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第8話 妄想英雄「試された実力」

 校庭には、なおも戦いの余韻が漂っていた。

 だが、俺の目の前にいるタイタンズの隊長は——地面に座り込み、天を仰いでいた。


「お前の能力は……人間の領域じゃねえ……」


 彼は疲れたような口調で呟く。


「なるほど……あの人が、お前に興味を持つわけだ」


「あの人?」


 俺は眉をひそめる。


 あまりにあっさりとした敗北宣言に、思わず間抜けな声を漏らしてしまった。

 タイタンズの隊員たちも困惑しながら、それぞれ武器を地面に置いていく。


 隊長は、俺を見上げながら苦笑した。


「俺たちタイタンズは、元自衛隊員。支配者オーバーマインドとの戦争で敗北した……敗残兵だ」


「それは……自衛隊に限った話じゃないだろ」


「……ああ、だが俺たちは、従うふりをしながらずっと反撃の機会を伺っていた。——あの人のおかげでな」


 俺は警戒を強める。


「でも……お前ら、俺を捕まえて支配者に引き渡そうとしてたよな?」


「表向きはな……だが、俺たちの目的は逆だ」


 隊長は立ち上がり、俺をじっと見据える。


「お前が"ナイトフォール"に来るに足る男か、試す必要があったんでな」


「ナイトフォール……?」


 俺は思わず息を呑む。


 都市伝説レベルで噂されている"反逆者の隠れ家"……

 人類が支配者オーバーマインドに屈したこの世界で、未だにレジスタンスを続ける者たちの"最後の砦"——それがナイトフォールだ。


「信じるかどうかはお前次第だが……ここに留まっていても、いずれ危険が訪れるぞ?」


 俺はじっと隊長を睨みながら、考え込む。


(ナイトフォール……タイタンズは、本気で俺を仲間にしようとしているのか?)


 俺が沈黙すると、隊長はフッと笑った。


「お前……本当の名前は?」


「……名前?」


 俺は一瞬、生徒たちの視線を意識する。

 やばい、ここで本名を名乗るわけにはいかない。


「俺は——妄想英雄イマジナリー・ヒーロー……であり、黒翼の使徒。それ以上も以下もない」


 キリッと決める俺。


 隊長は、目を丸くした後——


「ハハハ! そうか、そうか!」


 豪快に笑った。


「まあ、お前にも事情があるんだろう。分かったぜ、イマジナリー・ヒーロー」


 隊長は立ち上がり、手を差し出す。


「……城ヶ崎 ガイ(じょうがさき がい)だ」


「……ガイ」


(なんか……かっこいい名前じゃないか!)


 俺は一瞬ためらったが——ガイの手を握り返す。


 タイタンズが撤退の準備を始める中、ガイは俺の肩を軽く叩いた。


「イマジナリー・ヒーロー、お前にはいずれ、俺たちが何と戦っているのかを知ってもらう必要がある」


「……どういう意味だ?」


 ガイは一瞬だけ視線を遠くに向けた後、ゆっくりと口を開く。


「俺たちはな……かつて日本を守る最後の砦だった」


 その声には、どこか遠い過去を振り返るような響きがあった。


「自衛隊が支配者オーバーマインドに敗れた時、政府はすぐに降伏した。残された選択肢は、服従か、死か……だが、俺たちはそのどちらも選ばなかった」


 ガイの拳がギリッと音を立てる。


「戦争が終わった直後、俺たちのような反抗分子は排除される運命だった。『日本の治安維持のため』って名目でな。……皮肉な話だよ。外敵を防ぐはずの軍が、最後には“自国の秩序”を守るための生贄にされるんだからな」


 彼の言葉には、静かな怒りが滲んでいた。


「……それで、お前たちはナイトフォールに?」


「いや、最初からナイトフォールがあったわけじゃない。俺たちは逃げ場もなく、各地を転々としていた。だがある時、”あの人”が俺たちを拾った」


「”あの人”って……何者なんだ?」


 ガイはニヤリと笑い、俺をじっと見据える。


「今はまだ教えられねぇ。だが”あの人”は、お前と『同類』とだけ言っておく——ナイトフォールに来れば分かるさ」


(俺と『同類』……?)


 俺はガイの言葉に違和感を覚えながらも、詳しく聞き返すことができなかった。


「お前が持ってるその力……いや、まあそれも”あの人”から聞く方がいいだろう」


「そいつは、俺みたいな力を……使える?強いのか?」


 俺は……思わず拳を握った。


 この妄想を現実にし、支配者オーバーマインドの技術すら破壊するこの力と『同類』ってことは……もし戦えば俺が勝てる保証はないってことだな。


 考え込んでいる俺を見て、ガイは肩をすくめる。


「まぁ、お前がどこまで理解してるかは知らねぇが……ナイトフォールに来れば、少なくともその疑問は解決できるだろうぜ」


 俺は言葉を失った。


 ナイトフォール——ただのレジスタンスの拠点じゃない。

 俺の“力”の秘密に関わる何かが、そこにある……?


「……行くよ、ナイトフォールに」


「決まりだな」


 ガイは満足げに笑い、俺と握手を交わす。


「楽しみにしてるぜ、イマジナリー・ヒーロー」


 その言葉が、俺の中で妙に意味深に響いた——。


「……後日、ナイトフォールに行く。約束する」


「それでいい。じゃあ後日、迎えを送る」


 握手を交わす俺たち。

 タイタンズの隊員たちはそれを見届けると、静かに撤退を開始した。



 その様子を眺めていた生徒たちはざわつく。


妄想英雄イマジナリー・ヒーロー、マジでヤバかった!」

「あの黒炎カッコよすぎだろ!」

「盾を粉砕した瞬間、鳥肌立ったわ!」


 興奮冷めやらぬ生徒たちが歓声を上げる。


 俺はそのまま校庭から姿を消した。

 仮面の正体はバレていない。


 ——ただ、一人を除いて。


 教室の窓から妄想英雄の姿を見つめる少女。

 露崎ユリ。


(……なに、あれ……なんでこんなにドキドキしてるの……?)


 仮面の下の素顔は分からない。

 でも、何か……どこかで見たことのあるような雰囲気。


(あの仮面の人、シンに……似てるような……いや、まさかね)


 静かに、しかし確かに、彼女の中で"妄想ぼっち"だった神崎シンへの認識が変わり始めていた。



 ——その頃、屋上ではシンが姿を隠したのを確認したアマデル。


「帳——解除」


 アマデルが静かに呟くと、光学迷彩のような精霊のヴェール・オブ・ミラージュが解かれる。


 一瞬にして、学校は何事もなかったかのような静寂を取り戻した。


 転送されアマデルの隣に居た白石アキラが、彼女をじっと見つめる。


「……君は何者なんだ?」


「わたくし?」


 アマデルは微笑む。


「黒翼の使徒の守護者であり、彼を支える存在ですわよ」


「……さっきの転移、そして空間操作……君の力に興味がある」


「あら……わたくしには、彼ほど"興味深い"人間はいませんけれどね……」


 意味深に微笑むアマデル。


 白石は少し驚いたように目を細め——やがて小さく笑った。


「……確かに」


 そこへ、仮面を外した俺が駆け寄る。


「お、おい、し、白石……だ、大丈夫だったか?」


「ああ、このとおりだ」


 そして——現実が戻ってくる。


 ついさっきまでの戦闘で猛々しく啖呵を切り、堂々と名乗りを上げ、決め台詞までバッチリ決めていた俺だったが。


 ……ここで、"リアル神崎シン"の弱点が発動する。


(やべえ……戦闘中はスラスラ喋れてたのに、今めちゃくちゃキョドってる!!)


 勢いよく駆け寄ったはいいが、ここから何をどう話せばいいのか、さっぱり分からん。

 そもそも、俺は他人とまともに会話するのが苦手というか、数年ぶりかもしれないレベルなんだよ。伊達に中学の頃から”ぼっち”やってるわけじゃない。


 目の前の白石アキラ——天才にして生徒会長——が、冷静にこちらを見つめている。


 (なんか、白石って“選ばれし者”感あるよな……いや、俺のキャラと被るんじゃねえか?)


 そう考えていたら余計に焦ってきた。


「えーと……お、お前、あれだ、……ない、怪我とか……な、い、よな?」


 カタコトか。

 俺のコミュ障が全力で発揮された瞬間だった。


 白石はそんな俺をじっと見つめ——


 ふっと、微笑んだ。


「神崎シン。君が"仮面の男"——いや、妄想英雄イマジナリー・ヒーローだということは、すぐ分かったよ」


「……え?」


(ま、マジかよ……!? あんなにオーバーに演技したのにか……!?ていうか恥ずかしいだろうが!)


 俺は思わず肩を跳ねさせる。


「ずっと君のことは観察していたからね。言動ですぐに察したよ」


(やばい……さすが天才、白石アキラ、鋭すぎる……!)


「……そ、そうか」


 言い訳しようかとも思ったが、無駄そうだった。


 ちらりと視線を向けると、アマデルが口元に手を添えて、楽しげに微笑んでいる。


 (……なんか、めっちゃ愉快そうに見守ってないか?)


 アマデルの青色の瞳がきらりと光る。


「まあ、当然の結果ですわね。あの戦闘の間、普段と口調は違えど、貴方の思考の流れはまるで変わっていませんでしたもの」


「うっ……」


 ……精霊にまで言われたら、もう誤魔化せないじゃねーか。


「もちろん、このことは誰にも言わないよ」


 白石はニヤリと笑った。


「だけど、その代わり——」


 そう言って、彼は俺に手を差し出す。


「私にも、君の"活動"をサポートさせてくれないか?」


 その瞬間、アマデルの笑みがわずかに揺らぐ。


 ——気のせいか?


 白石の提案は、決して悪いものじゃない。むしろ、天才であり情報通の彼が協力してくれるなら、こっちは大助かりだ。


 でも——なんだ、この違和感は?


 アマデルは何も言わない。


 しかし、その視線は俺と白石の手の間を、じっと見つめていた。


 ……まるで、それが“良くないもの”であるかのように。


 ……でも、そんなの、考えすぎだよな。


「……頼むぜ、白石」


 俺はその手を、しっかりと握り返した。


 その時——ほんの一瞬だけ。


 アマデルの表情から、微笑が消えた気がした。


(続く)



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