翌日、俺と白石はタイタンズ隊長のガイにもらった
この
……いや、普通に意味がわからん。
それ以外にボタンなどもなく、眺めていて文字列が増えるわけでもない。まるで「お前の知識で解読しろ」と言わんばかりの無言の圧力を感じる。
(いや、無理だろこれ……何の説明もねえのに、仮に座標とか言われてもわかるわけねえじゃん)
途方に暮れて白石に相談したところ、彼は端末を一瞥しただけであっさりと答えを出した。
「緯度と経度だね。GPS座標。簡単だよ」
「……いや、簡単ってお前」
「スマホの地図アプリのアドレスのここと、ここの数値を置き換えれば……」
そう言って白石は、スマホを取り出してスラスラと端末の数値を打ち込んでいく。
ものの数秒で地図アプリ上にピンが立ち、目的地が示された。
「ここだ。都内某所のこれは……雑居ビルだな」
「え、いや……すげぇな、お前」
「まあ、マイクラの座標管理みたいなものさ。やったことあるだろ?」
「マイクラ?」
「Minecraft。知らない?」
「知らん……」
「……まじで?」
白石が信じられないものを見るような顔をしてくる。
だが、俺は本当にやったことがないのだ。
ゲームは好きだが、どちらかというとファンタジー系のRPGやローグライクダンジョン探索ものばかりプレイしていたからな。
「まあいいや、とにかく行こうか」
そうこうして目的のビルに辿り着いた俺たちは、周囲を警戒しながら無言で建物の中へと足を踏み入れた。
外観はごく普通のオフィスビル。だが、異様な静けさが漂っている。
(……妙だな)
都内のビルなら、たとえ廃ビルでももっと雑音があるはずだ。
だが、ここはまるで"世界から切り離された空間"みたいに音がない。
無機質なコンクリートの壁、埃っぽい空気、剥がれかけた案内板。
かつてはオフィスとして使われていたのだろうが、今は完全に放棄されている。
静寂の中、俺たちの靴音だけがやけに響いた。
「……なんか、ホラーゲームの生配信みたいな雰囲気だよな」
思わず呟くと、白石が微かに笑った。
「確かに。でも、ゲーム配信と違うのは——"本当にヤバい敵"に襲われても、コンテニューは無しだ」
(……それは確かに)
白石の言葉に妙な説得力があるのは、こいつが普段から冷静だからか。
「ここだ」
白石が端末の画面を確認しながら、建物の奥へと進む。
階段の入口には「立入禁止」の黄色いテープが無造作に貼られていた。
その向こうには、地下へと続く真っ暗な階段。
「……あのさ」
「ん?」
「これ、普通に考えてめちゃくちゃ怪しくね?」
「今さら何を言ってるんだい?
白石は当然のように足を踏み入れた。
俺も覚悟を決めて、後に続く。
「あ、ちょっと待った」
そういうと俺は俺は
「へえ、そういう感じで出現させるんだな……面白い」
白石が興味津々な目で俺を見つめてくる。
正直、こんなふうに注目されるのは相変わらず苦手だ……
(……さて)
「てことは……彼らの前では正体を隠すってことで良いんだね?」
「当然だろ……設定は大事だからな」
そう言うと俺は、一度大きく深呼吸をした。
途端に、俺の中の"スイッチ"が切り替わる。
神崎シンは"妄想ぼっち”の高校生。
だが——この瞬間から、黒翼の使徒、そして
(……よし、行くぞ)
地下へと続く階段は、まるで異世界へと誘う奈落のように暗かった。
壁にはカビ臭い匂いが染みつき、遠くでかすかに水滴が落ちる音が響く。
階段を一段ずつ降りるごとに、俺の胸が高鳴っていく。
やがて——俺たちは地下のフロアに辿り着いた。
そして、そこには——
「待ってたぜ、イマジナリー・ヒーロー」
薄暗い地下の奥に、腕を組んで立つ男の姿。
タイタンズの隊長、城ヶ崎ガイが不敵な笑みを浮かべながら俺を迎えた。
「……お前、本当に俺をそう呼ぶつもりなのか」
仮面の奥で、俺はわずかに苦笑する。
ガイは肩をすくめ、ニヤリと笑った。
「そりゃそうだろう。お前がそう名乗ったんだからな」
俺は黒い仮面の奥で目を細める。
(……まあ、いいさ)
これから俺たちは、未知の領域へと足を踏み入れる。
やはりキキャラクターも、"
「さて……深淵の先にある、闇の帷へ進むとするか——」
俺は、地下奥に青く揺らめく光を見つめながら、静かに呟いた。
「……相変わらず大仰だな」
ガイは腕を組みながら、不敵に笑っていた。
だが——俺の視線は彼の背後に釘付けになった。
そこには——
青く怪しげな光が、円環状に渦巻いている。
不安定な光の膜のようなものが、そこにぽっかりと空間を歪めながら浮かんでいた。
光が収縮し、まるで吸い込まれるような感覚を覚える。
(これ……まさか)
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「まさか……これってダンジョンに入るポータルか?」
「そうだ」
ガイが静かに頷く。
「
だが——これだけは例外だった」
「懐かしいな……」
隣で白石が呟く。
「子供の頃に何度か見たよ。もちろん、入ったことはないけどね」
「俺は自衛隊に入る前に何度か挑戦したことがある」
ガイが懐かしむように目を細める。
「当時は配信者やハンターたちがダンジョン攻略配信をしていた。
クリアすれば大金を稼げるし、レアアイテムを手にすれば一攫千金……
あの頃は、"ダンジョン"がまだ一般人にも許されていたからな」
「……ダンジョン探索が、娯楽だった時代か」
俺は興奮を隠しきれなかった。俺が妄想に勤しむようになったのも、ダンジョン配信がきっかけだ。当時のダンジョン探索では、不思議な武器や魔法が実際に使われていたという。
「そうさ。だが、それももう過去の話だ」
ガイが青白いポータルを振り返る。
「
「……!」
俺はその言葉に反応した。
(世界のルールを書き換える……それって、俺の"妄想の力"と同じようなものか?)
「——でも、ここだけは例外だ」
ガイはポータルを指さしながら言った。
「ナイトフォール——俺たちの拠点は、このダンジョンの奥にある」
「……!」
「つまり、"あの人"も、このポータルの先にある、ダンジョンに居る」
「"あの人"か……」
俺と『同類』と言われる謎の人物。ナイトフォールを作りレジスタンスを率いるリーダーが、このダンジョンの先で俺を待っているだと。
ガイは少し口を噤み——やがてゆっくりと答えた。
「ああ、この世界で、支配者に唯一抗い続けている人であり、彼らと同じ……いや、超える力を持つ特別な存在だよ」
「
急速に俺の胸が高鳴る。
俺の妄想の根底には、本やアニメやゲームで見てきたヒーローの存在がある。まさか本物に会えるなんて。
そして、目の前に広がるのは——ずっと憧れていたリアルなダンジョンへの入り口。
(やばい、心臓の音が周りに聞こえるんじゃないか……!)
一体どんな事が、この先で待っているんだ?さっきからワクワクが止まらないんだが。
「さあ、行こうぜ」
ガイが俺の肩をポンと叩く。
俺は白石と視線を交わし——
青白い光のポータルの中へと、足を踏み入れた。