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25.悪行三昧

 須賀川城を占拠した鬼波姫を打ち倒し、羅刹大蛇による"国流し"を防いだ桃姫一行は、"大浮き木綿"に乗って仙台城へと帰還した。


「わしらが長い間留守にしておると館の結界が弱まるでの。また何か困ったことがあれば梵天丸に手紙を持たせるがよい」

「桃姫様、五郎八姫様、それでは失礼いたします」


 ぬらりひょんと夜狐禅はそう言うと、"大浮き木綿"を夜空に高く浮かべて、北西の方角、奥州の森に向かって飛び去っていった。

 二人の姿を手を振って見送った桃姫と五郎八姫は、鬼蝶の襲撃によって破壊された仙台城を見やったあと、本丸の敷地内においてまだ被害の少なかった屋敷の中に入り、ちゃぶ台を挟んで向き合って座った。


「ふぅ……」


 何を言うでもなく、五郎八姫が深く息をはいて湯呑みのお茶をすする。


「……大おば様が仙台城に戻らずに、なぜ"鬼"になることを選んだのか……最期の最期に、ほんの少しだけ理解できた気がするでござるよ」


 五郎八姫が湯呑みの中に浮かぶ緑色の水面を眺めながら口にすると、桃姫も静かに口を開いた。


「私は、両親への復讐をするために花咲村を出た……でも、雉猿狗がいなくなった今、なんのために鬼を退治しているんだろうって……わからなくなる時があるんだ──鬼を退治したその先に、いったい何があるんだろう、って……花咲村の誰も、生き返るわけじゃないのに……ね」


 桃姫はそう言うと、首から下げた光を失った翡翠の宝玉、〈三つ巴の摩訶魂〉に触れた。


「それに、鬼蝶やいろはちゃんの大おば様のように、自らの意志で"鬼"になることを選ぶ人もいる……私は雉猿狗がいたから"鬼"にならずに済んだだけで、世界を憎んで"鬼"になることを選ぶ人たちとその本質は変わらないのかもしれない」

「……拙者だって、父上の敵討ちをするためなら"鬼"になることを選んだかもしれないでござる……でも、ももが拙者に変わって鬼を退治してくれたから、拙者は"鬼"にならずに済んだのでござるよ」


 五郎八姫は湯呑みをちゃぶ台の上に置くと桃姫の濃桃色の瞳を自身の独眼、黒褐色の瞳で見つめた。


「もも、鬼を退治してくれてありがとう。拙者を、助けてくれてありがとう……ももは拙者にとっての神様、仏様でござる」

「……いろはちゃん」


 五郎八姫は独眼から涙を流した。桃姫も瞳をうるませると、五郎八姫の言葉でふと思いが沸き起こり、〈三つ巴の摩訶魂〉を力強く握りしめた。


「──ッ、神様……そうだよッ……! アマテラス様に頼んで、〈三つ巴の摩訶魂〉……この雉猿狗の魂に"神力"を注入してもらえば良いんだよッ……!! 天照神宮に行って……!! 天界に強く祈りを捧げれば……きっと、きっと届くんだよっ……!!」


 桃姫はそう言って立ち上がると、両手で持った〈三つ巴の摩訶魂〉を眼前に掲げた。


「アマテラス様……そんなに都合よく、日ノ本の最高神が降りてきてくださるでござろうか……?」

「都合なんて関係ない。根負けして、天界から顕れるまで祈るんだよ……! どしゃぶりでも、大雪でも、熱が出ても、骨が折れても……雉猿狗が復活するまで、祈り続けるんだよ……!!」


 眉根を寄せた五郎八姫の言葉に対して、桃姫は濃桃色の瞳を力強く輝かせながら決意を固めて告げた。


「もも……あいわかった……! 拙者も共に祈るでござる。一緒に天照神宮に詣でるでござるよ……!」


 五郎八姫はそんな桃姫の熱意あふれる瞳にほだされると立ち上がって声を発した。


「本当にっ──!?」

「あい! "桃姫とごろはちで祈れば倍の御利益がある" 父上もきっと、天界でそう言ってくれるでござるよな」

「いろはちゃん……!」

「うおっ……!?」


 桃姫は五郎八姫の言葉に感激すると、その胸に飛びついてぐっと両手で抱き寄せた。

 五郎八姫は当惑しながらも、桃姫の抱擁に照れて顔を赤く染めた。


「ありがとう、いろはちゃん……いろはちゃんが居てくれるから、心細くない……私がんばれるんだよ」


 桃姫は感謝の言葉を述べると、五郎八姫から体を離した。


「じゃあ早速準備して、今すぐ伊勢に向けて出発しよう──!!」

「っ……!? 今すぐにでござるか……!? こんな真夜中……それも拙者たち鬼退治から帰ってきたばかりでござろう……!?」

「……駄目かな?」


 桃姫は首をかしげながら五郎八姫に言うと五郎八姫は深く頷いてから口を開いた。


「駄目でござる。今夜は風呂に入って、ぐっすり寝て……それで明日、身支度を整えてから出発するのでござる……な?」

「うん……そうだよね。それに、私は勝手にしてもいいけど、いろはちゃんは伊達家の当主なんだもんね」

「その通りでござる。長く留守にするなら家臣団に報告する必要があるのでござるよ。冷静になってくれてよかったでござる……さあ、もも。そうと決まれば湯浴みに行くでござる」


 五郎八姫は胸をなでおろしながらそう言うと、桃姫は笑みを浮かべながら口を開いた。


「いろはちゃん……雉猿狗の復活に協力してくれてありがとう」

「当然のことでござるよ。雉猿狗殿は、拙者にとっても姉のような存在──必ず、復活させるでござるよ」

「うん……!」


 桃姫と五郎八姫はそう声を掛け合うと部屋を出て浴場に向かった。一方その頃、天照神宮の境内にて──。


「──日ノ本の最高神は唯一人、この"石田三成"、ただ一人だけでよいのだ」


 赤毛の馬にまたがり、薙刀を携えた役小角が三成の顔でそう告げると、三成の軍勢が天照神宮の豪華な拝殿に火をつけ、境内にある施設を手当たり次第に鈍器で滅多打ちにして破壊していった。


「破壊し尽くせよ、徹底的にな──天下分け目の大戦(おおいくさ)に向けた験担ぎだ……! くかかかかかッッ──!!」


 三成の顔の皮を被った役小角が拝殿が燃える炎で赤く染まった夜空に向かって馬上で高笑いをした。

 天照神宮の巫女や神主は境内の端に並べられて地面に顔をつけて平服させられた。


「ひぃぃ……なんと罰当たりな、なんと恐ろしいことを……」


 神主が震えながら三成軍の蛮行をちらりと見やって声に漏らした。

 そんな中、巫女の一人がすっくと立ち上がると役小角に近づいていき、毅然とした大声を発した。


「三成殿……! あなたは、自分が何をしているかおわかりですかッ──!?」

「おきぬ、やめい……! 斬られるぞ……!」


 立ち上がって怒りの声を上げる巫女おきぬに対して、神主が声を震わせながら平伏するように訴える。


「──私は日ノ本の最高神、いや、大宇宙を統べる唯一神になる男だ。そのような神に対して、一介の巫女風情が何をのたまう? おぬしこそ自分が何をしているかわかっておるのか……?」


 役小角は、三成の顔でおきぬを見下ろしながら薙刀の切っ先を突きつけて声を発した。


「あなたは決して神などではない……! あなたは地獄の底から這い現れた"悪鬼羅刹"ですッ……!」


 怒りに震えながらおきぬがそう言った瞬間、長い黒髪が束ねられたその頭が炎に照らされる夜空をヒュッと飛んだ。


「──空を飛ぶのが好きなようだな……関ヶ原でも"鬼虫"にして空を飛ばしてやろう。 くかかかかかかッッ──!!」


 薙刀についた鮮血を振り払った役小角が三成の顔を歪めながら高笑いをした。


「──して、おぬしらは……」

「……ひっ」

「……お命だけは……なにとぞ……なにとぞぉ……」


 役小角は馬上から平伏して怯えきった様子の巫女と神主を見下ろして低い三成の声音を発した。 


「──私を日ノ本の最高神と認めるか?」

「……っ……それは……」


 天照神宮の神主が言い淀み、巫女たちも顔を伏せたまま沈黙すると役小角は薙刀を振り上げた。


「──ではおぬしらも、"鬼虫"だな」

「……ぎアッ!」


 振り下ろされた薙刀の一閃で神主と巫女の首が境内の地面にボトトッ──と落とされた。


「──うーむ、不思議なものだのう……三成の面(つら)の皮を被うておると、何故かはわからんが"悪行三昧"が捗りますわいの……かかかかッッ──!!」


 役小角は三成の顔を指先で撫でながらそう言うと馬上で大いに笑った。


「……三成殿っ! "千歩階段"の先、本殿への放火が完了いたしました! 夜風に煽られ、すぐにでも大火に包まれることでしょう……!」

「──うむ、中々に手際がよいな。さすれば手の空いた者らに伝えよ。神主の死体はそこに置いて曝し者とし、巫女どもの死体はすべて回収しろとな……そして集めた死体は、関ヶ原は笹尾山の山頂に運ぶのだ──!!」

「はッ、至急伝えて参ります……!」


 役小角の命令を受けて三成軍の武者は威勢の良い声を上げて返すと、入れ替わりに白い布に包まれた"何か"を運んだ二人組の武者が現れて、馬上の役小角を見上げながら声をかけた。


「三成殿、佐和山城から運びましたこの"顔ナシ"は、いかがなさいましょう……」

「うむ──神主の死体のそばに捨て置け」

「はぁ……捨て置く、のですか」

「──そうじゃ」


 役小角は"顔のない死体"を伊勢まで運ぶという任務を与えられた上で、その死体を境内に捨て置くという不可解な内容に困惑する武者に答えて返した。


「……三成殿、お言葉ですが、あの"顔ナシ"はいったい誰の……?」


 死体を運ぶもう一人の武者が尋ねたその時、三成の顔が恐ろしく歪んで武者を睨みつけた。


「……ひっ!」

「──命惜しくば、くだらんことを聞くな」


 役小角は顔の引きつった武者に向けて冷たく言い放つ。

 次の瞬間、山頂にある本殿が炎を噴き上げて盛大に燃え出し、天照山の山肌に沿って伸びる"千歩階段"までもが上下で燃える本殿と拝殿の豪炎を照らして無情にも赤く染まっていくのであった。

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