「マリーは!?」
マリーが消えたと伝来が来て、すぐに戻り、慌てた様子で詰め寄る第二皇子に、フラメールは憔悴し切った表情で首を振る。
「申し訳ございません。私が紅茶を入れに行っている間に、連れ去られました。厨房の担当者が共に連れ去られたのか連れ出したようです」
その時、扉が開き、第二皇子の腹心の部下が駆け込んできた。
「連れ去りです! 計画的に間違いありません! 様々な土地で小屋を購入した痕跡があります」
「これを全て当たるのは間に合わないな……即座に国外への出国を厳しくするように通達しろ! ……こいつ、見覚えがある。以前、マリーの付きまとい犯と親しくしていたな……地下牢に行くぞ!」
「御身自ら行かれなくとも、私が行って参りますので、お戻りください!」
そう叫ぶ従者たちを振り払い、第二皇子は地下牢に向かっていった。
ーーーー
「あぁ、彼は、僕の描くマリー様をいつもすごく褒めてくれていましたよ。あいつがマリー様と2人きりでいる可能性があるって? 許せない許せない許せない許せない……そういえば、今朝何か紙を置いていったかな? でも、マリー様の食べ物を毎日作っているあいつのことがどうしても許せなくて……そこに落ちてるから好きに見てください」
“親愛なる大先生
北の隣国コーディーで刑期が明けるのをお待ちしております。あと数年ですので、頑張ってください。
先生の作品の奴隷より”
「コーディー……? 北の方向の小屋に絞って調べろ! ……なんでこいつは、まだ公表されていないことをこんなに知っているんだ? その背景も洗い出す余裕があったら、洗い出せ!」
付きまとい犯は、数年の刑期の後は、コーディーへと国外追放となる予定であった。そのことを知っているのは、まだ上層部の一部の者だけで、マリーも知らない機密であった。
ーーーー
「候補が5つに絞られました! 北の森、北の街、北の川、北の雪山、北の村です。ただ、北の街の宿泊施設に滞在している可能性もあると思い、そちらの調査は進めております。今、北の門の検問はかなり厳しく行なっているので、マリー様を連れて出国することは不可能かと思います」
「わかった、5つか……少しでも早く見つけたい……」
「第二皇子様! こちらご覧ください!」
第二皇子が腹心の部下と話しているところに、駆け込んできた従者が叫ぶ。
「薬の購入履歴です! 身体を動かなくする薬とその解毒剤の購入が街の裏薬局で確認取れました! 解毒剤を飲むまでは効果は切れません!」
「よくやった! つまり、マリーは今動けない状態の可能性が非常に高いということだ。そんなマリーを連れて行ける場所は……北の森か。マリー……」
北の森に向かう一行に、フラメールが駆け寄ります。
「私もお連れください! 先導隊では足を引っ張ってしまいますから、後からでもいいのです。マリー様のご無事を確認させてください!」
「不安なマリーには、できるだけ早く信頼できるものと会える方がいいだろう。かなり飛ばすから、しっかり捕まっておけ」
第二皇子の乗る馬に、フラメールも乗せてもらい、駆け出した。北の森までは通常速度で半日程度で着くが、3時間もかからずに森に着いたようだ。
ーーーー
「いるか?」
小声で第二皇子が護衛たちに声をかける。
「います」
「マリーにだけ知らせられるか?」
「……気を引きます」
相談の末、フラメールが老婆に化けさせられ、小屋に乱入するという強引な方法を取ることとなった。フラメールの必死な懇願でもあるし、誘拐犯もフラメールや老婆のような弱者をこの場に連れてくるとは思わないだろう。
「すみませんな、入りますよ……あれま!? 人がいたんかね!? わたしゃ、たまにここで休ませてもらってるんだけど、この小屋は人のもんだったのかねぇ……あれ? わたしゃ、誰だったかな?」
一瞬身構えた誘拐犯も、単に近所の少し呆けた老婆が来たと思ったようで、普通に追い返す。
「おばあさん、最近買ったところなので、もう来ないでください。家には帰れます?」
「すみませんねぇ……ところでどこだったかね? ここは、まぁ! 私の娘じゃないかぁ!」
フラメールはマリーに駆け寄り、手を握る。その瞬間、マリーの目が開く。マリーは、フラメールを見て一瞬驚いた顔をした。フラメールの老婆姿は、髪色が違っていても、フラメールの亡くなった母の顔に瓜二つだったからだ。
「おばあさん、違いますから、いい加減出ていってください」
「おやまぁ、じゃあ、森に採集に行ってくるから、待っててくれよ?」
「はい、いってらっしゃい」
追い出されたフラメールの姿に、マリーは近くに第二皇子たちがいることを悟ったのだろう。そっと目を開けた。
「ん? 起きたのか? 薬を飲め。国外に行くぞ? そうだな……まだそこにいるだろう、さっきのおばあさんはマリー様の大切な民だろう? 彼女が殺されたくなかったら、大人しくしていろよ? すぐ捕まえてくるから」
そう言いながら、マリーの手足をベッドにくくりつけ、解毒剤を飲ませる。マリーの意識がはっきりしたところで、老婆を捕まえに行こうとする。老婆を身代わりとしてこの小屋に入れて、マリーが反抗したら老婆が死ぬ魔法を残すというのだ。
なぜ、そんな高度な魔法をこの人は使えるのだろうと思いながら、薬を飲み終わったマリーはコクコクと頷いた。
結ばれるために触られた手足が、気持ち悪く感じたのか、マリーの目は涙目だ。
「よし、じゃあ捕まえてくるからな。あの老婆のおかげでこの状態も打開できそうだし、マリー様も目覚めるし、上手くいきそうだな!」
そう言いながら小屋を出た誘拐犯は、隠れていた護衛たちに捕縛された。
「大丈夫か!? マリー!」
「フェルディア様!!」
マリーを優しく抱きしめる第二皇子に、マリーは安心し切った様子だ。
「怪我は? 無事か?」
「はい。フラメールは無事ですか?」
「あぁ、無事だ」
「あの誘拐犯さんは普通の民なら使えないような高度な魔法を使っていましたし、知らないはずの知識をお持ちです。背景を洗ってください」
「あぁ、今している」
「マリー様!! 私が目を離したせいで! 申し訳ございません!」
フラメールがマリーに駆け寄り、泣き叫んでいた。
私、あの誘拐犯さんに触れられたら嫌悪感しかなかったのに、フェルディア様に触れられたらむしろ嬉しく感じました。
フラメールよりもフェルディア様がきてくださった時に、安心いたしましたわ。
私、フェルディア様に惹かれているのですわ……お父様に、お話しして、次期皇后としてフェルディア様をお支えできるように進めていただくよう、お願いいたしましょう。
ーーーー
調査の結果、誘拐犯さんはコーディーのスパイでいらっしゃいました。そのつながりで、コーディーから入り込んでいた皆様を炙り出すことができたようです。
ちょうどコーディーから撤退を指示された時期に、付きまとい犯さんが捕らえられたので、作品を見れなくなることに焦燥感を抱いた誘拐犯さんが暴走された結果だそうです。
「マリーを危険な目に合わせてしまったけど、かなり中枢に入り込んでいたスパイ仲間を見つけ出すことができたよ。ありがとう」
「私のせいでご迷惑をおかけしたと思ったいたので、国を守る一助となれたなら、嬉しく思いますわ」
その後、私のストーカーさんたちが捕えられたり、ストーカー対策基本法、門の検査方法の見直し等で、帝国内の女性たちが救われることが多くなったそうです。