──ふかふかの布団の感触。
温かく包み込むような寝具に、身体が自然と沈み込む心地よさ。
ゆっくりと瞼を開くと、目の前に広がるのは豪華な天蓋付きのベッドだった。
天井には繊細な彫刻が施された装飾、壁には精巧な刺繍の入ったカーテン。
窓の外から差し込む朝日が、白を基調とした部屋全体を優雅に照らしている。
「……すごい。これが……貴族の暮らし?」
前世で住んでいた狭いワンルームのアパートとは比べものにならない。
豪華で美しく、まるでおとぎ話の中の世界。
「お嬢様! お目覚めになりましたか?」
ふと、扉が開き、メイド服を着た女性が部屋に入ってきた。
薄茶色の髪をすっきりとまとめ、優しげな笑顔を浮かべている。
彼女は私のベッドに駆け寄ると、心配そうに覗き込んだ。
「ご気分はいかがですか?」
「あ……えっと……」
思わず戸惑う。
前世の記憶ははっきりしているが、この世界の常識や立ち回りはまだ分からない。
とりあえず、貴族らしく振る舞うべきだろう。
「大丈夫……ですわ」
──うん、語尾に「ですわ」を付けておけば、それっぽく聞こえるはず。
メイドはホッとしたように微笑み、優しく布団を整える。
「良かったです……お嬢様が倒れられたと聞いたときは、本当に心配しました」
「え? 私、倒れた……?」
思わず聞き返すと、メイドは小さく頷いた。
「昨日の夜、急に熱を出されて……それで、お医者様が診てくださいましたの。でも、今はすっかり元気そうで安心しました」
どうやら、私は転生と同時に発熱して倒れていたらしい。
そのせいで、この屋敷の人たちは本当に心配していたのだろう。
「申し遅れましたが、私はミレーヌ。今日からお嬢様付きの専属メイドとして配属されたミレーヌでございます」
「ミレーヌ……」
おそらく、私に仕えるメイドなのだろう。
この世界のことを教えてもらうには、ちょうどいい相手かもしれない。
(それも今日からなんだ……)
「ミレーヌ、この屋敷って……」
「お嬢様のご実家、エルフェルト公爵家でございます」
やはり、貴族の家だったか。
それも、公爵家ということはかなりの名家のはず。
……となると、私の振る舞いにも気をつけなければならない。
「それでは、お嬢様。お着替えをお手伝いいたします」
──それから、私は貴族の朝を体験することになった。
まず、豪華なドレスに着替え、メイドたちが髪を整える。
その後、ミレーヌに連れられ、広々としたダイニングルームへと案内された。
すると、そこには厳格そうな雰囲気を持つ壮年の男性が座っていた。
深い金色の髪に鋭い青の瞳。
貴族らしい風格を漂わせたその男性こそ──私の父、レオン・フォン・エルフェルト公爵だった。
「リリアナ、おはよう」
「お、おはようございます……お、お父様」
ぎこちなく挨拶すると、父は私をじっと見つめる。
何か言いたげな視線に、思わず身が引き締まった。
「……体調はどうだ?」
「ええ、すっかり良くなりましたわ」
父は少し驚いたような表情を浮かべる。
おそらく、私が貴族らしく振る舞えていることに驚いたのだろう。
前世の知識を活かし、なるべく令嬢らしく振る舞うことを意識する。
「そうか。それならばいい……」
父は一言そう言うと、黙々と食事を取り始めた。
どうやら、あまり口数の多いタイプではないらしい。
私は緊張しながらも、貴族らしい食事マナーを思い出しながら朝食を終えた。
食事が終わると、ミレーヌが私を庭へと案内してくれた。
そこには広大な庭園が広がり、花々が咲き誇っている。
「お嬢様、よろしければ少し散歩でもいかがですか?」
「ええ、そうですわね」
のんびりと庭園を歩いていると、ふと耳に剣戟の音が聞こえた。
何事かと思い、音のする方へ向かうと、そこには訓練場が広がっていた。
「……!」
騎士たちが剣を交え、真剣な表情で鍛錬している。
その光景を見た瞬間、私の体がざわついた。
──剣が気になる。
なぜだか分からないが、心が騒ぐ。
無性に剣を握りたくなった。
「お嬢様? どうなさいました?」
「ミレーヌ……あの剣、持ってみてもよろしいかしら?」
「えっ!? お嬢様が、剣を!?」
驚愕するミレーヌ。
だが、そんなことは気にせず、私はそばにあった一本の剣を手に取った。
その瞬間──
「スキル発動──《剣聖》」
頭の中に、膨大な知識が流れ込んできた。
握り方、足さばき、攻撃の型……すべてが理解できる。
「……!」
自然と体が動く。
無駄なく、流れるような剣捌き。
ただ剣を握っただけなのに、私はすでに熟練の騎士すら凌駕する技術を得ていた。
「お、お嬢様……今の動き……!」
息を飲むミレーヌ。
──その瞬間、私は悟った。
「……あ、これ、もう普通の令嬢には戻れないやつですわね?」