──重い。
まるで泥の中に沈んでいるような感覚。身体が動かない。息が詰まる。
暗闇の中で意識がふわふわと浮遊するような感覚に襲われる。
思考もまとまらないまま、ぼんやりとした違和感だけが広がっていく。
だが、その違和感の正体がはっきりとわかった瞬間、私はある一つの事実を悟った。
──ああ、私、死んだんだな。
私は、ごく普通のOLだった。
新卒からブラック企業に勤め、朝から晩まで働き詰め。
仕事に追われ、気がつけば終電の時間。休日もろくに取れず、疲れ果ててベッドに倒れ込む日々。
夢や希望があったわけじゃないけど、何となく平凡に生きて、それなりに老後を迎えるものだと思っていた。
……だが、ある日、トラック事故に巻き込まれた。
会社帰り、いつものようにコンビニで夜食を買おうとしたところ、突っ込んできた大型トラック。
その瞬間、私の視界は真っ白になった。
痛みを感じる暇すらなかった。
……気づけば、こうして何もない暗闇の中にいる。
「……異世界転生?」
最近流行りの小説や漫画みたいな展開だ。
まさか自分がそんな目に遭うとは思わなかったが、この暗闇に包まれた状態が、いわゆる『転生待機状態』なのかもしれない。
もし本当に異世界転生できるなら……今度こそ、優雅に生きたい。
華やかな社交界、ふわふわのドレス、甘い紅茶。
優雅で穏やかな生活を送りながら、日々を楽しむ──そんな人生も悪くない。
そう、貴族の令嬢みたいに──
──その瞬間、私の脳内に響き渡る声。
《適性スキルの割り振りを開始します》
「……え?」
突如として、目の前に無数の光の粒が浮かび上がった。
それぞれがまるで意志を持つかのように、私の周囲を漂いながら、次々と情報を叩き込んでくる。
《ユニークスキル【剣聖】獲得》
《ユニークスキル【武神】獲得》
《ユニークスキル【超回復】獲得》
《ユニークスキル【魔導の極意】獲得》
《ユニークスキル【戦乙女の咆哮】獲得》
「……ちょっと待って?」
次々と追加されていくスキルを眺めながら、私はある異変に気づく。
……戦闘スキルばっかりじゃない?
「えっ、あの……淑女の嗜みとか、優雅な歩き方とか、そういうのは?」
ふわふわのドレスを着て、穏やかに過ごす未来を思い描いていたのに、どうして**【武神】**とかいう物騒なスキルがあるの!?
「ちょ、ちょっと待って!これは間違いでは!?ねえ!?」
悲痛な叫びも虚しく、光の粒たちはさらに情報を投げつけてくる。
《パッシブスキル【経験値獲得量10倍】獲得》
《パッシブスキル【肉体強化Lv.MAX】獲得》
《パッシブスキル【俊敏強化Lv.MAX】獲得》
……やばい。
令嬢どころか、これじゃ完全に戦闘用の化け物じゃない!
「ねえ!私、ただ優雅に暮らしたいだけなの!なんでこんな筋肉チートスキルばかりが……!?」
だが、私の声は無情にも無視された。
──そして、次の瞬間、私の意識は暗闇へと溶けていく。
──気がつくと、私は柔らかな布団の上にいた。
目を開けると、天井には美しい金細工が施されたシャンデリア。
横を見れば、豪華な刺繍の入った天蓋付きのベッド。
「……えっ、ここ、お城?」
いや、違う。
よく見ると、壁には細やかな装飾が施され、家具も全てが高級品。
だが、お城というよりも、これは貴族の館だ。
すると、その瞬間──ガチャリ、と扉が開く音がした。
「お嬢様!ご気分はいかがですか!?」
勢いよく入ってきたのは、一人のメイドだった。
薄茶色の髪をすっきりとまとめた、清楚な雰囲気の女性。
まだ若く、私より少し年上に見える。
「お嬢様?」
「あ、えっと……」
私は口を開きかけて、ふと気づいた。
──私は転生した。
そして、この身体の持ち主は……
「リリアナ・フォン・エルフェルト」
王国に名を轟かせる公爵家の令嬢。
……だが、転生時に貰ったスキルは、貴族の令嬢とは無縁の戦闘特化ばかりだった。
「お嬢様、大丈夫ですか?具合でも悪いのですか?」
メイドの心配そうな声を聞きながら、私は改めて深く考える。
──これ、本当に貴族令嬢の人生、送れるの……?