二〇一九年十月。
大学二年生になった私や大和は、演劇サークル『アクト・ソレイユ』の主要メンバーとして活発に活動していた。サークルの活動主体は二年生らしく、私たちと同期の沙耶、優里、真帆、茉莉もそれぞれやりたい演劇や演出を考えるのに一生懸命だった。
大学のサークルはよく緩いと聞くけれど、私たちのサークルは違ったのだ。
みんなで一つのものを作り上げていくうちに、自然と仲も深まる。
どちらかと言えば私は、緩い空気の中でふわふわと学生生活を送るよりも、何かに真剣に打ち込みたいと思っていたから、ちょうど良い。大学は、私にとってとても居心地の良い場所だった。
「ねえー、月凪ってさ、そろそろ秋月くんと付き合わないの?」
「え!?」
十月も半ばを過ぎた頃、サークルの部室で今日の練習が終わり片付けをしていると、仲良し女子五人組の中で一番恋バナ好きの優里が聞いてきた。
「突然何よ」
何の脈絡もなく降りかかってきた問いに、心臓が分かりやすいくらいにドキンと跳ねた。
「突然じゃないよ。私ら、ずーっと二人のこと応援してるんだけど」
私ら、とは沙耶や真帆、茉莉のことを言っているのだろう。見れば、真帆も優里と同様ににやりと唇の端を持ち上げているし、茉莉は茉莉で、「へへへ」と和やかに笑っている。沙耶はこういう話には一番長けているのだが、他人の話にはいつもそこまで興味がないという感じだ。そのくせ、いつ聞いても途切れなく恋人がいるのは彼女だけだ。
そんな四人の反応を見て、私は「はあ」とため息を吐いた。
「明日……二人で遊びに行く予定だけど」
「ええっ、そうなんだ。なんとタイムリーなこと!」
「ねえ優里、そのわざとらしい反応、絶対秋月くんから聞いて知ってたでしょ」
「いやいや、まさか! そんなことないってー」
棒読みだし、絶対図星じゃん。
曲がりなりにも演劇サークルなんだから、もっと上手に演技すればいいのに。こういう時は不器用な優里がなんだか可愛らしくて、おかしかった。
「で、どこに行くの? 何するの?」
一度私が明日のデートのことを話しだしてから、「これは聞ける」と思ったのか、ノリノリでこちらに身を乗り出してくる。片付けの手も止まってるし。茉莉がやんちゃな妹を眺める姉みたいに、やれやれと肩を竦めているのが見えた。
「横浜の赤レンガ倉庫に……」
「横浜! うわ〜いいなぁ。憧れるう」
いいな、いんな、と羨ましそうに顔をきらきらとさせる優里は、男の子からよくモテる。これだけ素直で、顔だって美人顔で。モテない方がおかしい。そして、彼女は今、二つ上のサークルの須藤先輩に恋をしている。
「優里も須藤さんを誘ってみたら?」
真帆が優里の肩をトントンと軽く叩きながら言う。
「私から誘うなんて無理! 相手は四年生の先輩だよ? そんなガツガツいけないってー」
「優里なら大丈夫だって。きっと先輩、喜ぶと思うなあ」
真帆は良くも悪くも、こういう色恋ネタにはいつも適当に相槌を打ち、アドバイスもやたら調子が良い。というか、優里と特に仲が良いからか、わりと彼女に同調しがちだ。沙耶は相変わらず「ふうん」とか「楽しそうだねえ」とか、のんびり上から俯瞰している。茉莉は一人、まったりと独特なオーラを放っていた。今も「先輩だったら誘ってほしいよねえ」となんだかんだで的を射た意見を言っている。
「そうなの、茉莉! 先輩に誘ってもらえたらなあ」
夢見る乙女の表情で顔を赤らめる優里。彼女がこのモードに入ったらもう、なかなか出てこられないのを知っている私は、そそくさと片付けを切り上げて、帰り支度を始めた。
「月凪が秋月くんと上手くいったら、袋叩きにしてやろう」
「こわっ。それ使いどころ間違ってるから」
「あ、そっか、ごめん。とにかく根掘り葉掘り聞くからね!」
……どうやら次の活動日は大変そうだ。
その後、無事に優里の質問責めから逃れて、下宿している家へと帰り着いた。
ちょうどその時、ポケットに入れていたスマホがブッと震える。画面を見てみると、秋月くんからメッセージが来ていた。
『明日、よろしく』
たった一言だけのシンプルなメッセージだけど、デートの前日にこうやって連絡をくれるところは好感が持てる。実は彼とデートをするのは、明日で四回目だ。近所の居酒屋、東京スカイツリー、お台場、浅草、と観光客御用達のルートで遊びに出かけた。私も彼も地方出身なので、王道観光コースを行くのがとても楽しかった。
そんな彼と、明日は東京を飛び出して横浜に行く。
想像するだけで今から胸の高鳴りが止まらなかった。