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第6話『救世主?』


 10キロものお米を買った、スーパーからの帰り道。


 予想以上の重さに歩けなくなっていると、そこにひじり君が通りかかった。


秋乃あきのちゃん、どうしたの?」


「あ、聖君……」


 思わず顔を上げるも、彼と目が合った瞬間に人見知りが発動してしまい、声が出なくなる。


 どうして彼がこんな場所にいるんだろう。


「もしかしてそのお米、重くて運べなくなったとか?」


「……は、恥ずかしながら」


 視線を泳がせながらそう口にする。我ながら情けない。


「そういうことなら、家まで運んであげるよ。歩いてたってことは、家近いんでしょ」


 言うが早いか、聖君は米袋を軽々と持ち上げる。


「あー、いえ、悪い、です……」


「大丈夫だよ。困った時はお互い様。家、こっち?」


 あたしが渋るのも気にせず、聖君は歩き出す。


 そうなると、あたしもついていくしかなかった。


『……不謹慎だけど、困り顔の秋乃ちゃんもかわいいなぁ』


 ……はいっ!?


 彼の後ろについて数歩歩いたところで、そんな心の声が聞こえた。


 ……忘れてた。あたし、この人の心の声も聞こえるんだった。


「秋乃ちゃん、休みの日に買い物引き受けるなんて偉いね。俺なら絶対引き受けない」


「その、色々ありまして」


 前を歩く聖君が、明るい口調で言うも……あたしの口からは濁すような言葉しか出てこない。


「……休みの日、普段何してるの?」


「え? えっと、読書、とか……?」


「読書っていうと、小説とかそういうの?」


 聖君はあたしの歩く速さに合わせてくれつつ、無難な話題を振ってくれる。


 一方のあたしは、それに答えるのが精一杯。話題を広げることすらできなかった。


『……できたら、隣を歩いてくれると嬉しいんだけどなぁ』


 すると、そんな心の声が聞こえてきた。


 確かに、話し相手が後ろにいると、話しづらいかもしれない。


 せっかく運んでくれている彼に対し失礼だと思ったあたしは、勇気を出して彼の隣に並ぶ。


 ……それでも、気を抜いたらじわじわと後ろに下がってしまっていたけど。


「あと、担任の石田先生だけど、あの人の授業さ……」


 ……聖君はその後も、色々な話題を振ってくれる。


 時折、心の声は聞こえていたけど……彼には下心というものが一切感じられなかった。


 心の声も、すごく真っ直ぐで。口から出た言葉と勘違いして、思わず答えそうになってしまったほどだった。


 やがて住宅地に差し掛かり、あたしの家が見えてきた。


「あっ、ここ、です」


『星宮』と書かれた表札を指差したあと、あたしは聖君から米袋を受け取る。


 相変わらずずっしりと重いけど、腰の痛みもずいぶんと回復したし、もう大丈夫だと思う。


「えっと、ありがとう、ございました」


「いいよいいよ。俺んち、ここから近いしさ」


 米袋を抱きながらお礼を言うと、聖君は爽やかな笑顔を返してくれる。


 これだけ重いものを持たせてしまったというのに、疲れた顔ひとつしていなかった。


「それじゃ、また学校で」


「あっ、はい……」


 もう一度お礼を言って頭を下げる。聖君はひらひらと手を振りながら、笑顔で去っていった。


「……はぁ」


 その背が見えなくなるまで見送ったあと、あたしは大きく息を吐く。


 人見知りあるあるなのだけど、慣れない人と一緒にいるだけで疲れてしまった。


 妙に気を使ってしまうというか、考えすぎるというか……本当に困ったものだ。


「秋乃ー、さっきのイケメン君はだーれ?」


「うひゃあ!?」


 なんとなく自己嫌悪に陥っていると、すぐ耳元でお母さんの声がした。


「まさかとは思うけど、優斗ゆうとくんから乗り換えた? 黙って乗り換えるなんて、お母さん許しませんからね」


 笑顔をたたえたまま、お母さんが何か言っていた。


「の、乗り換えたってなに? 最近転校してきた子で、たまたま荷物を運ぶのを手伝ってくれたの」


「ふんふん。なんて子?」


「聖……えーっと」


 そこで、あたしは言葉に詰まる。下の名前なんだっけ。


「あー、下の名前忘れちゃった」


「えー、もー、覚えててよー」


 何が楽しいのか、お母さんは体をくねくねと動かす。ご近所の人に見られていないか心配で仕方がなかった。


「そ、そんなことはどうでもいいでしょ。はい。言われたお米。あとでお金、返してよね」


 さっきまでの人見知りモードはどこへやら。あたしはいつもの調子で言い、お母さんに米袋を押し付ける。


 そのまま庭へ足を踏み入れると、お父さんが爆音を響かせながら芝刈り機をかけていた。


 あの様子だと、門でのやり取りは聞かれていないっぽい。


 ……まぁ、おしゃべりなお母さんのことだし、夕飯時にでも「秋乃ったら、優斗くんから転校生の子に乗り換えたのよ」なんて話しかねないけど。


 弟の春樹はるきも間違いなく反応するだろうし、今から嫌な予感しかしなかった。


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