そんな事があった翌日。四限目の英語の時間。
「じゃあ、この間の小テストを返すぞ。名前を呼ばれたら、取りに来るように」
英語担当の教師が抑揚のない声で言い、紙束を取り出した。
それを見た瞬間、あたしは背筋が寒くなる。
この先生は小テストの返却方法に特徴があって、必ず得点の高い順に名前を呼ぶのだ。
つまり、あとに呼ばれれば呼ばれるほど、点数が低いということ。
それはクラス全員がわかっていて、なんともいえない緊張感が教室を支配していた。
「えー、まずは
「はいはーい!」
一番に名前を呼ばれ、隣の席の聖君が元気いっぱいに飛び出していった。
「へへー、皆、ごめんね!」
答案を受け取った聖君は、その点数を見せびらかすようにおちゃらける。
「聖ー、ずりーぞ!」
「帰国子女だし、そりゃあ満点取れるよねー!」
そんな聖君に対し、クラスの皆はまったく嫌味っぽくないヤジを飛ばす。
「気持ちはわかるが、皆静かに。えー、次は
次に
順番的に、優斗も高得点らしい。
「次、
そんな二人に続いて呼ばれたのは、クラス委員長の桜小路さんだ。
女子で一番に呼ばれるあたり、さすがだった。
……その後も続々と名前が呼ばれる中、あたしの名前はなかなか呼ばれなかった。
お願い、早く呼ばれて。
「えー、これから名前を呼ぶ者は、放課後再テストだ。
「はい……」
そんな願いも虚しく、あたしは居残り組として名を呼ばれてしまった。
肩を落としながら答案を受け取ると、前方の席のみっちゃんが同情の視線を向けてくる。
一方で、桜小路さんはクスクスと笑っていた。ぐぬぬ……。
『おいおい。再テストとか、大丈夫かよ……』
『ありゃ、
惨めな時間を少しでも終わらせるべく、足早に席に戻ると……優斗と聖君からそんな心の声が飛んできた。
うう……普段はここまで悪くないのよ? たまたま、勉強する時間がなかっただけで……!
思わず頭を抱えつつ、心の中で叫ぶも……もはや後の祭りだった。再テスト、頑張らないと……。
◇
やがて昼休みとなり、手早く食事を済ませたあたしは、一人で図書室にいた。
理由はもちろん、放課後の英語の再テストに向けての勉強だ。
休み時間の教室はなんだかんだで騒がしいし、静かに勉強するなら図書室に限る。
なにより、あたしは本の匂いが好きだし。ここが一番落ち着ける。
そんなこんなで、順調にテスト勉強を続けていると……誰かが図書室に入ってきた。
……げ。
なんの気なしに顔を上げたあたしの目に飛び込んできたのは……桜小路さんだった。
彼女は受付にいた女生徒に本を返却したあと、こっちに歩いてくる。
「あら、星宮さん」
嫌な予感がしたあたしは、英語の教科書を閉じるも……それを片付ける前に、彼女に見つかってしまった。
「ど、どうも……」
なるべく感情を出さずに一礼するも、桜小路さんはあたしの手にある教科書を目ざとく見つけた。
直後にあたしがここにいる理由を察したらしく、どこか蔑んだような視線を向けてくる。
「確か星宮さん、再テストだったわよね? 常日頃から勉強していないから、こんなことになるのよ?」
「は、はい……すみません」
言葉の端々に嫌味がにじみ出ていたけど、彼女は今回の小テストで成績上位者だ。
あたしは言い返せる立場にない。
「最近の星宮さん、少し気が抜けてるんじゃない? 私のクラスから落ちこぼれを出すわけにはいかないんだけど」
そうこうしていると、お説教まがいの言葉が飛んでくる。
てゆーか、図書室では私語は慎みなさいよー……なんて思うも、桜小路さんの威圧感の前には何も言えず。
助けを求めるように受付カウンターへ視線を向けるも、そこにいる女生徒は苦笑いを浮かべるだけだった。
もー、勉強する時間なくなっちゃうじゃない。早く終わってー。
「あのさー、図書館では静かにしてくんない?」
そんなことを考えていた矢先、あたしの背後の書架から声がする。
思わず振り返ると、本棚の間から聖君が顔を覗かせていた。
「話聞いてたけどさ。一生懸命勉強してる子の邪魔するのは良くないと思うなぁ」
もちろん、委員長の言うこともわかるけどね……と付け加えながら、聖君は続ける。
「それこそ、秋乃ちゃんは成績上げようと頑張ってるわけだしさ。委員長が足引っ張っちゃったら、本末転倒じゃない?」
聖君はぴしゃりと言い放つ。その言葉には、有無を言わせない説得力があった。
「わ、私、そんなつもりは……」
桜小路さんはなんとか言葉を紡ごうとするも……そのまま押し黙ってしまう。
「……せ、先生に用事を頼まれてたの、思い出したわ」
やがて苦し紛れにそう言って、逃げるように図書室から去っていった。
『ふう。なんとかなったかな』
呆気にとられながら桜小路さんの背を見送っていると、聖君のそんな心の声が聞こえた。
「……その、ありがとうございます」
あたしは立ち上がって、小さな声でお礼を言う。
「いいよいいよ。うるさく感じてたのは事実だし。本好き同士、助け合わないとね」
図書室だということを考慮してか、聖君も小声で返してくれる。
そして笑みを浮かべる彼の手には、『老人と海』が握られていた。
「あ、これ? 半分くらい読んで、寝てた。半裸でサメを狩る夢を見てたよ」
「……ぷっ」
その場面を想像してしまい、思わず吹き出す。
「あ、笑うなんてひどいなぁ」
「す、すみません」
『へぇ、あんな顔して笑うんだ』
思わず謝ると、そんな心の声が飛んできた。
ううっ、恥ずかしい……!
「そうだ。テスト勉強してるなら、教えようか?」
「え?」
続く言葉に、あたしは素っ頓狂な声を出してしまう。
聖君は今回の小テストで満点を取った実力者だし、何より帰国子女で英語はペラペラだ。
そんな彼に教えてもらえるなら、願ったり叶ったりだけど……。
「……いえ、自分で撒いた種ですし、一人で頑張ります」
少し考えて、あたしはそう口にする。
「そっか。残念だなぁ」
『秋乃ちゃんとお近づきになれるかと思ったんだけど』
心底残念そうな言葉のあと、そんな心の声が聞こえた。
……だからなんでこの人、そこまであたしを気にかけるのよ。
「それじゃあ、勉強頑張って」
そうこうしていると、聖君はひらひらと手を振って、図書室から去っていった。
彼の姿が扉の向こうに消えるのを確かめて、あたしは再び教科書を開く。
聖君に大見栄を切ったんだし、再テストはいい点を取らないと。