挙式も、その後の披露宴も、滞りなく進んでいった。
ウェディングドレス姿の沙耶は、それはそれは美しかった。沙耶らしい、ふんわりとボリュームのある王道なドレスで、床を引き摺るヴェールはバージンロードを流れるようにゆっくりと進んでいた。緊張した面持ちの新郎の手を握る沙耶は、花のように笑っていて、そんな彼女の笑顔を見て、新郎の方も表情がやわらかく解けていった。結局挙式の最中に私たち四人とも涙が抑えられなくなり、みんなしてハンカチで目頭を抑えた。
披露宴会場は、式場とはまた雰囲気の違う華やかさがあった。
植物に囲まれた壁、テーブルの上の花の装飾は豪華で、会場に足を踏み入れた途端、心がほっと和むような心地がした。
テーブルの上の「城北月凪様」という名札の裏に、沙耶からメッセージが添えられていた。
『月凪、今日は来てくれてありがとう。大学時代、大恋愛をしていた月凪に色々と相談をしたのが懐かしいです。あの時も今も、一途に誰かを想う月凪が眩しいと思ってるよ。最後まで楽しんでもらえたら嬉しいです』
沙耶からのメッセージを読んで、数年前の記憶がぶわりと蘇る。
確かに、沙耶とは恋バナをすることが多かったな。でも相談というほどの話はしていない気がする。だって沙耶は、他人に相談をするまでもなく、誰と付き合うとか、どうしたら告白できるかとか、自分で考えてさっさと行動に移せるタイプなんだもん。むしろ、みんなの恋愛相談を聞いていたのは沙耶の方だった気がする。
周りを見ると、他のメンバーも沙耶からのメッセージに胸を熱くしているようだった。
「沙耶らしいねえ」
真帆がぽつりと呟く。何が書いてあったのかは分からないけれど、それぞれ思い出のエピソードが綴られていることだろう。沙耶、本当に結婚しちゃったんだなあ。
私たちのテーブルは四人と、それから沙耶の大学時代の学部友達が座っていた。つまりみんな同じ大学出身ということもあり、初めましての沙耶の友達とも会話が盛り上がった。
気になっていた沙耶のお色直しのドレスは赤だった。真っ赤な赤ではなく、ワインレッドでエレガントなドレス。再登場した沙耶を目にした時、わっと会場では歓声が上がった。それぐらい、沙耶の赤いドレス姿は艶やかで美しかった。
沙耶と新郎が腕を組んで、それぞれのゲストのテーブルへとキャンドルに火を灯しに行く。私たちのテーブルに沙耶が来てくれた時、茉莉が「さや〜!」と彼女に抱きついた。
「メッセージありがとう。沙耶、ほんっっとうに綺麗だね!」
「ありがとう、みんな。来てくれて本当に嬉しい」
ここには、余計な感情は存在しない。
ただ幸せで満ち足りた空間が広がっていた。
私はほとんど初参加の結婚式だけれど、もっといろんな感情に襲われるのかと思っていた。我が身を顧みて、自分にはまだ幸せはやって来そうにないな、とか。でも実際来てみたら予想とは裏腹に、沙耶が幸せそうに笑うのを見て、心が桃色の感情で満たされていた。
「月凪もありがとうね。仕事、忙しそうなのに」
「ううん。今日はお休みだし、それに最近はコンスタントに有給も取ってるの」
「そっか。去年話を聞いた時はものすごく大変そうだったから、顔見て安
心した」
忙しいのは変わりないし、職場の立ち位置も去年と変わっていない。むしろ上司からのいちゃもんは増える一方なんだけれど、今この場でそんなことはもちろん口にしない。
「はい皆さん、お写真撮りますよ。こちらを向いてください」
いつのまにかそばにスタッフさんとカメラマンが待機していて、私たち演劇メンバーと新郎新婦の方にカメラを向けていた。二人を囲むようにして並ぶ。良かった、みんな寒色系の色のドレスを着ていて。真ん中で微笑む沙耶の艶やかなドレスが際立つ。沙耶はいつだって私たちの中心だった。素直で、これと決めた方向に素直に突き進む。そんな彼女を、今も昔も眩しい気持ちで見つめているのは私の方だった。
「あ〜楽しかった! 幸せ空間すぎた」
無事に披露宴まで終わると、結婚式はお開きとなった。他のゲストたちは更衣室で着替えをしているようだが、私たちは皆自宅からドレス姿で来たので着替えはしない。大きく伸びをした優里の頬は分かりやすいくらい上気していた。
「ううっ……」
真帆が鼻をずずっと啜る音が響く。彼女は新婦が両親への手紙を読んだ時からずっとこの調子だ。ハンカチも濡れまくって、茉莉が貸したものまでびしょびしょになっていた。
「真帆、さすがに泣きすぎ」
「だって〜あまりに感動しすぎたんだもん。最近、職場と家の往復で心が枯れてたの! 一気に浴びるように感情があふれて来て、止まらないんだよっ」
「まあそれは分からんでもない」
真帆の気持ちは十分に理解することができた。私だって、今日一日でこんなに心がいろんな色に支配されるなんて思ってもみなかったから。
「この後どうする? 二次会はないっぽいね」
茉莉がみんなに尋ねる。最近の結婚式では二次会をやらないことが多いらしく、披露宴の最中にちょっとしたクイズをして、当てた人が景品をもらえるという企画があった。私たちの中では、優里が見事景品をゲットしていた。
「このまま解散っていうのも寂しいし、どこかでお茶しない?」
「うん、いいよ」
時刻は午後三時。久しぶりに集まったメンバーと別れるには、確かにもったない時間だった。