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第18話 初めてのチャペル

 きらきらとまばゆいほどの日差しが坂道のアスファルトを照らしている。十一月にしては暖かい今日、深緑色のパーティードレスという格好をしていても薄手のコート一枚で間に合っている。玲と幻想的な二度目の対面を果たした三日後、表参道にある専門式場の前で、仕事に行く時とは違うそわそわとした心地を味わいながら、友人たちがやって来るのを待っていた。


「月凪、久しぶり〜!」


 坂道の上からとことこと駆け寄って来る三人の友人たちを目にして、ようやくふっと身体が弛緩する。黒、紺、水色のドレスを着た三人と私が並ぶと、誰一人として服の色が被っていないことに驚いた。


「久しぶり、みんな」


 自然と笑みが溢れる。今日一日、自然体でいられるような予感がしてほっとした。

 今日は、大学時代に所属していた演劇サークル『アクト・ソレイユ』で仲が良かった友人、犬飼沙耶いぬかいさやの結婚式だ。相手は大学を卒業後、就職した企業で出会った同期の男の子らしい。なんと、交際期間は半年。付き合ってすぐに結婚を決めたのだから、仲良し五人組の、残り四人の私たちは心底驚いた。でも、思い返せば沙耶は大学時代も、いつのまにか恋人をつくり、別れた後もまたすぐに別の恋人ができていたから、納得できると言えばそうだった。

 集まったのは、私、優里ゆうり真帆まほ茉莉まつり、の四人。


 大学時代はこの四人と沙耶でチームを組んで少人数での劇を発表したことがある。その時からずっと仲が良く、今でも時々みんなで予定を合わせて遊びに出かけていた。今日はみんなと一年ぶりに再会した日だ。きっとあと五年もすれば、みんなそれぞれに家庭ができたり仕事がどんどん忙しくなったりして、集まれなくなるのだろうな、とふと寂しさを覚えた。


「めちゃくちゃいい天気だね。さすが沙耶。あの子、私らの中で一番運強かったよね」


「本当にそう。凶ばっかり出る神社のおみくじで、一人だけ大吉だった

し」


 運が強い、の一例で真帆が思い出したのがおみくじの話だったのがちょっと面白くて笑ってしまった。


「もう受付始まってるみたいだよ。中入ろう〜」


 茉莉に促されて、私たちは専門式場の、厳かなアーチ状の門を潜った。入り口まで続く石畳の道をまっすぐに突き進む。視界から俗世間の街並みが消えた。代わりに現れたのは、白いお城のような美しい建物だ。門の外と中では、世界が違うみたいだ。


 玄関から受付をしているエントランスへと入る。

 真正面のテーブルで受付担当の男女が二人ずつ、どこか緊張した面持ちで椅子に座っている。私たちは新婦側の受付の方へと歩み寄り、それぞれに名乗り、ご祝儀を手渡した。


 新婦側の受付の子たちもきっと私たちと同級生だろう。二十五歳の私たちにとって、結婚式はまだ馴染みの薄いイベントだった。かくいう私も、今日、初めて友人の結婚式に参列する。これまで参列したのは、子供の頃に叔父・叔母の結婚式ぐらいだから、大人になってから参加するのは初めてで、どきどきしていた。


「わ、たくさん写真が飾ってあるよ。沙耶と彼氏——じゃなくてもう旦那さんか。幸せそう」


 いわゆるウェルカムスペースというのだろうか。 

 二人の写真が飾られているスペースがあった。「SAYA&MASATO」の文字の置物と、二人の前撮り写真のパネル一枚、それから通常サイズの写真が、写真立てに飾られていた。


 テーブルの上にピンクの花びらを散らしたような装飾がされていて、おしゃれで可愛らしい。

 それから、別のテーブルには黄色と赤色のキャンドルがたくさん置いてあった。

 何かに使うのかな? と首を傾げていると、スタッフの一人がこちらに歩み寄って来る。


「後ほど、挙式の後に皆様には二つの色のキャンドルのうちどちらかを選んでいただきます。ご新婦様のお色直しのドレスの色が、この二つの色のどちらの色か予想してみてください」


「へえ、なるほど」


 そんな粋なゲームがあるのか、と感心させられた。面白いな、と思う。結婚式ではよくあるイベントなのだろうか。今日、ほとんど初めて他人の結婚式に参列する私には分からないけれど、他の三人も「そんなことするんだね」と顔を見合わせていたので、私の感覚は間違っていないようだ。


 その後、三十分ほどすると挙式が始まるとのことで、スタッフに促されてチャペルの方へと向かった。 


「沙耶のウェディングドレス姿、楽しみだね」


「嬉しくて泣いちゃうかも」


「もう? でも分かる。結婚式初めてだけど、感動するって言うよね」


「心の準備、しとかないとねえ」


 みんながそれぞれに、これから始まる挙式に備えて胸の興奮を抑えているようだった。

 やがてチャペルの扉が開き、中へと案内される。赤いバージンロードに、正面には豪華なステンドグラスが天井まで敷き詰められている。思い描いていたチャペルそのものだ。荘厳な内装に、私たち四人は一斉に息をのんだ。


「すごい……憧れのチャペルって感じだね」


「沙耶が好きそうだわ」


 沙耶は、常に王道を突き進むタイプだった。演劇ではヒロインとヒーローが困難を乗り越えて結ばれるハッピーエンドな物語を好んでいたし、飲食店に入れば「おすすめ」のメニューを必ず選ぶ。みんなで旅行に行く時に、真っ先に観光雑誌を手にプランを立ててくれたのも沙耶だった。ミーハーといえばそうなのかもしれないけれど、その純粋なまっすぐさには、私たちも心惹かれるものがあった。

 この王道で美しいチャペルに、もうすぐ純白のウエディングドレスに身を包んだ友人が舞い降りるのだ、と思うと、今からときめきが止まらなかった。

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