校庭には、なおも戦いの余韻が漂っていた。
だが、俺の目の前にいるタイタンズの隊長は——地面に座り込み、天を仰いでいた。
「お前の能力は……人間の領域じゃねえ……」
彼は疲れたような口調で呟く。
「なるほど……あの人が、お前に興味を持つわけだ」
「あの人?」
俺は眉をひそめる。
あまりにあっさりとした敗北宣言に、思わず間抜けな声を漏らしてしまった。
タイタンズの隊員たちも困惑しながら、それぞれ武器を地面に置いていく。
隊長は、俺を見上げながら苦笑した。
「俺たちタイタンズは、元自衛隊員。
「それは……自衛隊に限った話じゃないだろ」
「……ああ、だが俺たちは、従うふりをしながらずっと反撃の機会を伺っていた。——あの人のおかげでな」
俺は警戒を強める。
「でも……お前ら、俺を捕まえて支配者に引き渡そうとしてたよな?」
「表向きはな……だが、俺たちの目的は逆だ」
隊長は立ち上がり、俺をじっと見据える。
「お前が"ナイトフォール"に来るに足る男か、試す必要があったんでな」
「ナイトフォール……?」
俺は思わず息を呑む。
都市伝説レベルで噂されている"反逆者の隠れ家"……
人類が
「信じるかどうかはお前次第だが……ここに留まっていても、いずれ危険が訪れるぞ?」
俺はじっと隊長を睨みながら、考え込む。
(ナイトフォール……タイタンズは、本気で俺を仲間にしようとしているのか?)
俺が沈黙すると、隊長はフッと笑った。
「お前……本当の名前は?」
「……名前?」
俺は一瞬、生徒たちの視線を意識する。
やばい、ここで本名を名乗るわけにはいかない。
「俺は——
キリッと決める俺。
隊長は、目を丸くした後——
「ハハハ! そうか、そうか!」
豪快に笑った。
「まあ、お前にも事情があるんだろう。分かったぜ、イマジナリー・ヒーロー」
隊長は立ち上がり、手を差し出す。
「……城ヶ崎 ガイ(じょうがさき がい)だ」
「……ガイ」
(なんか……かっこいい名前じゃないか!)
俺は一瞬ためらったが——ガイの手を握り返す。
タイタンズが撤退の準備を始める中、ガイは俺の肩を軽く叩いた。
「イマジナリー・ヒーロー、お前にはいずれ、俺たちが何と戦っているのかを知ってもらう必要がある」
「……どういう意味だ?」
ガイは一瞬だけ視線を遠くに向けた後、ゆっくりと口を開く。
「俺たちはな……かつて日本を守る最後の砦だった」
その声には、どこか遠い過去を振り返るような響きがあった。
「自衛隊が
ガイの拳がギリッと音を立てる。
「戦争が終わった直後、俺たちのような反抗分子は排除される運命だった。『日本の治安維持のため』って名目でな。……皮肉な話だよ。外敵を防ぐはずの軍が、最後には“自国の秩序”を守るための生贄にされるんだからな」
彼の言葉には、静かな怒りが滲んでいた。
「……それで、お前たちはナイトフォールに?」
「いや、最初からナイトフォールがあったわけじゃない。俺たちは逃げ場もなく、各地を転々としていた。だがある時、”あの人”が俺たちを拾った」
「”あの人”って……何者なんだ?」
ガイはニヤリと笑い、俺をじっと見据える。
「今はまだ教えられねぇ。だが”あの人”は、お前と『同類』とだけ言っておく——ナイトフォールに来れば分かるさ」
(俺と『同類』……?)
俺はガイの言葉に違和感を覚えながらも、詳しく聞き返すことができなかった。
「お前が持ってるその力……いや、まあそれも”あの人”から聞く方がいいだろう」
「そいつは、俺みたいな力を……使える?強いのか?」
俺は……思わず拳を握った。
この妄想を現実にし、
考え込んでいる俺を見て、ガイは肩をすくめる。
「まぁ、お前がどこまで理解してるかは知らねぇが……ナイトフォールに来れば、少なくともその疑問は解決できるだろうぜ」
俺は言葉を失った。
ナイトフォール——ただのレジスタンスの拠点じゃない。
俺の“力”の秘密に関わる何かが、そこにある……?
「……行くよ、ナイトフォールに」
「決まりだな」
ガイは満足げに笑い、俺と握手を交わす。
「楽しみにしてるぜ、イマジナリー・ヒーロー」
その言葉が、俺の中で妙に意味深に響いた——。
「……後日、ナイトフォールに行く。約束する」
「それでいい。じゃあ後日、迎えを送る」
握手を交わす俺たち。
タイタンズの隊員たちはそれを見届けると、静かに撤退を開始した。
その様子を眺めていた生徒たちはざわつく。
「
「あの黒炎カッコよすぎだろ!」
「盾を粉砕した瞬間、鳥肌立ったわ!」
興奮冷めやらぬ生徒たちが歓声を上げる。
俺はそのまま校庭から姿を消した。
仮面の正体はバレていない。
——ただ、一人を除いて。
教室の窓から妄想英雄の姿を見つめる少女。
露崎ユリ。
(……なに、あれ……なんでこんなにドキドキしてるの……?)
仮面の下の素顔は分からない。
でも、何か……どこかで見たことのあるような雰囲気。
(あの仮面の人、シンに……似てるような……いや、まさかね)
静かに、しかし確かに、彼女の中で"妄想ぼっち"だった神崎シンへの認識が変わり始めていた。
——その頃、屋上ではシンが姿を隠したのを確認したアマデル。
「帳——解除」
アマデルが静かに呟くと、光学迷彩のような精霊の
一瞬にして、学校は何事もなかったかのような静寂を取り戻した。
転送されアマデルの隣に居た白石アキラが、彼女をじっと見つめる。
「……君は何者なんだ?」
「わたくし?」
アマデルは微笑む。
「黒翼の使徒の守護者であり、彼を支える存在ですわよ」
「……さっきの転移、そして空間操作……君の力に興味がある」
「あら……わたくしには、彼ほど"興味深い"人間はいませんけれどね……」
意味深に微笑むアマデル。
白石は少し驚いたように目を細め——やがて小さく笑った。
「……確かに」
そこへ、仮面を外した俺が駆け寄る。
「お、おい、し、白石……だ、大丈夫だったか?」
「ああ、このとおりだ」
そして——現実が戻ってくる。
ついさっきまでの戦闘で猛々しく啖呵を切り、堂々と名乗りを上げ、決め台詞までバッチリ決めていた俺だったが。
……ここで、"リアル神崎シン"の弱点が発動する。
(やべえ……戦闘中はスラスラ喋れてたのに、今めちゃくちゃキョドってる!!)
勢いよく駆け寄ったはいいが、ここから何をどう話せばいいのか、さっぱり分からん。
そもそも、俺は他人とまともに会話するのが苦手というか、数年ぶりかもしれないレベルなんだよ。伊達に中学の頃から”ぼっち”やってるわけじゃない。
目の前の白石アキラ——天才にして生徒会長——が、冷静にこちらを見つめている。
(なんか、白石って“選ばれし者”感あるよな……いや、俺のキャラと被るんじゃねえか?)
そう考えていたら余計に焦ってきた。
「えーと……お、お前、あれだ、……ない、怪我とか……な、い、よな?」
カタコトか。
俺のコミュ障が全力で発揮された瞬間だった。
白石はそんな俺をじっと見つめ——
ふっと、微笑んだ。
「神崎シン。君が"仮面の男"——いや、
「……え?」
(ま、マジかよ……!? あんなにオーバーに演技したのにか……!?ていうか恥ずかしいだろうが!)
俺は思わず肩を跳ねさせる。
「ずっと君のことは観察していたからね。言動ですぐに察したよ」
(やばい……さすが天才、白石アキラ、鋭すぎる……!)
「……そ、そうか」
言い訳しようかとも思ったが、無駄そうだった。
ちらりと視線を向けると、アマデルが口元に手を添えて、楽しげに微笑んでいる。
(……なんか、めっちゃ愉快そうに見守ってないか?)
アマデルの青色の瞳がきらりと光る。
「まあ、当然の結果ですわね。あの戦闘の間、普段と口調は違えど、貴方の思考の流れはまるで変わっていませんでしたもの」
「うっ……」
……精霊にまで言われたら、もう誤魔化せないじゃねーか。
「もちろん、このことは誰にも言わないよ」
白石はニヤリと笑った。
「だけど、その代わり——」
そう言って、彼は俺に手を差し出す。
「私にも、君の"活動"をサポートさせてくれないか?」
その瞬間、アマデルの笑みがわずかに揺らぐ。
——気のせいか?
白石の提案は、決して悪いものじゃない。むしろ、天才であり情報通の彼が協力してくれるなら、こっちは大助かりだ。
でも——なんだ、この違和感は?
アマデルは何も言わない。
しかし、その視線は俺と白石の手の間を、じっと見つめていた。
……まるで、それが“良くないもの”であるかのように。
……でも、そんなの、考えすぎだよな。
「……頼むぜ、白石」
俺はその手を、しっかりと握り返した。
その時——ほんの一瞬だけ。
アマデルの表情から、微笑が消えた気がした。
(続く)