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第9話『みっちゃんへの相談 前編』


「うーん、うーん」


 優斗ゆうとと連絡先を交換した翌朝。あたしは身支度を整えながら、時折スマホを見つめていた。


 ……なんか悩みがあったら、こっちで言え。


 優斗はああ言ってくれたものの、いきなり悩み相談するのもなんか気が引ける。


 長いこと話すらしていなかったのだし、まずは日常会話から始めよう……なんて思うも、朝の挨拶すらまともにしたことがないのが陰キャというものでして。


「どうしよう……絵文字つける? いや、それするくらいならスタンプで……逆にそっけないって思われる? うーん、うーん……」


 あーでもない、こーでもない……なんだかんだで考えすぎてしまって、『おはよう』の一文すら送れずにいた。


秋乃あきのー、朝ごはん冷めちゃうわよー?」


 そうこうしていると、階下からお母さんの声がした。


「ねーちゃんのベーコンエッグ、ベーコンだけオレが食うぞー?」


「それは駄目ー! 今行くから!」


 続いた春樹はるきの声にそんな言葉を返し、あたしは制服を着込むと階段を駆け下りたのだった。


 結局、朝のメッセージは送れぬまま、あたしは朝食を済ませると、家を飛び出した。


 まだ慌てるような時間じゃないのだけど、どうしても早足になる。


 万が一遅刻なんてしようものなら、目立ってしまうし。陰キャのあたしは、それだけは絶対に嫌だった。


「あ、秋乃ちゃん、おはよー」


「あ、おはよー」


 始業前の賑やかな教室に紛れ込むように入ると、みっちゃんが声をかけてきた。


「そういえば今日、英語の小テストだねぇ。秋乃ちゃん、自信ほどは?」


「小テスト……? はっ」


 含み顔のみっちゃんに言われ、あたしははっとなる。


 そういえば先週の金曜日、小テストをやると言われていたような。


 この土日の騒動で、すっかり忘れていた。


「無言で頭を抱えてるあたり……自信はまったくなさそうだね」


「完全に忘れてたのよ……範囲どこだっけ? 今らからでも復習しなきゃ」


「残念だけど、英語は一限目だよ。ご愁傷さま」


 みっちゃんがあたしに向かって手を合わせるのと同時に、担任の石田先生が教室に入ってきた。


「どうした星宮ほしみや、早く席につけ」


「あ、はいっ……」


 先生に不思議そうな顔で見られ、あたしは逃げるように自分の席へと向かう。


 結局、勉強する時間なんてまったくなく……あたしは小テストに立ち向かう羽目になった。


 その結果は……言うまでもなく、散々だった。



 その日の授業も無事に終わり、帰り支度をしていると……みっちゃんが笑顔で近づいてくる。


「ねぇねぇ、せっかくだし、これからテストの打ち上げに行かない?」


「打ち上げ?」


「そう! モックバーガーに新作シェイク出たの。秋乃ちゃんのおごりでどう?」


「なんであたしが奢ることになってんのよ……それに打ち上げって、たかが小テストよ? 定期考査じゃあるまいし……」


「えー、いいじゃん。たまにはさ」


 何が嬉しいのか、あたしの周囲をくるくると回りながらみっちゃんは言う。


「しょーがないわね……まぁ、あたしも相談したいことあるし」


「ほう? 相談とな」


「お店についたら話すから。ここじゃ無理」


 ずいっと顔を近づけてくるみっちゃんを押し返し、あたしは教室内を見渡す。


『秋乃ちゃん、深山みやまさんと仲いいんだなぁ』


 その直後、ひじり君の心の声が飛んできた。


 視線だけ左の席へ向けると、頬杖をつきながらあたしたちのほうを見ていた。


 次に右の席を見ると、そこには誰も座っていなかった。優斗はひと足早く、教室を出たらしい。


「それじゃ、いこっか。早くしないと、人増えちゃいそうだし」


 言うが早いか、みっちゃんは先頭に立って歩き出す。


 あたしは急いで立ち上がると、彼女のあとに続いた。


 ……目的地のハンバーガーショップは駅ビルにあって、学校を挟んで家とは反対方向だ。


 駅を利用する学生たちが時間待ちに利用したり、友達とおしゃべりする場所にもなっているようで、店内は多くの人で賑わっていた。


「う……」


 その人の多さに、あたしはめまいがする。


「もしかして、人が多すぎる? あれだったらテイクアウトにしてもらうけど」


「う、ううん。大丈夫」


 陰キャのあたしは、どうも人混みが苦手だ。


 うまく説明できないのだけど、周りの声が気になって目の前のことに集中できなくなるというか、異様に疲れてしまうのだ。


「じゃあ、端っこの席にしよう。注文してくるから、待ってて」


 みっちゃんはそう言うと、一番奥の席を二つ確保する。


 そしてその一つにカバンを置くと、注文カウンターへと向かっていった。


 今回あたしたちが注文するのは、春らしいピンク色をしたイチゴのフラッペ。あたし一人だったら、間違いなく頼まない代物だ。


 ちらりとカウンターを見ると、かなり長い列ができている。これはしばらくかかりそう。


 こういう時のために、あたしはカバンの中に文庫本を忍ばせている。


 それを読みながら、みっちゃんが戻ってくるのを待つことにしよう。


「ぎゃはは、それってマジかよー」


「マジマジ。それであいつの反応がさー」


「ウソウソ、信じられないってー!」


 ……本の世界に没頭しようとするも、すぐ近くのテーブル席から学生たちの賑やかな声が聞こえてくる。


 うちと制服が違うし、どこか別の学校なのだろう。


「……はぁ」


 あたしは深く息を吐きながら、本を閉じる。駄目だ。まったく集中できない。


 耳栓でも持ってくるんだったわね……なんて考えるも、そこまで用意していなかった。


「おまたせー」


 思わずテーブルに突っ伏していると、頭上からみっちゃんの声がした。あたしは顔を上げる。


「アプリにポテトの半額クーポンあった。これはわたしのおごりだ。食べたまえ」


 そう言いながら、ニコニコ顔でトレーをテーブルに置く。


 そこには二つのピンク色の飲み物と、Sサイズのポテトが乗っかっていた。


「ありがとー。それじゃ、遠慮なく」


 フラッペを受け取ったあと、あたしは努めて明るく言って、ポテトを口に運ぶ。


「……それで、相談って何?」


 それからフラッペに口をつけようとした時、みっちゃんが訊いてくる。


「んー、実は昨日、優斗とメッセージアプリの連絡先交換したんだけどさ……」


 あたしは少し考えて、昨日の出来事をみっちゃんに話して聞かせることにした。



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