 抱き合って口づけを交わした。そして、愛を確かめ合った。婚約者がいながら、こんなことをした私を、彼女は心配してくれるだろうか? 諫めてくれるだろうか?












「あの子に極悪非道な振る舞いをした君を、王妃にはできない。彼女のような人と一生を遂げたいとおもっている。だから、君との婚約破棄し、君にはあの子を虐げた罪で牢に入ってもらうよ」


「……それは、第一王子殿下としての命でしょうか?」


「……そうだ」


 表情があまり変わらぬ彼女は、私の期待と違った。


「王族のおっしゃることですから、もちろんお受けいたします」


 そう言う彼女はいつまでも気高かった。動揺が見たかった。彼女の前で少女を恋しているようにふるまった。


「……あの子の命を狙う、そこまで酷いことをしておきながら、君は不満そうだね。なぜだ?」


「……僭越ながら、今からの発言は不問としていただけますでしょうか?」


 そう微笑む彼女は美しい。


「もちろん、誓おう」


 彼女の願いだ。なんでも聞こう。


「そもそも、身分制度は絶対でございます。爵位の上の者の指示には従わなくてはなりません。今、公爵令嬢のわたくしが、王族でいらっしゃる殿下に従っているように」


「あぁ、そうだね」


「彼女はわたくしに逆らいました。つまり、身分制度に歯向かった彼女こそ、悪でございます」


「それは!」


 その通りだ。そう思いながら、彼女の反応を待つ。嫉妬を覗かせてくれないか。諭してくれないか。


「ですので、わたくしも不服ながらも殿下の処分を受け入れるしかないのです。……王族とは、身分を持つとはそういうものなのです。殿下」


「……君は変わらないね。衛兵、彼女を牢に連れて行け」


 彼女は表情を変えなかった。彼女は私を慕っていなかったのか? 絶望した。

 それに、彼女は貴族だ。貴族らしい貴族。でも、平民から見た貴族がどのようなものか、理解しているのだろうか。私は、知っている。


















 彼女の乳兄弟である、あの男がやってきた。


「ユラフィーア様を解放してください!」


 王族たる私に会うため、命を懸けたのだろう。当然だ。彼女に仕えるものとして、命くらいかけてくれなくては。


「ユラフィーア様と僕は、愛し合っているのです! 瞳を交わすしか方法はなかったけれど、愛を深めていました!」


「は、戯言を」


「あの男爵令嬢を王妃とするというのなら、ユラフィーア様を解放して、僕と共に過ごさせてください」



 切り捨ててやろうかと思った。彼女は絶対に渡さない。私の物だ。……側妃にするのだ。

 ふと、この男の瞳を見る。私によく似た劣情が浮かんでいる。この男は彼女を脅かす存在なのかもしれない。そうだ。彼女は言った。家族の情のようなものだと。彼女は嘘をつかない。

 ……一度。彼女が私に嘘をついたのは、ただ一度だ。私が周囲に侮られないため。助言をした、あの時だけだ。あの時のいたずらめいた顔は、それ以来見ていない。

 彼女はいつも私のことを考えていてくれた。

 そんな誇り高い彼女は、常に、王位に立つにふさわしい気高い存在だ。



「……彼女が怯えると困るから、処刑しよう」






 そう言ったら、その男は駆けだしていった。そうだ。お前を処刑するのだ。嫌なら逃げろ。彼女の目に入らぬところに。帝国を超え、さらに遠くへ。……私には、刑を執行する勇気などない。そんな私の施政者としてあるまじき弱さを、彼女は補ってくれていたのだ。













「やぁ、こんばんは。僕のかわいい従妹を処刑しようとしているんだって?」


「……なんのことですか」


 彼女の従兄が現れた。彼女を処刑する? 城内に流れるたちの悪い噂だと思っていたが、どうなっているのだ。


「僕の従妹は、帝国の皇位継承権者なんだ。この度、君の父上が我が国に提案してくれて、この国は属国になることになってね」


 そう言った従兄の後ろから、あの男が現れた。国なんてどうでもいい。なぜお前がいる。思わず暴れる私を、帝国の衛兵が押さえつける。


「彼女を、守ってくれ! お願いだ、危険なんだ、その男は!」


 思わず懇願するが、誰にも伝わらない。信用されないとはこういうことか。


「何を言っているのか、わからないな。知らぬが、君のお姫様は君同様、処刑されることになるだろう。罪を犯したのだからな」


「違う! 危険なんだ! 彼女が、ユラフィーアが! その男は!」


「……何を言っている? 彼は従妹の危険をしって命を懸けて行動した男だぞ? それに、従妹と愛し合っていると言っていた」


「違う! 妄想だ! すべて、その男の!」


 私は暴れるふりをして、真後ろにある玉座に隠してあった毒薬を、誰にもバレぬよう手に取る。父上に聞いた、緊急時に使うべきものだ。二種の毒薬を。一種は、数刻の間、絶命したように見せるもの。もう一種は、絶対に相手を殺すもの。ただ、肌からの摂取だと効き目が出るまで数刻かかる。

 ……失いそうになって、やっとわかった。私が彼女に抱いているのは、愛だ。歪んだ、執着した、そんな愛だ。彼女をたくさん傷つけた。強い彼女は傷つかないと思って、好き勝手した。彼女の感情を私如きが、揺れ動かすことができるのが嬉しくて。

 そんな私はもう彼女の傍にはいられない。そんな資格がない。でも、絶対に一生をかけて彼女を守ってみせる。



「彼女に伝えてくれ。私は処刑された、と」


 そう言って、毒薬の片方を呷った。駆け寄ってくるあの男の顔が愉悦に歪んでいる。誰にも気が付かれぬよう、私の横に来たあの男の身体に毒を塗った。たまたま上げた手が当たったように。あの男の首筋に、毒薬をそっと垂らした。



「彼女を、ユラフィーアを、守ってくれ……」


 あの男の肌に毒薬を塗った私は満足して、彼女の従兄に伝えた。私の言葉に目を丸くした彼女の従兄は、あの男を見つめた。疑惑の種くらいは、蒔けたか?














 死んだと思われた私は、鍵のかかっていない牢獄に放置されていた。今、私は目を覚ました。そして、この獄中記を記している。いつか彼女が私の行動に疑念を覚えた時に、手に取れるように。いつか彼女が私の愛を知ってくれるように。

 さぁ、牢獄の入り口の前に衛兵はいるだろう。しかし、その前に王族の抜け道があるはずだ。

 あの男は無事死んだのか? それを確かめたら、彼女をこの国の女王に。そのために、この身を捧げよう。帝国と王国の血を引く、優秀で美しく強く気高い彼女こそ、王にふさわしい。彼女の玉座が守られるため、陰から動こう。


 そして、彼女にふさわしい男は知らないか? 彼女は、私たちのような男に好かれるからな。私たちのような男ではない、まともな、最高な男を探して欲しいんだ。王配として素晴らしい才能を持ったそんな男を。

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