「この度は劇場版アニメ作品の声優オファーを頂き、誠にありがとうございます。声優の羽嶋春子と申します」
「おぉ。本物だ! 小林ディレクターから聞いたかもしれないが、わしは春子ちゃんのファンでしてな。わしは劇場版監督責任者の井内だ。こうして話が出来て絶頂しそうじゃ」
「……光栄です」
「だが、劇場版声優の件はまだ決定ではないよ? そこだけは早とちりしないように。いくらわしが春子ちゃんのファンとはいえ、タダで役を上げるほどお人好しではないからね」
「それは当然だと思います。私も入念の準備をしてオーディションに参加する所存で——」
「——おや? 小林くんから聞いてないのかね? わしはキミに『会いたい』と言っていたのだがね。会わせてくれさえすればオーディションなどせずともキミに——いや、キミ達グループにキャストをお願いするつもりだよ?」
「仰っている意味が良くわかりません。会うだけで作品の声優が決まるなんて話、聞いたことありませんが」
「はぁぁぁ~~。察しが悪いのぉ。最近の若者はみんなそうなのか? つ・ま・り・だ! キミが一晩わしと過ごしてくれるだけで仕事をやると言っているんだ」
「一晩? 夜通しお話をするのですか? 恐縮ですが私人見知りなもので。たぶんそんなに会話を続けられないと思います」
「あのねぇ春子ちゃん。この場合、『お話』っていうのは『会話する』って意味じゃないんだよ」
「と言いますと?」
「本当に分かって無さそうだな。キミ。その純過ぎるところもわしの好みではあるが……まぁいい。はっきり言ってやろう。一晩、わしとベッドで共に過ごすだけでいいといってやっているんだ」
「ベッド……ですか? すみません。私、添い寝の経験とかありませんので……」
「だれが添い寝でいいと言った!? その程度で大事な作品の役を与えるわけないだろう!」
「?? 先ほどから話が噛み合っていませんね。つまり私にベッドで何をして頂きたいのですか?」
「性交に決まっているだろうが!! セックスだよセックス!! 分かる? 全裸で股を開いてわしの相手をしろと言っているんだ!」
「なっ……!? 何を言っているのですか! そんな……そんなの……犯罪じゃないですか!」
「性交など誰でも経験しているだろう。まさかキミ、その年で未経験なのかい?」
「せ、セクハラです! やめてください!!」
「はぁぁ。小林君は全然話を通してくれてなかったじゃないか。これは後で説教だな」
「こ、小林くん? 小林夏之くんがこの件に絡んでいるのですか?」
「違う違う。彼の父親の小林忠文くんだ。で? キミはいつなら空いている? なんだったら今日にでもわしと一晩——」
「お断りいたします」
「……なに?」
「貴方のようなエロじじいと一晩過ごすなんてごめんと言っているのです」
「なんだと!? 女声優風情がわしにそんな口の利き方をしていいと思っているのか!?」
「意味が分かりません。劇場版ディレクターに女声優を抱く権利があるとも思えないのですが?」
「貴様! わしに楯突く気か! わしは数々の名作を手掛けた——」
「もう電話切ってもいいですか?」
「お、おい!? お前! 本当にわしを敵に回す気か!? 劇場版の大役が欲しくないのか!?」
「——いりません。というか貴方の天下は今日で終わりです」
「は?」
「この会話。最初から全部録音しておりますので。明日のニュースが楽しみですね」
「なんだと!? 声優ごときがわしに楯突くなど——!」
「声優を侮るんじゃないわよ。エロじじい」
ピッ
「想像以上のゲス野郎でした。話しながら吐きそうになったよ」
「私も同じ気持ちよ。いきなり『絶頂しそうじゃ』とか言ってきた時はもらいゲロしそうになったわ」
「よく頑張ったね春子。おかげで井内監督のゲス会話の録音には成功したよ」
春子と井内との通話はスピーカー機能で隣にいた千秋と冬康に丸聞こえだった。
そして二人の通話は録音されていた。
春子が井内の本性を導くように会話を誘導し、電話自体に内蔵されている録音機能に加え、千秋と冬康のスマホに二人の会話を録音させていた。
念には念を込めての3重録音。まずはこれで井内の非道性を完璧に立証できる。
「あとは、この会話をどうやって発信するかだね」
この場には春夏秋冬の3人の他、もう一人の人物が立ち会っていた。
春子達の声優事務所の社長——佐藤臣である。
「……社長、良いのですか? これを発信してしまったら会社自体が大物映画ディレクターと戦うことになるのかも——」
「私はね、キミ達と同じくらい怒っているんだ。春子くんがあんな奴に良いようにされそうになったこと、それに小林ディレクターなんぞの言いなりにさせられていたこと、そして……夏樹君の為に何もできなかった自分にも……っ!」
「社長……」
夏樹翠はもうこの場にはいない。
夏樹翠が退職した後、佐藤社長はもう一度彼とコンタクトを試みたが、彼が取り合ってくれることはなかった。
「その録音会話を世に発信してくれたまえ。その為にはどんな協力も惜しまないつもりだ」
「ありがとうございます。実はこの情報を誰が発信させるのかこちらで決めてあります」
「ほぉ。それは誰だね?」
敵はどうされるのを嫌がるのか。
誰に発信されると厄介なのか。
昨日の通話会議にて4人で案を出し合い、最終的にこのように策がまとまった。
「社長。暴露系VTuberってご存じですか?」