あれから数日経ったが、喜多からの連絡はメールが一つ届いただけ。
『
そうは言ってもどう伝えればボロが出ないか分からない。喜多が戻ってから伝えようと思う。
ごめんなさいカオルさん。
ロケットベーカリーの店頭にはclose/売り切れの札。今日は月曜日だからだ。
けれどカランコロンとドアベルが鳴り、
「「いらっしゃいましたこんにちは〜」」
明るいいつもの仲良さそうな声。可愛い。
「おーっす! カオル先輩に野々花に店長ぉ!」
「こんちはーす!」
間を空けず凛子ちゃんとタカオくんもやって来た。
「悪いねみんな、定休日に来てもらって」
「なん言ってんすか。店長の新作パン
「もう焼けてるんですか?」
「いま焼けるとこ。イートインに座ってて下さい」
カオルさんが五人分のジャスミンティーを注いでくれて、私を除く四人が腰掛けた。
自己紹介したタカオくんに野々花さんが見惚れてる。喜多にも懐いてたし、実は美形好きなんだな。
あれから時生くんも野々花さん目当てにたまにパン買いに来てくれるが、どうやら脈なしだなコレは。
その音を切っ掛けに、みんなが厨房へと視線を向ける。
「うん、上手に焼けた」
微調整を加えた鮭のクロワッサンの完成形だ。
直径は六センチ、高さは三センチ。大体ふた口サイズの小ぶりな平たい筒型。
餡子の入った大判焼き、あれの小さめって言えば分かりやすいか。
試作品と大きく異なるのは円筒の底側にも生地をつけたこと。
筒の中央に半円状のズッキーニを縦に据え、その両サイドには丁度よく火の通った鮭の切り身が収まっている。
「わぁ! 鮮やか!」
「ホントだ。綺麗っすねコレ!」
カオルさんの歓声に、凛子ちゃんも乗っかって褒めてくれる。緑とピンクの色が鮮やかで私も気に入ってるところだ。
「食べて良いすか!?」
「ダメですよタカオさん。パンは焼き立ての冷めたてが美味しいんですから」
「え、そうなんすか!? 小学生なのに詳しいんすね!」
それからほんの十五分ほど、冷めるのを待つ間に鮭クロワッサン秘話を披露する。海苔の佃煮クロワッサンがイマイチだった
「さ、食べてみて。忌憚なく感想くれたら良いから」
みんなそれぞれ一つずつ手に取って、あんぐり開いた口でサクリと
「う――うまぁっ! 店長、オレもう一個食いたい! 良いすか!? 良いすよね!? 洋なのになんか和? 旨ぁっ!」
凛子ちゃんも良い舌してるなぁ。
洋の要素はもちろんバター。
そして和の要素は醤油と砂糖。鮭とズッキーニに砂糖醤油を薄く塗ってから焼いてあるんだ。
そう、千地球のナポリタン。その隠し味を丸ごとパク――参考にやってみたらビタリと味が決まったんだ。
凛子ちゃんが早速二つ目に手を伸ばし、カオルさんと野々花さんもにっこり微笑み合ってる。実は二人はひとつ前の試作品をすでに食べてるからな。
そんな中、半分齧った残りをじっと見詰めるタカオくんが口を開いた。
「師匠、コレめちゃくちゃ旨いんすけど……ちょっと質問良いすか?」
「良いよ、なんでも聞いて」
「この切り身……たぶん刺し身すよね?」
「正解、さすがタカオくん。刺し身なら骨が当たる事がまずないから」
「なのになんで焼け目が付かないんすか? クロワッサン焼く十五分あったら焦げたっておかしくないのに綺麗に熱の通ったピンク色……?」
いやほんと良い勘してる。間違いなく製パンでも製菓でもこの子は成功するよきっと。
「秘密はここ」
私もひとつ取り上げて、くるりと逆さにして底側を指差してみせた。
「底? 底がどう……あっ!」
「気付いた?」
クロワッサンの底なのに、外周部と同じようについた焼け目。さすがに一目で気付くとは思わなかったけど。
「ひっくり返して焼いてんすか!?」
「そ。ここんとこ、焼き上がるまでは底じゃなくってフタなんだ。だから焦げずに熱が入る。これが――」
――これが二足の草鞋の片方を脱いだ、正真正銘プロのパン屋の腕ってところさ。
なんて言ってのけそうになって、慌てて出した言葉を引っ込めた。
「だから焦げ目も付かずに……あ、もしかして鮭から落ちる脂でクロワッサンが油っこくなるのも防いでんのか……天才だわ……」
びっくりするくらいの観察眼、これはきっとすぐに追い越される。どんどん追い越して良いぞ。
「そんでこれ、なんて名前のパンにするんすか?」
凛子ちゃんだ。
よくぞ聞いてくれた。カオルさんにも野々花さんにもまだ言ってないが、ちゃんと考えてあるんだ。
「その名も――」
「その名も?」
「
…………少しの間がありみんなの声が重なった。
「「ダサぁい! 却下ー!」」