俺は旅館の人に頼んで、できるだけ派手な着物を用意してもらった。
用意してくれたものは赤を基調とした着物。
所々に金の刺繍をあしらっており、遠くから見てもかなり目立つ。
着物に慣れているのか、初老の男性が俺へその着物を着付けてくれた。
鏡を見たら理想通りの武士のような姿になっている。
その服装のまま初老の男性に見送られながら旅館を出た。
白い布で包んだ金棒を肩で担ぐように持ち、下駄を鳴らしながらゆっくりと歩く。
ある程度旅館から離れたら、隠密を解除して俺が発見されるのか確かめる。
歩いていたら、記念撮影を求められ、俺の姿だけを撮るために立ち止まるようにと要求されながらも、俺の進む道を譲るように人が割れていた。
歩き始めて30分が過ぎた頃、武装した集団が俺を囲うように立ちはだかる。
四方から銃を向けられるが、俺は笑顔でその人たちを迎えた。
「みなさん! 出迎えていただきありがとうございます!」
俺の声を聞いて、20人ほどいる集団に動揺が走る。
布を巻いた金棒を地面へ打ち付けて、さらに大きな声を放った。
「今朝の件で迷惑をかけたと思い、見舞いの品を持参しました!! ギルドまで案内をお願いします!!」
俺を囲う集団の周りから俺の行動を見ていた人たちが一斉にスマホを俺へ向け始める。
銃を向けたまま誰も案内を始めてくれない。
「京都の人間は銃を向けていないと案内1つしようとしてくれないんですか!!??」
俺が言い放った言葉を聞いて、集団がほぼ同時に銃を下ろす。
その中から、中年の男性が俺へ近づいてくる。
「ギルドへ案内します。ただ、それを預かってもいいかな?」
「どうぞ。重いので数人で持った方がいいですよ」
「……わかった」
中年の男性は2人の人を呼び、俺の金棒を受け取ろうとした。
しかし、俺から渡された瞬間に地面へ落としてしまう。
「2人じゃ無理ですよ。4人くらいで持たないとまともに歩けなさそうですね」
「もう2人こい!」
中年の男性が人を呼んだ後、俺が持っていた金棒を4人で肩に担いでいた。
それを見守り、俺は再び中年の男性へ顔を向ける。
「さあ、このままギルドへ向かいましょう」
「きみだけ車で移動を……」
「俺だけ先についてどうするんですか? 見舞いの品と同時にギルドへ着かないと誠意が伝わらないですよ」
「し、しかし……」
「それに、この人だかりです。ゆっくり歩いていきましょう」
俺は中年の男性を気にせずに、ギルドへ向けて歩き始めた。
俺の動きに合わせるように人が避けて、護衛までされているので邪魔をされることがない。
(京都の街並みを楽しみながら着物を着て歩けるなんて思わなかった)
後ろから武装集団以外の人も俺を追うように付いてきていた。
この金棒をしっかりと鑑定してもらう必要があるため、前を歩く中年男性へ声をかける。
「すみません、ギルドに素材鑑定士さんを呼んでおいてもらってもいいですか?」
「素材鑑定士を?」
「はい。この物をしっかりとなんなのか鑑別していただきたいのでお願いします」
「……わかった」
その男性は耳に手を当てながら、胸に付いているマイクでどこかへ連絡をしていた。
他の人にも目を向けたら、耳に手を当てて声を聞きもらさないようにしているようだった。
何度か話をしてから、中年の男性が俺を見る。
「ギルドへ連絡をした。これでいいか?」
「ありがとうございます。行きましょう」
それから1時間以上かけながらギルドへ向かった。
ギルドに着いた頃には、この騒動の行方を知りたい人の群れがギルドを囲ってしまう。
俺は横に金棒を持った人を待機させながらギルドの受付女性へ用件を伝えた。
「今朝の件で見舞いに来ました。ギルド長はいらっしゃいますか?」
「現在ギルド長はいらっしゃいません……」
女性が汗を拭き出させながら困った顔を俺へ向ける。
京都のギルド長がいないことはニュースを見ていて分かっていた。
大げさに驚いたふりをして、困ったと大きな声で言いながら受付の女性を見る。
「それなら、今いる一番偉い人を呼んでいただきたい!」
「少々お待ちください!」
受付の女性は俺へ頭を下げた後、受付から奥へ走り去ってしまった。
横で金棒を持っている人の手や足が震え始めているので、代わりに持ってあげる。
「辛そうなので持ちます」
4人が持っていた金棒を奪うように持ち、肩へ担ぐ。
金棒を離した4人は信じられないようなものを見る目を俺へ向ける。
「これくらい余裕で持たないと静岡県の大会は勝ち抜けないんですよ!」
高笑いをしながら金棒を持ち、受付の女性が戻ってくるのを待つ。
その間にも、ギルドの中や外にいる人が増え続け、俺から2mほど空間が空けられた以外には人が詰まっている。
そんな中、俺と同じように着物を着た女の子が俺の前へ出てきた。
俺と同じ歳くらいの少女が俺の前に立ったまま固まってしまったので、優しく声をかける。
「どうかしましたか?」
「えっと……その……」
その少女が戸惑うように俺へ目を向けた瞬間、あることを確信してしまう。
(この視線は……)
少女から感じる視線に身に覚えを感じ、左手で少女へ違和感のないように声をかけながら触る。
「大丈夫ですか?」
「え!? あの……はい……」
少女から流れ込んできたスキルを読み取り、冷や汗が流れそうになった。
◆
[シークレットスキル]
陰陽道
◆
この格好にそれは似合わないので、笑顔を崩さずに最後まで対応をする。
「何か俺に用があったんですか?」
「も、もう大丈夫です!」
少女は俺のことをほとんど見ることなく、人の中へ入っていってしまった。
その後ろ姿を見送り、【陰陽道】というスキルについて思い出す。
(陰陽道は京都フィールドのイベント時に出てくるNPC専用のスキルのはず)
そのスキルを持った少女が俺を監視するような視線を送れるということは、おそらくこのスキルの効果だと思われる。
レべ天へ聞かなければならないことを頭の片隅に刻んでいたら、受付の女性が白髪の男性と一緒に戻ってきた。
「お待たせして申し訳ありません。こちらは副ギルド長になります」
受付の女性が紹介してくれた白髪の男性は、俺の周りを見て困惑しながら声を出す。
「佐藤一也くんだね。今日はどのような件で……」
「今朝迷惑をかけたそうなので、見舞いの品を持参しました。お受け取りください」
金棒を受付のテーブルへ置いたら、テーブルの板が音を立てて割れてしまう。
白髪の男性がこめかみに血管を浮かべながらひきつる笑顔を俺へ向ける。
「これはなにかな?」
「俺から説明するよりも、事前に頼んでいた素材鑑定士さんを呼んでください」
「彼をここへ連れてきてくれ」
「は、はい!」
白髪の男性は受付の女性へ素材鑑定士の人を連れてくるように言っている。
「ここでは周りが気になるでしょうから、あちらの部屋へどうぞ」
周りからのざわめきが増してきたので、白髪の男性が俺を部屋へ案内しようとしていた。
俺はその提案を鼻で笑いながら返事をする。
「あなた方のような臆病者とは個室へは入れませんよ」
「……どういうことかな」
「あそことあそこ、それに向こうのビルの2階。なんのことかわかりますよね?」
俺が指で示した先には銃で俺のことを狙う人がいる。
副ギルド長がそれを知らないはずなく、もごもごと口を動かしていたため、あえて大きな声で話をした。
「丸腰の俺に対して、複数のライフルで俺を狙うような人と一緒に個室なんて入ったら何をされるかわからないから嫌だって言っているんですよ!」
「何を根拠にそんなことを!」
「これを見て同じことを言ってみろ!!」
俺は人ごみの中から、ギルドに入ってからずっと銃を俺へ向けていた人の腕をつかんで、この場に引きずり出す。
俺がつかんだその人の手にはしっかりと銃が握られており、白髪の男性の顔が青ざめる。
周りの人もその銃を確認して、俺に腕をつかまれた人は下を向いたまま動かない。
「京都の人は脅すような真似をしないと話もできないんですかね!?」
「それは……なぜ!?」
「俺が知るわけないでしょう。早く全員に止めさせていただいてもいいですか?」
白髪の男性は俺へ答える言葉を無くしたのか、うろたえてしまった。
俺はつかんでいた腕を離して、その人へ顔を向ける。
「その無線で銃を持った人を下がらせていただけますよね」
「……わかりました」
その人が胸についていたマイクで何かを言ったら、俺を狙う気配がいなくなった。
白髪の男性は俺が腕を掴んだ男性にも下がるように言っている。
それから数分後、素材鑑定士の男性が受付に着く。
鑑定結果を聞いて、白髪の男性から血の気が引き、受付の女性は信じられないのかもう一度聞き返していた。
それらのやり取りを満足するまで見てから、俺はこのギルドを後にする。
「確かに見舞いの品をお渡ししました。これからもよろしくお願いします」
俺が動き出すと、俺の道を空けるように人が移動する。
誰も俺を止めることなく、ギルドへ来た時とは違い武装した集団にも妨害されずに旅館へ着いた。
俺が旅館に着くと、着くのが分かっていたかのように初老の男性が迎えてくれた。
「佐藤様、おかえりなさませ」
「ありがとうございます。どうしてわかったんですか?」
初老の男性はロビーに置いてある大きなテレビへ視線を移す。
そこには、俺が【時価1000億相当の金棒】を京都府ギルドに渡したと報道がされていた。
副ギルド長が記者の方から質問をされ続けており、その様子から生中継されていることがわかる。
初老の男性へ視線を戻したら俺を見ていたので、着物を脱ぎたいことを伝えた。
かしこまりましたと頭を下げられながら旅館を進む。
旅館の中の人たちも俺へ注目しており、計画通りに進み笑みがこぼれてしまう。
(これでギルドは次にどう返してくるかな)
着物を脱いで部屋に着いた俺は、くつろぎながらレべ天へ陰陽道のことを聞くために連絡を始めた。