「……小林ディレクターがそんなことを言っていたのか」
「最っ低! ゲス!」
翠斗は自分が知っている限りの情報を3人に話し尽くした。
インタビューの日、どんなやり取りがあったのか。
俺を追放し、自分の息子を春夏秋冬に入れようとしていること。
そして春子に裏接待を持ち掛けようとしていること。
「翠くん。話してくれてありがとう」
春子はニコッと微笑みながら俺に礼をいう。
彼女の背景には何かどす黒いオーラが浮かんでいる気がした。
「じゃあ次は小林ゲス文をどう社会的に抹殺しようかという議論だね。翠くん、何か案あるかな?」
「「「…………」」」
「どうしたの皆?」
「い、いや、まさか春子からそんな言葉が出てくるなんて……」
俺の言葉にキョトンと小首を傾げる春子。
「自分の息子を春夏秋冬に入れる為だなんてくだらない理由で翠くんを追放にまで追い込んだ人でしょ? 手足もぎ取るくらいの苦しみを与えられて当然だよね?」
「「「…………」」」
三人の背中に冷や汗が流れる。
この瞬間、一同は一つの事実を理解した。
羽嶋春子は絶対に怒らせてはいけない人種であるのだと。
「あの……さ。自分で言うのもなんだけど、俺の言葉を信じてしまっても良いのか? 内心真っ黒なことを考えていた俺なんかの言葉を……」
「えっ? もちろん信じますけど?」
「疑う要素なんかあった?」
「翠くん、そんな答えが決まりきっていることを質問している暇があったらゲス文を暗殺する手段の一つでも考えてよ」
「……みんな」
嬉しかった。
あんな見苦しい内心を打ち明けた後だというのに、三人が翠斗を信じてくれている事実が。
まだ絆は切れていない。
むしろ以前よりも強固になっている感じすらある。
「今の翠さんの話をそのまま世間に発表すればいいんじゃないですか? 包み隠さず全部」
「いや、それは難しいだろうね。向こうにはカメラ映像っていう武器があるし、しらばっくれたらそれで終わりだ」
「ゲス文はああ見えて業界では線が太いのよ。あんなのでも支持する人は多いと聞くわ。私たちの訴えなんて簡単にもみ消されちゃうかもね」
「ゲス文のゲス性を証明できる確定的な証拠でもあれば戦えるのにな……」
春夏秋冬の中で小林忠文という存在は『ゲス文』と呼ばれることが暗黙のうちに決定していた。
「ちょっと気になっているのは、どうしてゲス文はわざわざ俺の居る前で春子の裏接待の話をしたのかって所なんだ。訴えられても絶対勝てる自信があるのか、もしくは俺に何の力もないと考えているのか……」
「——もしくは翠さんにその事実を私達に伝えさせることが目的だとしたら?」
「えっ?」
言っている意味が良く分からず、発信者の千秋の顔に一同の視線が集中する。
「ちょっとだけ噂で聞いたことがあるのよ。ゲス文と『転生未遂から始まる恋色開花』の劇場版を手掛けている井内ディレクターの関係性を。なんでもゲス文は井内監督の直属の部下らしいんだけど、不仲説もささやかれているの。と言っても井内監督の才能に嫉妬したゲス文が一方的に嫉妬しているだけって話だけどね」
「つまり、春子への裏接待を俺達に暴露させて井内監督を失脚させることがゲス文の本当の目的ってことか?」
「あくまで推測の域ですけどね」
ゲス文は確かにゲスだけど頭は良い。
常に何かの策略を嵩じている印象すらある。
「いいわ。ならば策略に乗ってあげようじゃないの」
「何か思いついたのか?」
「ええ。まずは井内監督と話をしてみる。会話を誘導して井内監督の悪質性を白状させるの。もちろん録音付きでね」
「それで井内監督は失脚させられるかもしれないですけど、ゲス文は? あいつに『ざまぁ』させないと私は気が済まないのだけど」
「もちろんそれについても考えているわ。でも、これには皆の賛同意見も必要になる。聞いて——」
それは恐らくゲス文も考えに及んでいない策略だった。
春子が申した作戦を実行するには相当な『覚悟』が必要になる。
できれば翠斗的にはその作戦は実行して欲しくないと願っているのだが……
「「やろう!!」」
千秋と冬康が賛同してしまった故に、春夏秋冬はもう後戻りできなくなってしまった。