「あー、あー、聞こえるかな? 皆」
「うん。大丈夫」
小林夏之が春夏秋冬に加入する前日。
羽嶋春子、佐伯千秋、如月冬康の3人は翠斗に会っていた。
『会っていた』と言っても直接ではなく、Web通話機能を使って対話だ。
「悪いな。みんな。こんな遅い時間に」
「それは全然大丈夫なんだけど……」
このメンバーの招集をかけたのは翠斗である。
時刻は21時を回っている。
各自自室からWebを繋いでこうして話し合っているのだが……
こんな遅い時間に召集を掛けたのには理由があった。
「その……」
「「…………」」
気まずい雰囲気が流れる。
無理もない。
翠斗は自分の腹の内を3人に明かされ、春子達は翠斗を追い出してしまったいう罪悪感があった。
以前のように笑い合いながら対談できる雰囲気ではない。
「こんな時間に集まってもらったのは、今から誰にも聞かれたくない話をするからなんだ」
「聞かれたくない……話?」
深刻な雰囲気を察し、3人は思わず表情が強張ってしまう。
PCの内蔵カメラを繋ぎながらの通話なので顔が強張っているのが翠斗には伝わっているだろう。
だが、逆に翠斗の表情を他の3人は見ることができなかった。
「その前に……翠。どうしてキミはカメラ機能を切っているんだい? キミの顔も……見せてくれよ」
冬康が懇願するように翠斗へ言葉を掛ける。
顔を見せたくない理由はある程度察しがついているが、それは冬康達も同じ。
ならば一人だけ顔を見せないのは不公平というもの。
「皆は……もう俺の顔なんてみたくないと思うから……俺……みんなに対して酷いことを思っていた。内心で見下していた。みっともなくて……顔なんて見せられないよ」
「それでも私達は翠くんの顔を見たいの。お願い。顔を見せて」
「…………」
「…………」
長い静寂。
恐らく翠斗はカメラ機能をONにするか葛藤しているのだろうと思い、春子達は無言のまま待ち続けた。
やがて、翠斗のアイコン画面がパッと切り替わる。
それは翠斗が即興で書いた自分の似顔絵だった。
「これで……勘弁しては……くれないでしょうかね?」
「「「…………」」」
奇行ともいえるまさかの行動に3人は唖然とする。
「や、やっぱりだめかな?」
「……ぷっ」
驚きは徐々に愉快さにと変わり、ついに春子が噴き出してしまった。
それを皮切りに千秋と冬康も大笑いをしていた。
「あはははは! 全く。しょうがないなぁ、翠さんは」
「これ、アレっぽいな。なんだっけ、キャラクターを動かしてWEBで配信する界隈の——」
「ああ。VTuber? 今、すごく来ているよね。ねえねえ翠くん。そのイラスト動かして見せてよ」
「できるわけないよねぇ!?」
春子の無茶ぶりを懇親のツッコミで返す翠斗。
そのやり取りがまたおかしくて全員馬鹿笑いを始めていた。
「ていうか、翠さん、絵下手ですね! あはははは!!」
「千秋笑い過ぎだ! 俺が一所懸命作った新人VTuberの『夏男』くんが可哀想だと思わないのか」
「な、夏男くん……っ!」
「「「あはははははははははは」」」
最初は張りつめていた空気が一気に緩くなった。
またみんなで笑い合うことができたことがとにかく嬉しい。
俺は内心でVTuber夏男に感謝した。
「さて、これから話すのは真面目な話だ。小林忠文って男はみんなも知っているよな?」
一通り笑い終えた後、翠斗は本題に戻る。
その名前を聞いた途端、3人はまた暗い表情へ変容する。
「あの……お話の前に……まず謝らせてください」
「えっ?」
「私達、その小林ディレクターが持ち掛けてきた企画で、貴方を追放することになってしまって……」
「ごめんなさい……」
「すまない……」
3人はカメラの前で姿勢を正しながら翠斗へ頭を下げる。
翠斗の今後の声優人生を守るためとはいえ、仲間を追い出してしまったことは事実。
春子達はまずはそのことについてきちんと謝罪をしたかった。
「ま、待ってくれ! 俺はみんなに謝ってほしいと思って招集したわけじゃないんだ。それに事情は知っている。俺の暴力未遂を黙秘させることが条件で俺の追放を選んだんだろう? あそこで残留を選ばれていたらきっともっと大変なことになっていた。だからその件はもういいんだ」
春子達が残留を選んでいたら小林忠文は間違いなくあの日の暴力未遂を公表していただろう。
その場合、所属事務所にも迷惑が掛かっていたし、何より春夏秋冬の未来も危うかった。
だからこの件に関して3人は悪くない。悪いのは安い挑発に乗せられてキレた自分の方であると翠斗は心から思っている。
「でも……謝らせてくれ……本当に悪かった」
「「申し訳ありませんでした」」
3人は悪くないとしても謝罪したいという気持ちはまた別物だ。
3人ともその場で土下座をして謝っていた。
「頭を上げてよみんな」
「でも……」
「いや、土下座されても困るから。画面見切れて何も見えないし」
「「「あっ……」」」
翠斗に指摘され、確かにその通りだったと気づく3人。
何とも言えない微妙な空気が再び流れ出す。
そんな空気を換えたのはまたもVTuberの夏男だった。
「本物の土下座というものは……こうするのさ!」
VTuber夏男のアイコンがパッと切り替わる。
それは翠斗がパパっと書き上げた夏男の土下座イラストだった。
「皆に対して酷いことを思ってしまって本当にごめん。冬康のコミュニケーション能力が世界一高いからスタッフから気に入られて役がもらえているのだと思ってしまいました。申し訳ございません。千秋は歌が世界一上手いけど、演技は微妙だと思ってしまいました。申し訳ございません。春子は世界一顔が可愛いから人気があるのだと思ってしまいました。申し訳ございません!」
夏男を通して翠斗も謝罪する。
本音を隠さず、すべてを打ち明ける様に謝罪する。
画面には見えていないが翠斗も3人と同じように画面の前で土下座をしていた。
「あ、謝りながら微妙に褒めてくるのずるくないか? 俺、別にそんなにコミュ力高くなんて——」
「何を言っているんだ。色々なロケで初対面の人とめちゃくちゃ上手くやっていたじゃないか。コミュ力お化けかよと思ったよ。冬康が隣に居てくれることの安心感半端なかったよ」
翠斗の素直過ぎる言葉に冬康は照れ笑いを浮かべていた。
「せ、世界一……歌が上手いと思ってくれていたの?」
「今さら何を驚いているんだ千秋。千秋より歌が上手い人なんて俺見たことないよ? 寝る前とか朝着替える時とか毎日千秋の歌を聞いているし。本当に何度聞いても飽きないんだよね千秋の歌って。天性の才能過ぎて羨ましいよ」
千秋の顔がボッと赤くなる。
照れながら視線を右往左往させていた。
「私、世界一……可愛い?」
今度は春子が期待するように上目遣いを向けてくる。
「……ノーコメントで」
「なんで!? 私にも嬉しい言葉頂戴よぉ!!」
「VTuber夏男はクール系のナイスガイなんだ。歯の浮くような言葉は出したりしないのさ」
「土下座イラストを見せつけながら言われても説得力ないんだけど! 千秋と冬康くんばかり良い言葉もらってずるいずるいずるい~!」
春子は駄々っ子のように不貞腐れていた。
翠斗は春子のこんな姿を初めてみた。
長年一緒に居たのに今さら新たな一面に気づかされる。
もう少しだけみんなとユニット活動したかったなという想いが込み上げ、ユニット脱退された事実がほんの少しだけ悔しくなってくる翠斗であった。