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第23話 初めて見るもの

「少しは落ち着いたか?」


「うん、ごめんね。ありがとう」


 玲に慰められて気持ちが落ち着くと、二人で目黒川沿いを散歩した。

 一歩足を踏み出すごとに、周りをキョロキョロと見回して、物珍しそうに「へえ」とか「なんだこれは」とか驚きの声を上げる。普段は強引な彼に似つかわしくない純粋な反応に、私は思わずふっと笑みを漏らした。

 玲も、可愛いところあるじゃん。

 『月影の庭』で話している時は、常に彼の方が上手うわてで、戸惑う私の反応をからからと笑って楽しんでいるようだった。でも今は、立場が逆転している。玲が「あれはなんだ?」と聞くたびに、「それはね〜」と、ちょっともったいぶって答えるのが楽しくなっていた。


「あの、ブンブン言いながら走る乗り物は?」


「えっ、車も知らないの!?」


「見たことも聞いたこともないぞ」


「うわ〜それはすごい! 天然記念物だ」


「月凪、俺のこと無知なやつだって知って楽しんでないか」


「ぜんぜ〜ん!」


 むっとした玲の顔が面白くて、同時にやっぱり可愛いと思ってしまう。袴姿の玲が、東京の街を歩いているのも、ふとした時に考えるとやっぱりおかしい。すれ違う人たちは絶対私たちを二度見するし、そんな彼らに最初は恥ずかしいと感じていたのに、有名人にでもなった気分になって、だんだん楽しくなっていた。


「車なら私も運転できるわよ。と言ってもペーパーだけど」


「ペーパー? それはなんだ。薬草の名前か?」


「……ぷっ。なんでそうなるのよ。まあ、車を知らないんだから、分からないのは当然か。ペーパーっていうのは、運転免許を持っているのに、全然運転してない人のこと。ペーパードライバーの略ね」


「ふうん」


 納得しているのかいないのか、胡乱な目を向ける玲。玲からすれば、何もかもが新鮮で新しい世界だろう。

 でも、とふとここで疑問が生まれる。

 玲はこれまでもこうして誰かと“夢想デート”をしてきたんじゃないんだろうか。

 だとすれば、現代社会に来るのは初めてではないのでは……?


「玲は、何回かこういうことしたことあるんだよね? その、他の女の子と」


 他の女の子と、と言う時、自分で発言したことなのに、胸がずきりと疼いた。どうしたんだろう、私。他の子と玲がデートをしてほしくないって、心のどこかで思っているのだ。

 玲の美しい瞳をじっと見つめる。彼はしばらく黙り込んだ後、「いや」と首を横に振った。


「月凪が初めてだ」


「え!?」


 予想外の言葉に驚く。初めて? “夢想デート”をしようと持ちかけてきた時、まるで経験があるかのような口ぶりだったけど……?

 私の疑問が通じたのか、彼は「初めてだが」と話を続けた。


「実は俺の先代の守護者から、この力のことを聞いていた。『月影の庭』には、実は俺以外にも魂が漂っていた。その魂の一つが守護者を担っているんだ。先代の魂はもう解放されていない。だから試したことはなかったが、先代から聞いて、“夢想”の力が本当に備わっていることは知っていたんだ」


「へ、へえ……」


 先代の守護者、か。

 『月影の庭』の守護者が代々受け継がれるものと聞いて驚く。そういえば、祖母の手紙に、祖母も『月影の庭』で誰かに出会ったというようなことが書かれていた。祖母が出会ったのは玲ではなくて、その“先代”なのかもしれない。予想でしかないけれど、なんとなくそう感じた。


「今まで私以外の人と、“夢想デート”をしようとは思わなかったの?」


 彼の話を聞いて、気になったことを問う。すると玲はふっと表情を緩めて答えた。


「そもそも俺は、あの場所で月凪だけを待っていたんだ。月凪としか会っていない。きみ以外の女の子には興味ない」


 歯の浮くような台詞に、心臓が止まりかけた。ブウンと、勢いづいた車が私たちの横を通り過ぎる。「危ないぞ」と、棒立ちになっていた私の腕を、玲が引っ張ってくれた。


「あ、ありがとう……」


「まったく、気をつけてくれ。この世界は危険が多そうだ」


「玲が悪いんだよ」


「は、どうして俺のせいになるんだ?」


「そりゃ、だって、私以外の女の子に興味がないなんて、言うから」


 一体どれだけ鈍いのだ、この男は。

 心の中で彼を嗜めながら、しかし本当は胸がドクドクと高鳴って、気分が高揚しているのを感じていた。

 彼は、私だけを待っていてくれたのだ。

 その言葉が意味するところを考えると、どうしても気持ちが盛り上がってしまう。こんなにまっすぐに私を求めてくれる人に出会えるなんて、数ヶ月前までは思ってもいなかった。


 最初は警戒していたはずなのに、どんどんこの人の惹かれている……。

 その気持ちに気づくたびに、心の中で、まだ大和が好きだという想いが叫びだす。一体私は、本当はどちらのほうが好きなんだろうか。


 深く考えていると、私の腹の虫がくう、と鳴った。


「わ、恥ずかしい……」


「お腹空いたのか?」


「う、うん。“夢想デート”中でもお腹って空くんだね」


「そうだな。現実での時の流れと同じ感じ方をするらしい。お腹も空くし、眠くもなる」


「へえ。不思議ね。食べたり飲んだりもできるの?」


「ああ、できるぞ。どうする?」


「そうだな……じゃあ、あのカフェに行かない?」


 私は、ちょうど道沿いに佇むカフェを指差した。川沿いに建つ建物で、店内から川が見えるように大きな窓が特徴だった。


「いいぞ。行ってみよう」


 二つ返事で了承をいただけたので、そそくさとカフェ入り口へと吸い込まれに行った。

 店内は暖色系のライトで包まれていて、冬の夜に冷えた身体を温めてくれた。実際暖房もばっちり効いていたので、中に入るだけでほっと一息つけた。

 玲はお店の中をきょろきょろと見回している。きっと店に入るのも初めてなんだろう。「ずいぶんとお洒落だな」と感心していた。


「東京のカフェはみんなこんな感じだよ」


「そうなのか。勉強になる」


 ふむ、と真面目に頷く玲が、健気でまた可愛らしいと思った。


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