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第5話『買い出し』


「えっ、優斗ゆうとにーちゃん、来てくれるのか!?」


 その日の夕食時。優斗との約束を取り付けたことを弟の春樹はるきに伝えると、彼は飛び跳ねんばかりに喜んでいた。


「そーよー。せっかく来てくれるんだから、今度の日曜日、予定空けときなさいよ?」


「もちろん!」


 春樹は心底嬉しそうに言って、夕飯の唐揚げを頬張った。


「最近、優斗くんと疎遠になってる感じだったけど、お母さんの杞憂だったのねぇ」


 そんなあたしたちを見ながら、お母さんがニコニコ顔で言う。


 高校に入ってから、あたしは優斗と意図的に距離を置いていたし……お母さんの予想は間違っていない。


 昨日みたいに話しかけたのだって、ずいぶん久しぶりだ。


「春樹、教えてもらうのはいいが、優斗君にきちんとお礼を言うんだぞ」


「わ、わかってるよ!」


 春樹の対面に座るお父さんがそう言い、味噌汁をすする。


「でも、次の日曜日ねぇ……せっかく優斗くんが来るってのに、町内会の集まりがあるのよね~」


 心底残念そうにお母さんは言い、はぁ……とため息をついた。


 なんでお母さんが残念がってるのよ。


「僕も仕事の打ち合わせが入ってるなぁ。久しぶりに会いたかったんだけど」


 お父さんもスマホを確認したあと、そう口にする。


 じゃあ、当日はあたしと春樹しか家にいないのね。


 せっかくだし、昼ごはんくらい用意したいところだけど……どうしようかしら。


 ◇


 優斗との約束の前日。あたしは朝から準備に追われていた。


「ほらほら春樹、自分の部屋の掃除が終わったら、リビングの掃除も手伝いなさい!」


「ねーちゃん、優斗にーちゃんが来るだけなのに、なんでここまで掃除するんだ?」


「特に意味なんてないわよ! 人様に見せられない惨状だったから、掃除してるだけ!」


 不平不満を言いまくる弟にぴしゃりと言い放ち、あたしは掃除機を手に走り出す。


「はっはっは。久しぶりに優斗君が来るから、秋乃も張り切ってるなぁ」


「そんなんじゃないから! お父さん、無駄口叩く暇があったら庭の芝を整えて! こんな状況じゃ、サッカーなんてできないでしょ!」


「はいはい。わかってるよ。まったく父親使いの荒い娘だ」


 お父さんはやれやれといった様子で頭を掻き、芝刈り機を手に庭へ向かっていった。


「ふふふ。秋乃も気合入ってるわねー。ところで明日のお昼、何を作るの?」


「一応、チャーハンを作るつもりだけど……?」


「あら、それだと食材が足りないわよ。豚肉も卵もないし」


 冷蔵庫を開けながら、お母さんが言う。


「え、うそ!?」


 あたしも一緒になって冷蔵庫の中を確認するも、明らかに食材が足りていなかった。


「いつもは月曜日のタイムセールを狙うから。タイミングが悪かったわね~」


 右頬に手を当てながら、お母さんは困り顔をする。お肉はともかく、卵がないのはチャーハンを作る上で致命的だ。


「掃除はお母さんが代わってあげるから、秋乃は買い出しに行ってきたら?」


「そうする……すぐに戻るから!」


 そう言われるが早いか、あたしは持っていた掃除機をお母さんに託し、財布とスマホを手に家を飛び出した。


 ……あたしたち家族が買い物に使っているスーパーは、家から徒歩20分くらいのところにある。


 普段は車か、一人で行く時はバスを使うのだけど、今日は土曜日ということで本数も少なく、いい時間のバスがなかった。


 歩いてスーパーにたどり着いた時、スマホから着信音がした。見ると、お母さんからだった。


「お母さん、どうしたの?」


『秋乃、ごめーん。大事なものがなかったわ』


「大事なもの?」


『お米よ、お米。もしやと思って調べてみたら、全然足りそうにないの』


「えぇ……」


 まるで危機感がない声で、お母さんは言う。お米がなければチャーハンは作れない。


『というわけで、お米も一緒に買ってきて~。10キロね~』


 そこまで言うと、お母さんは一方的に電話を切ってしまった。


「はぁぁ……」


 あたしは大きく息を吐いたあと、財布の中身を確認しながら店内へと向かったのだった。


「ありがとうございました~」


 それから買い物を終えて、あたしは帰路につく。


 その手には購入予定だった食材のほか、10キロの米袋がある。


「お、重い……」


 もとからお米を買う予定なら、リュックとか持ってくるのだけど……今回は用意していない。


 タイミングよくバスが通らないかしら……なんて考えつつ、スーパー近くのバス停で時刻表を見てみる。


 ……次のバスまでは、30分以上あった。


 これを待つくらいなら、歩いて帰るほうがいい。


「はぁぁ」


 あたしは再び大きなため息をついたあと、米袋を持ち上げて歩き出した。


 ……それから数分後、あたしは道の脇に設置されたベンチに座り込んでいた。


「ぜぇ、はぁ。うー、このお米、本当に重いんだけど」


 普段運動しないし、腕の力なんてないに等しい。そのぶん負担がかかるのか、めちゃくちゃ腰が痛い。


 それこそ、お父さんに電話して迎えに来てもらおうかな……なんて考えるも、あたしから庭の芝刈りを頼んだ手前、呼びつけるのも悪い。


 家まであと、10分少々。いつもならすぐにたどり着ける距離が、すごく遠く感じる。


「……あれ、秋乃ちゃん?」


 もう少し休んだら、出発しよう……なんて考えていた時、聞き覚えのある声がした。


 思わず顔を上げると、そこにひじり君が立っていた。


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