「……お前、本当に俺の娘なのか?」
父──レオン・フォン・エルフェルト公爵のその言葉に、私は一瞬固まった。
まさか、転生者であることを見抜かれたわけではないだろう。
だが、あまりにも唐突な質問に、どう答えるべきか一瞬迷う。
「……お父様、どういう意味ですの?」
私はなるべく冷静を装い、微笑みを浮かべた。
しかし、父の視線は鋭く、私をまっすぐに見据えている。
「今のお前の剣捌き……あれは、ただの素人ができるものではない。
鍛錬を積んだ歴戦の戦士の、それも極みに達した者だけが到達する領域だ」
「……それが、何か?」
「お前は今まで剣など握ったことがなかったはずだ」
それは、当然のことだろう。
私は公爵令嬢として育てられたはずであり、剣術の訓練を受けた記憶はない。
少なくとも、この身体の“リリアナ”は。
「それなのに、俺の剣を一撃で弾き飛ばした。……これは、普通のことではない」
父は腕を組み、しばらく考え込んだ。
そして、重々しく口を開く。
「リリアナ、お前は……今後、剣術を学ぶべきだ」
「……え?」
一瞬、耳を疑った。
今、なんと?
「貴族令嬢には社交界での立ち振る舞いやマナーが求められるものだが……お前にはそれ以上の才能がある」
「ちょ、ちょっと待ってくださいませ!」
私は思わず叫んだ。
「私、貴族の令嬢ですのよ!? 剣術を学ぶなんて、そんな……!」
「いや、お前は貴族の令嬢というより、戦士の才を持った者だ」
父はそう断言すると、私の肩に手を置く。
「リリアナ、お前の力を無駄にするのはあまりにも惜しい。……だから、お前は剣を学べ」
「……いやですわ!」
私は思わず後ずさった。
貴族令嬢らしい生活を夢見ていたのに、なぜ筋肉と剣の道を進まなければならないのか!?
しかし、父は冷静に続ける。
「分かっている。貴族令嬢としての教育も受けさせる。だが、それと並行して剣術も学べ」
「……両方!?」
「当然だ」
「……」
この人、本当に容赦がない。
「……つまり、お茶会のマナーと剣術の型を、同時に学ばなければならないということですの?」
「そういうことだ」
完全に詰んだ。
私が呆然としている間に、父はすでに話を進めていた。
「よし、早速今日から訓練を始めるぞ」
「は!? 今日から!?」
「何事も初動が大事だ。強くなるためには、時間を無駄にはできない」
「ちょ、ちょっと待ってくださいませ!!」
だが、父の意志は揺るがない。
私がどう抗おうと、決定事項らしい。
こうして、貴族令嬢なのに戦士としての教育を受けることになった。
──翌日。
私は朝から庭の訓練場に立たされていた。
手には一本の木剣。
目の前には、父が手配したという騎士が三人並んでいる。
「リリアナ。お前は今日からこの三人と手合わせをする」
「……え、いきなり実戦ですの?」
「当然だ。実戦こそが最も効率の良い鍛錬だからな」
「いえ、普通はもっと基礎訓練から……」
「お前に基礎訓練は不要だろう」
確かに、スキル《剣聖》の効果で、私はすでに騎士たちに匹敵する剣の知識を持っている。
だが、だからといって、いきなり三対一の戦闘はどう考えても無茶では?
「お嬢様、本当に戦われるのですか?」
心配そうに尋ねる騎士の一人。
彼は短く刈り揃えた黒髪に、いかにも実直そうな雰囲気を持っていた。
「もちろんですわ」
私は気丈に答えるが、内心では不安が募る。
だが、ここで怖気づくわけにはいかない。
「では、お嬢様。準備が整いましたら、お申し付けください」
「……分かりましたわ」
私はゆっくりと木剣を構えた。
その瞬間──
スキル
私の身体が、また勝手に動き始めた。
「……なっ!?」
最初に動いたのは、騎士の一人だった。
彼は素早く距離を詰め、私に向かって木剣を振り下ろした。
しかし──
ひゅん。
私はそれを、最小限の動きでかわした。
「はっ……!」
驚愕する騎士。
だが、それだけでは終わらない。
私の身体は、まるで勝手に動くかのように、一瞬で懐に入り込んでいた。
バコォン!!
「ぐっ……!」
私の木剣が騎士の胴にクリーンヒットし、彼はその場に倒れ込んだ。
「お、お嬢様!?」
周囲がざわめく。
しかし、私はもう一人の騎士の動きを捉えていた。
「やるな!」
そう叫びながら、別の騎士が横から斬りかかってくる。
だが、それも遅い。
私は身をひねりながら、最小限の動きでかわし──
ドゴォッ!!
「ぐはっ!」
一撃で相手を地面に叩き伏せた。
……え、ちょっと待って?
私、今二人を瞬殺してしまったのでは?
そして、残る一人の騎士は完全に戦意を喪失していた。
「ひっ……」
彼は震えながら木剣を手放す。
……どうしよう?
「──リリアナ」
ふと、父の声が聞こえた。
「……お前、本当に訓練を受けたことがないのか?」
「……ええ、一度も」
父はしばらく私を見つめたあと、ため息をついた。
「……お前、やはり貴族令嬢というより、戦士の器だな」
こうして私は、貴族令嬢としての道から、確実に外れていくことになった。