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第四十話「誤ちの代償、償いの刻」

 血の匂いが充満する部屋の中で、アルフォードはゆっくりと目を閉じた。

 それは死の前触れなのか、あるいは何かを悟った瞬間だったのか。


「……結局私は最後まで、友の従者であり続けた」


 彼の声は、まるで独り言のようだった。


「なら何故あいつにずっと従っていたの。あいつのやる事に反対なんだったら、ごちゃごちゃ言い訳なんてしてないで、最初から貴方は間違ってると、言えばいいでしょ?」


 リリアナは鋭く言い放つ。

 彼女の目には、アルフォードの行動が理解できなかった。


 王に誓ったのならば、なぜその道を貫かなかったのか。

 なぜ、その息子アレクシスの暴走を止めなかったのか。


 それがリリアナには到底理解できるものでは無かった。


「……かも知れない。ですが私は迷ってしまった。友に誓ったのにも関わらず、アレクシス様に同情してしまった。そして、後悔した。それがずっと心残りでした」


 アルフォードの声は、弱々しく、それでもどこか遠くを見ているようだった。


「はぁ。よく分かんないわね。あいつに同情の余地なんて──」


「アレクシス様は


「……え?」


 リリアナの動きが止まる。

 静まり返る部屋の中で、その一言が鮮明に響く。


「私の友はもう十年も前に亡くなった」


「つまりアレクシスは既に王太子ではなく、王だった……?」


 思わず呟く。

 だが、アルフォードは微かに残った力を振り絞り首を振った。


「……厳密に言えばその資格を既に持っていた、と言う方が正しいでしょう。……ですが私はアレクシス様にその事を言えなかった」


 どこか、遠い目をしてアルフォードは続けた。


「何度も聞かれた。父上は今どうしているのか、何故顔を見せないのかと……。しかし、どうしてか私は真実を言えなかった……ずっと友の死を誤魔化してきた。だから私はアレクシス様に従うことにしたのです」


 血を流しながらも、彼の口はまだ動く。

 それは罪を告白する者のようでもあり、懺悔のようでもあった。


「だからって何?それが理由?何それ、そんなことでわたしやミレーヌの命を奪うあいつに力を貸していたの?」


 リリアナの口調には怒りが滲む。


「……申し訳ございません。私はまた間違ってしまった……私の人生は後悔ばかりです」


「リリアナお嬢様、これ以上は──」


 ユウが静かに口を開く。

 彼の声には、怒りも哀しみもない。ただ、ここは静かに抑えて欲しいと言わんばかりに 冷静……かのように思えた。


 彼はアルフォードの元に膝をつき、じっとその目を見つめた。


「……どうして貴方は僕を捨てたのですか」


 ユウの声は震えていた。


「貴方からは剣を学んだ。生き方を学んだ。その教えはとても厳しいものでした……けれど、孤児だった僕を拾い育ててくれた。まるで本当の親のように接してくれた。……なのに突然姿を消した。何故です」


 ユウの目は、真剣そのものだった。


 アルフォードは、ゆっくりと口を開く。


「……ある日、友から一通の手紙が届いた。息子のことで話がある、と。それを見た時……きっとこれは長くなると確信した。だから私は……”ワシ”はお前を置いて友の元へと向かった」


 苦しげに息を吐く。


「……それに、お前はもうあの日の時点でワシを超えていた。だから──」


「だとしてもっ!!何も言わず姿を消すなんて酷いよアルッ!!」


 冷静だったユウが、初めて感情を爆発させた。

 その声には、幼い頃の"置き去りにされた少年"の痛みが滲んでいた。


「……せめて……せめて一言残して欲しかったよ」


 ユウの目から、涙が零れる。

 その姿を見て、アルフォードは微かに目を細めた。


「すまない……何も言わなかったのは、またお前の元に戻りたくなると思ったからだ……ワシは……友の……力になり……」


「アルッ!?」


 アルフォードの手が、かすかに動く。それはユウの元へと伸ばす──

 それが、最後の動作だった。


「強くなったな、ユウ……ワシは師匠として誇らしい…………時間だ……」


「待ってよっ!まだ僕は──」


 必死に叫ぶユウの声は、もうアルフォードには届かない。


「ワシは罪を償い……友に会いに行く………今……行くぞ我が友……アレス……タ……」


 アルフォードは、静かに目を閉じた。


「……リリアナお嬢様。申し訳ございません。身勝手なことをしてしまいました」


 ユウの声が震える。

 彼の拳は、痛みを堪えるように震えていた。


「いいのよ。この方もきっと最後に貴方の顔を見れて良かったと、そう思っているはずよ」


 リリアナは、ユウに優しく微笑んだ。


「……そうだといいのですが」


 ユウは、涙を流さぬまま、ただ静かに俯いた。


 ---


 リリアナは、そっと息を吐いた。


(これで本当に終わった)


 血塗れの戦場。 倒れた死体。

 床に広がる鮮血の海。


 全てが、終わった。はずだった。


 ──ミレーヌも生きている。

 ──わたしを狙っていた者も、もういない。


 ようやく手にした"自由"。


 剣を手放し、そっと拳を握りしめる。

 何かが、ようやく報われたような気がした。


「お嬢様……」


 ミレーヌがそっと、リリアナの袖を掴む。

 その手は、微かに震えていた。


「よかった、本当に……無事で何よりです……」


「……ミレーヌ」


 リリアナは、そっと彼女の頭を撫でる。


 温かい。


 この温もりが、何よりも愛おしかった。


 (本当に、終わったんだ)


 ──そう、思った。


 だけど、ふと気づく。


「……そうだ、彼に感謝しないと」


 アスフィ。

 彼がいなければ、この戦いはどうなっていたかわからなかった。

 だから、感謝を伝えなければならない。


「アスフィさん、色々とありがと……う……」


 そう言いながら、辺りを見回す。


「……ミレーヌ、彼知らない?」


「彼?い、いえ……」


 ミレーヌも、戸惑ったように周囲を見回す。


 だが、どこにもいない。


「……あれ?おかしいなぁ」


 リリアナの胸に、不穏な感情が広がる。


 あれほどの戦いを共にしていたのに、彼の姿だけがない。

 まるで、最初から存在していなかったかのように──。


「彼に助けてもらったお礼を言わないといけなかったのに……」


 リリアナは、握りしめた拳をそっと開く。


 まだ、体のどこかがざわめいていた。

 戦いの余韻ではない。

 何か、大切なものを見落としているような……そんな感覚。


 (──アスフィさんは、一体どこへ?)


 静寂の中、誰も答えなかった。


 ただ、風がそっと部屋を吹き抜けていった──。

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