「マリーおねぇしゃま! 早く! あそぼあそぼ!」
「まぁ! 第二皇子様? そんなに走られると危ないですわ?」
記憶がある時には、マリーは兄の婚約者だった。僕だって、マリーのことが大好きなのにと思って、マリーに結婚しようと言ったこともある。しかし、マリーを困らせてしまうだけであった。
いつも暖かく微笑み、僕を可愛がってくれた。僕がマリーに憧れるのは、当然だろう。僕に対するマリーの気持ちには、“かわいい義弟”としての気持ち以外一切見えず、僕も“大好きな義姉”としてしか見ていないように見せてきた。
「マリーは作り笑顔しか浮かべてくれない」
いつだったか、兄がそうこぼしていたことがある。マリーの何を見ているんだろう、と思った。いつも美しい微笑みを浮かべているが、あんなにも喜怒哀楽が現れているじゃないか。美しい目元には生き生きとした光が宿り、微笑みを浮かべる口元が少し尖ることもある。
マリーを理解しないそんな兄がマリーの婚約者であることに不満は抱いた。しかし、マリーはそんな兄のために頑張っているし、そんな兄でもマリーは憧れている姿が明らかだったため、僕の恋心は常に押し殺してきた。
転機が訪れたのは、母がマリーを虐め始めた時だ。最初は悲しむマリーの顔が見たくなくて、影でこっそり、必死にマリーを励ましたりしていた。
「なんでマリーをいじめるの!」
そう母を責めたこともあった。母は何も言わず、悲しそうな顔で去っていった。そんな顔をするのなら、マリーを虐めなければいいのに、といつも思っていた。マリーを守ることのない兄に失望を覚えていた。
しかし、ある日、元相談役と元家臣の裏の姿を見て、全てを理解した。相談している中で、マリーを傷つけるような行動を取らせる案があった。そんなことは絶対許せない。それに関しては、しっかりと釘を刺した。
僕の心を理解したのか、彼らはマリーには傷をつけず、兄とマリーの婚約が破棄されるように動いてくれた。
「メルルがとても愛らしいのだ」
また相談役と元家臣の作戦通り、兄は別の女溺れていった。メルルという女よりもマリーの方が何千倍も何万倍も愛らしいことを忘れてしまった兄を、愚かに思う。でも、これはチャンスだ。
兄の“運命”はその女だったのだろう。僕は、やっと愛しいマリーに目を向けてもらうチャンスだと必死にアピールした。ついでに、美しいマリーに群がる害虫を払い続けた。
マリーが婚約者になる可能性が出て、僕は嬉しすぎて必死にアピールした。今まで義弟としか思っていなかった男からのアプローチだ。嫌がられるかと余ったが、思ったよりいい反応だと思っていた。しかし、マリーは、持ち前の美しさのせいで羽虫どもを集めてしまう。
今後も、僕がマリーを守り続けるよ。安心してね?
「母上。マリー義姉様と兄上がうまくいかなかったら、僕と結婚させる案もありますよ?」
「フェル。兄の婚約者に横恋慕するなんてやめなさい。でも、なかなかオズがマリーを守ってくれないのよね……予定はどうなってるのかしら……早くしないと結婚までこれを続けることになるわ……」
ーーーー
そうだ。ユリーシャが男だと知った時のマリーの姿……マリーのお父上であられるウィナーベル公爵と全く同じ表情で驚いていたよ。
僕とユリーシャの結婚は、“マリーという想い人がいながら、他の女と結婚したくない”という僕の気持ちと“女の格好してて姫と間違えられているから、婚約者が決まらない”というユリーシャの利害が一致したから決められたんだ。
ユリーシャは、僕からマリーへの気持ちをいろいろ聞いていたから、ずっとニヤニヤしていたな。
「お前のお姫様、やっと手に入りそうじゃないか」
「あぁ、あとはマリーの気持ちを得るだけだ」
「手伝ってやろうか?」
「余計なことはするな。お前が手を出すとろくなことにならなさそうだ」
まぁ、たとえユリーシャでも、マリーに触れることは絶対許さないけど。
僕とユリーシャの結婚は最終手段だったから、両国の両親たちも話が消えてホッとしてるようだよ。特にユリーシャの国では、彼が子供を成さないと後継がいなくなるからね。
マリーが想定以上に酒を飲めたことは、驚いた。マリーの見た目からはそんな強そうには見えないし、お父上であられるウィナーベル公爵はすごく弱かった記憶だ……お母上からの遺伝か?
泥酔した後のマリーは涙目で本当に愛らしく、あれは危険だったから、僕の前以外では禁止させよう。まぁ、ウィナーベル公爵家で酒量が決められたそうだから、マリーがそれを破ることはないだろうが。
ーーーー
愛しいマリーのコツコツという足跡が聞こえ、僕はマリーが“かわいい”という笑顔に戻る。
「おかえり。マリー、君と結婚できるなんて幸せだよ」
「突然どうなさったの? ふふ、私も幸せですわ。フェルディア様」
ずっと、“マリー”と呼びたかった。僕だけのマリーだ。もう離さない。僕がマリーをこんなに愛していることは、マリーは知らないだろう。