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第7話『サッカー教室』

 そして迎えた日曜日。午前10時を過ぎた頃、優斗ゆうとが家にやってきた。


 あたしは弟の春樹はるきと一緒になって、彼を玄関先で出迎える。


「よう」


「優斗にーちゃん、久しぶり! オレ、中学でサッカー部に入ったんだぜ!」


「なるほどな。急にサッカー教えてくれって、そういうことかよ」


 春樹は持ち前の人懐っこさを発揮して、久しぶりに会った優斗と速攻で打ち解けていた。


 一優斗も相手が春樹ということもあるのか、普段より態度が柔らかい気がする。


「……上がらせてもらっていいか?」


「あ、うん」


 そんな二人の様子を少し離れたところから見ていると、靴を手にした優斗が遠慮がちに訊いてくる。


 うちの家の庭は外を回るより、家の中を通ったほうが出やすい。


 さすが、勝手知ったるなんとやら。過去に何度も来ているだけあって、わかっているようだった。


「きょ、今日はよろしくね」


「ああ」


 あたしは弟とは対照的な、どこかぎこちない挨拶をし、優斗に家へ上がってもらう。


「……あれ、おばさんたち、いねーの?」


「今日は二人とも出かけてる。あ、お昼ごはんは用意するから安心して」


秋乃あきのが作るのか。楽しみなような、不安なような」


 あたしがそう伝えると、そんな声が返ってきた。


 うっ……そりゃあ、お母さんほどうまくは作れないけど、頑張って作るんだから。


『マジかよ……秋乃の料理、楽しみだな……!』


 そう考えた矢先、優斗の心の声が聞こえた。


 めっちゃ楽しみにしてるじゃない! 逆にプレッシャーすごいんだけど!?


「優斗にーちゃん、早く教えてくれよ!」


 その直後、一足早く庭に出ていた春樹が叫ぶ。


「おー、まずは準備運動してからだぞ。そんで、次はリフティング100回な」


 優斗はそんなことを言いながら、いそいそと庭へ向かっていく。


 あたしは苦笑しながら、その背を追ったのだった。


 ……その後、あたしは庭に面したウッドデッキで、弟と優斗が熱心に練習する様子を眺めていた。


「インサイドでパスを出す時は、軸足をボールの真横に出すんだ。それで踏み込んだ軸足は軽く曲げて、こうして、こう」


「パスを出したい方向に向かって蹴り足を押し出せばいいのか?」


「ああ。蹴り足は軸足に対して直角な。あと、上体がのけぞると正確なパスが出せないから、前かがみになるくらいでいい」


 二人は理解し合えているようだけど、あたしにはちんぷんかんぷんだった。


 というか、優斗ってなんであそこまで詳しいのかしら。サッカー部ってわけでもないのにさ。


 楽しそうにパスを繰り返す二人を見たあと、あたしは室内の時計に視線を移す。


 すると、いつしか11時半を過ぎていた。そろそろお昼ごはんの準備に取りかからないといけない。


「あっ、ねーちゃん危ねぇ!」


「……はっ!?」


 春樹の声がして前を向くと、なぜかボールがあたしに向かって高速で飛んできていた。


「ちょっとーー! 何してんのよーー!」


 それに対し、あたしは両手を合わせて、とっさにパンチング。眼前に迫ったボールを見事に弾き返し、ゴールを死守する。


 ……いや、ゴールなんてどこにもないけどさ。


「……ナイスキーパー。秋乃、実はサッカーできるんじゃね?」


「そ、そんなわけないでしょー!」


 直後に驚愕の表情を見せた優斗に、叫ぶように言葉を返し……あたしははっとなる。


「ご、ごめん」


 思わず口元を隠してしまう。優斗とこんな調子で喋ったのは、いつぶりだろう。


「別に謝らなくてもいいけどよ……」


「げっ、植木鉢が!?」


 優斗がどこか動揺した表情を見せた次の瞬間、春樹の叫び声が響き渡る。


 庭の隅へ視線を向けると、お母さんが大事に育てている多肉植物の鉢が棚から落ちて、見事に割れていた。


「うーわ、ねーちゃん、やっちゃったなー」


「えぇ……あたしのせいなの? もとはといえば春樹が……あああ、どうしよう」


 見事に粉々になった植木鉢を前に、あたしと春樹は頭を抱える。


「とりあえず片付けとこうぜ。あとは俺がなんとかする」


 そんな中、優斗はしゃがみ込んでその欠片を拾いはじめた。


「秋乃、ちりとりあるか? あと、代わりの植木鉢と土」


「へっ? あ、園芸倉庫にあるはず。ちょっと待ってて」


 続けてそう言われ、あたしは駆け出す。


 それから道具を手に戻ると、優斗は慣れた手つきで多肉植物を植え替えていた。


 さっきまでサッカー教えてたくせに……優斗ってば、なんでそんなことまでできるのよ。


 無事に片付けを終えて、ダイニングキッチンで少し遅めの昼食を取る。


 今日のメニューは昨日から準備していた通り、チャーハンだ。


 野菜サラダと中華スープも添えて、栄養バランスも考えたつもり。


 メインのチャーハンも、パラパラ……とまではいかないけど、それなりにおいしくできたはず。


 少なくとも、味見の段階ではおいしかった。


「どうぞ、召し上がれー」


「げー、ねーちゃん、オレ、カマボコ嫌いなの知ってんだろー? なんでチャーハンに入れてんだよー」


 食事を始めてすぐ、春樹が不満の声を上げる。


「文句言わないの。好き嫌いしてたら、サッカーうまくなれないわよ」


「かんけーねーと思うんだけどなー」


 春樹はため息まじりに言い、渋々といった様子でチャーハンを口に運ぶ。


 あたしにはよくわからないけど、本人曰く練り物独特の触感が苦手らしい。


「……まぁ、うまいんじゃね」


 そんな春樹の隣で、優斗が淡々とした口調で言った。


「そ、そう。ありがと」


『俺がカマボコ好きなの覚えててくれたのか……!』


 あたしがお礼を言った直後、そんな心の声が聞こえてきた。


 そ、そうよ! 覚えてたわよ! 悪い!?


 同じく心の中で叫び、あたしも黙々とチャーハンを口に運ぶ。


 ……その後も、うまいうまいと連呼する優斗の心の声を聞きながら食事をしていると、家の電話が鳴った。


 誰かしら……なんて思いつつ受話器を取ると、「こんにちは! 谷口といいますが、春樹君いますか!?」と元気な男の子の声がした。


「春樹ー、谷口くんよー。お友達ー?」


「そうそう! 同じ部活やってんだよ!」


 あたしが尋ねると、春樹はそう言いながら駆けてきて、受話器を受け取った。


「おー、谷口! どうしたんだよ!?」


 電話口で声を弾ませる春樹を尻目に、あたしは食卓へと戻る。


 春樹はまだスマホを持たせてもらえないし、友達から家に電話がかかってくるのはよくあることだった。


「ちょっと昼から友達んち行ってくる!」


 食事を再開していると、春樹がバタバタと戻ってきてそう言う。


 それから残っていたチャーハンを一気にかきこむと、苦手なカマボコは中華スープで流し込む。


「え、遊びに行くの?」


「そう! スワッチでスプラッシュターンやろうって誘われた! ごちそうさま!」


 そういうが早いか、春樹は食事を終えて食器を流しに運んでしまう。


「あっ、コラ! 野菜サラダも食べなさい!」


「夜に食べるよ! 冷蔵庫入れといて!」


 あたしは思わず声を荒らげるも、春樹は気に留めることもなく駆け出していった。


 そして玄関扉の閉まる音がしたあと、あたしは盛大にため息をついた。


「……賑やかだな」


「落ち着かないでしょー。まだ頭の中は半分小学生のままなんだから。優斗呼び出しといて、ホント勝手よねー」


 そこまで一気に話したあと、あたしは重要なことに気づいた。


 今、この家……あたしと優斗二人きりじゃない!?


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