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第12話『図書室での出来事』


 そんな事があった翌日。四限目の英語の時間。


「じゃあ、この間の小テストを返すぞ。名前を呼ばれたら、取りに来るように」


 英語担当の教師が抑揚のない声で言い、紙束を取り出した。


 それを見た瞬間、あたしは背筋が寒くなる。


 この先生は小テストの返却方法に特徴があって、必ず得点の高い順に名前を呼ぶのだ。


 つまり、あとに呼ばれれば呼ばれるほど、点数が低いということ。


 それはクラス全員がわかっていて、なんともいえない緊張感が教室を支配していた。


「えー、まずはひじり―」


「はいはーい!」


 一番に名前を呼ばれ、隣の席の聖君が元気いっぱいに飛び出していった。


「へへー、皆、ごめんね!」


 答案を受け取った聖君は、その点数を見せびらかすようにおちゃらける。


「聖ー、ずりーぞ!」


「帰国子女だし、そりゃあ満点取れるよねー!」


 そんな聖君に対し、クラスの皆はまったく嫌味っぽくないヤジを飛ばす。


「気持ちはわかるが、皆静かに。えー、次は月城つきしろー」


 次に優斗ゆうとが呼ばれ、無言で答案を受け取って席に戻ってくる。


 順番的に、優斗も高得点らしい。


「次、桜小路さくらこうじー」


 そんな二人に続いて呼ばれたのは、クラス委員長の桜小路さんだ。


 女子で一番に呼ばれるあたり、さすがだった。


 ……その後も続々と名前が呼ばれる中、あたしの名前はなかなか呼ばれなかった。


 お願い、早く呼ばれて。


「えー、これから名前を呼ぶ者は、放課後再テストだ。星宮ほしみやー」


「はい……」


 そんな願いも虚しく、あたしは居残り組として名を呼ばれてしまった。


 肩を落としながら答案を受け取ると、前方の席のみっちゃんが同情の視線を向けてくる。


 一方で、桜小路さんはクスクスと笑っていた。ぐぬぬ……。


『おいおい。再テストとか、大丈夫かよ……』


『ありゃ、秋乃あきのちゃん、英語苦手なのかな……』


 惨めな時間を少しでも終わらせるべく、足早に席に戻ると……優斗と聖君からそんな心の声が飛んできた。


 うう……普段はここまで悪くないのよ? たまたま、勉強する時間がなかっただけで……!


 思わず頭を抱えつつ、心の中で叫ぶも……もはや後の祭りだった。再テスト、頑張らないと……。


 ◇


 やがて昼休みとなり、手早く食事を済ませたあたしは、一人で図書室にいた。


 理由はもちろん、放課後の英語の再テストに向けての勉強だ。


 休み時間の教室はなんだかんだで騒がしいし、静かに勉強するなら図書室に限る。


 なにより、あたしは本の匂いが好きだし。ここが一番落ち着ける。


 そんなこんなで、順調にテスト勉強を続けていると……誰かが図書室に入ってきた。


 ……げ。


 なんの気なしに顔を上げたあたしの目に飛び込んできたのは……桜小路さんだった。


 彼女は受付にいた女生徒に本を返却したあと、こっちに歩いてくる。


「あら、星宮さん」


 嫌な予感がしたあたしは、英語の教科書を閉じるも……それを片付ける前に、彼女に見つかってしまった。


「ど、どうも……」


 なるべく感情を出さずに一礼するも、桜小路さんはあたしの手にある教科書を目ざとく見つけた。


 直後にあたしがここにいる理由を察したらしく、どこか蔑んだような視線を向けてくる。


「確か星宮さん、再テストだったわよね? 常日頃から勉強していないから、こんなことになるのよ?」


「は、はい……すみません」


 言葉の端々に嫌味がにじみ出ていたけど、彼女は今回の小テストで成績上位者だ。


 あたしは言い返せる立場にない。


「最近の星宮さん、少し気が抜けてるんじゃない? 私のクラスから落ちこぼれを出すわけにはいかないんだけど」


 そうこうしていると、お説教まがいの言葉が飛んでくる。


 てゆーか、図書室では私語は慎みなさいよー……なんて思うも、桜小路さんの威圧感の前には何も言えず。


 助けを求めるように受付カウンターへ視線を向けるも、そこにいる女生徒は苦笑いを浮かべるだけだった。


 もー、勉強する時間なくなっちゃうじゃない。早く終わってー。


「あのさー、図書館では静かにしてくんない?」


 そんなことを考えていた矢先、あたしの背後の書架から声がする。


 思わず振り返ると、本棚の間から聖君が顔を覗かせていた。


「話聞いてたけどさ。一生懸命勉強してる子の邪魔するのは良くないと思うなぁ」


 もちろん、委員長の言うこともわかるけどね……と付け加えながら、聖君は続ける。


「それこそ、秋乃ちゃんは成績上げようと頑張ってるわけだしさ。委員長が足引っ張っちゃったら、本末転倒じゃない?」


 聖君はぴしゃりと言い放つ。その言葉には、有無を言わせない説得力があった。


「わ、私、そんなつもりは……」


 桜小路さんはなんとか言葉を紡ごうとするも……そのまま押し黙ってしまう。


「……せ、先生に用事を頼まれてたの、思い出したわ」


 やがて苦し紛れにそう言って、逃げるように図書室から去っていった。


『ふう。なんとかなったかな』


 呆気にとられながら桜小路さんの背を見送っていると、聖君のそんな心の声が聞こえた。


「……その、ありがとうございます」


 あたしは立ち上がって、小さな声でお礼を言う。


「いいよいいよ。うるさく感じてたのは事実だし。本好き同士、助け合わないとね」


 図書室だということを考慮してか、聖君も小声で返してくれる。


 そして笑みを浮かべる彼の手には、『老人と海』が握られていた。


「あ、これ? 半分くらい読んで、寝てた。半裸でサメを狩る夢を見てたよ」


「……ぷっ」


 その場面を想像してしまい、思わず吹き出す。


「あ、笑うなんてひどいなぁ」


「す、すみません」


『へぇ、あんな顔して笑うんだ』


 思わず謝ると、そんな心の声が飛んできた。


 ううっ、恥ずかしい……!


「そうだ。テスト勉強してるなら、教えようか?」


「え?」


 続く言葉に、あたしは素っ頓狂な声を出してしまう。


 聖君は今回の小テストで満点を取った実力者だし、何より帰国子女で英語はペラペラだ。


 そんな彼に教えてもらえるなら、願ったり叶ったりだけど……。


「……いえ、自分で撒いた種ですし、一人で頑張ります」


 少し考えて、あたしはそう口にする。


「そっか。残念だなぁ」


『秋乃ちゃんとお近づきになれるかと思ったんだけど』


 心底残念そうな言葉のあと、そんな心の声が聞こえた。


 ……だからなんでこの人、そこまであたしを気にかけるのよ。


「それじゃあ、勉強頑張って」


 そうこうしていると、聖君はひらひらと手を振って、図書室から去っていった。


 彼の姿が扉の向こうに消えるのを確かめて、あたしは再び教科書を開く。


 聖君に大見栄を切ったんだし、再テストはいい点を取らないと。



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