騒がしく家を出ていく弟の
……今、この家にはあたしと
どうしよう。何を話せばいいのかしら。
そんなことを考えつつ、黙々と食事を進める。
なるべくゆっくり食べたつもりだったけど、いつしか器は空になっていた。
そして味なんて、ほとんど覚えちゃいない。
「あ、お皿、洗っちゃうから貸して」
とっくに食事を終えていた優斗から器を受け取り、そのまま流し台へと移動。これまたゆっくりと洗い物をしていく。
『……つーかこれ、俺と
その時、背後からそんな優斗の心の声が聞こえ、あたしは洗っていたお皿を落としそうになった。
……わかってるわよ! わかってるから、心の中でも言わないで!
というか、気づかれた……どうしよう。
のろのろと洗い物を済ませてから、時計を見る。まだ14時になったばかりだった。
「えーっと……」
ダイニングテーブルに座ったままの優斗へ振り返り、あたしは言葉を探す。
このまま彼の向かいに座ったところで、話すことなんて思い浮かばないし。沈黙が続くのは耐えられない。
だからといって、春樹がいないから庭に出るわけにもいかないし。
「と、とりあえず、あたしの部屋、来る……?」
「あ、ああ……」
考えた挙げ句、あたしはそんなことを口にしたのだった。
……ダイニングを出て廊下を歩き、玄関の手前にある階段を上がる。
二階には部屋が二つあって、一つは春樹の部屋。もう一つがあたしの部屋だ。
『……秋乃の部屋、何年ぶりだ?』
階段を登っていると、背後からそんな心の声が飛んできた。
知らないわよ! 何を期待してるかわかんないけど、何にもないからね!
心の中でそう叫ぶも、自室の扉を開ける瞬間には、色々な不安が頭をよぎる。
「ちょ、ちょっと待ってて」
なので、優斗を入れる前に部屋に戻り、室内をチェックする。
ベッドの上に服は出しっぱなしになってない。
床に本が散らばったりしてない。
……よし。大丈夫。
「……どうぞ。適当に座っていいから」
「お、おう……」
あたしが扉を開け放つと、優斗は遠慮がちに室内へ足を踏み入れる。
それからしばし室内を見渡して、床に置かれたクッションに腰を落ち着けた。
それを確認して、あたしも近くのベッドに座る。
……そして訪れる沈黙。
……って、部屋に移動したところで、結局話すことがないのは一緒じゃない!?
むしろ部屋に連れ込んだりしちゃって! あたし、何考えてるのよ!?
いまさら出ていってくれと言うわけにもいかないし、外に遊びに行こう……なんていい出すのも変だ。
というか、二人でどこかに遊びに行ってクラスメイトたちに見られようものなら、なんて噂を立てられるかわかったもんじゃない。
「あー、うー、えっと……」
あたしは視線を泳がせながら、必死に話題を探す。
本はたくさん読んでるから、知識はあるはずなのに。陰キャの
『……やべ、秋乃のにおいがする』
……はぁ!?
危うく声に出てしまうところだった。
あたしの匂いってなに!? 消臭剤、どこにおいてたっけ!?
とっさ室内を見渡すも、優斗に不思議そうな顔で見上げられて、あたしは我に返る。
ええい、落ち着け、あたし。
「……あんま、変わってねーな」
「へっ!?」
「お前の部屋だよ。相変わらず、本ばっかだ」
びっちりと本が詰まった棚を見ながら、優斗が言う。
「あ、そう、ね……確かに、あんま変わってないかも」
あたしの本好きは、それこそ小学生の頃からだ。
誕生日プレゼントは図書カードで好きな小説を買い、本屋にいればいくらでも時間が潰せる……そんな子だった。
正直、全然小学生らしくなかったのは自分でもわかってたし、そのせいで陰キャ路線まっしぐらだったのも理解できる。
そんな中でも……幼馴染の優斗はいつも一緒にいてくれた。自分は漫画しか読まないにもかかわらず、だ。
「だってほら、本読んでると落ち着くし」
「気持ちはわかるけどよ……そんなんだから、クラスで陰キャメガネって呼ばれんだぞ」
「うぐっ……」
あたしは言葉に詰まる。陰ながらそう呼ばれているのは知ってるし、実際に陰キャなのだからしょうがない。
「せめてコンタクトに変えたらどうだ?」
『……メガネ、ないほうが絶対かわいいしよ』
優斗が気だるげに言った直後、彼の心の声もついてきた。
くはっ……なんたる不意打ち。
「そ、そう言われても、メガネのほうが落ち着くの」
あたしは言いながら、両手でメガネの位置を整える。
「なら、もっと積極的に人と話して、イメージ変えてみ。最近のお前、損な役回りばっかじゃん」
続けてそう言う。おそらく、この間の桜小路さんとのやり取りを言っているのだろう。
「隣の席なんだし、いつでも相談に乗るから」
「あー……うん。ありがと。でも……」
今日は二人きりということもあって、優斗とそれなりに話せているけど……学校で同じように話せるかと言われると、絶対に無理だと思う。
特にあの教室では、優斗を狙っている女子がたくさんいるし。
だからといって、事あるごとに優斗を家に呼び出すわけにもいかないし……。
「……しょーがねーな。メッセージアプリ、出してみ」
「へっ? う、うん……」
あたしは言われるがままスマホを取り出し、メッセージアプリを起動する。
「えーっと……確か、こうして、こうか」
すると優斗は、どこか慣れない手つきでスマホを操作する。
「よし、できた」
しばらくして、彼はスマホを返してくれる。
あたしのメッセージアプリの新規連絡先に『月城 優斗』の名前が追加されていた。
「これなら、直接話さなくてもいけるだろ。なんか悩みがあったら、こっちに言え」
「あ、うん……」
それこそ、このアプリにはお母さんと親友のみっちゃん以外、誰も登録していない。
陰キャのメッセージアプリなんて、そんなものだ。
優斗と連絡先を交換するなんて思わなかったし、あたしは戸惑いと同時に、ほんの少しの安心感を覚えた。
『高校に入ってから、急に疎遠になりやがって。俺だって寂しいんだぞ』
はうっ……!
続く彼の心の声に、あたしは内心悶える。もう、今日何度目かもわからない。
てゆーか、優斗っていつからあたしのこと意識してたの?
彼の心の声は小さい頃からずっと聞こえていたけど、少なくとも中学生の頃まではそんなこと思ってもいなかったわよね。
めちゃくちゃイケメンになってからそういうこと言うのは、さすがにズルい……!
「ただいまー。秋乃に優斗くん、いるのー?」
優斗の顔を直視できずにいると、一階からそんな声が飛んできた。
どうやらお母さんが帰ってきたらしい。
その気の抜けた声を聞いて、あたしは一気に脱力してしまう。
「……おばさん、帰ってきたみたいだな。植木鉢の件、謝っとかねーと」
「え?」
そういうが早いか、優斗は立ち上がって部屋を出ていく。
あたしも立ち上がり、その背を追うも……少し遅れた。
「……おばさん、ごめん」
その間に、優斗はさっさと謝罪を済ませてしまっていた。
「あら、別にいいのよー。サッカーやるって話は聞いてたんだし、片付けておかなかった私も悪いのよ」
一方のお母さんも、特に怒っている様子はなかった。
あの鉢が割れた原因は、間違いなくあたしと春樹にあるのだけど……いまさら訂正もできそうにない。
代わりに謝ってくれた優斗に、ひたすら感謝したのだった。