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11.神仏融合剣〈雉猿狗承〉

 新たに自分専用の剣を拵えることを決意した桃姫は、折れた〈桃源郷〉と〈桃月〉を風呂敷に包み直して肩に背負った。

 そして、五郎八姫と夜狐禅、河童娘のたまこを連れて玄関の戸を開けると、村人たちが大挙して家の外に集まっていた。


「けろっ……!」


 その光景を目にしたたまこは悲鳴に似た声を上げると、五郎八姫の背後にサッ──と隠れた。


「み、みなさん……?」


 桃姫が村人たちに声を掛けると、山越村の村長が進み出て、申し訳無さそうに頭を下げた。


「……さっきは、村のもんがすまなかっただ。まさか、桃姫様に妖怪のご友人さおるなんて……わしら、ついぞ知らなかったもんで」

「──すまんかった……!」

「──祟らんでくれ……!」


 顔を上げた村長がそう謝罪すると、居並んだ村人たちは一斉に頭を下げて各々に謝った。その声を聞いて、五郎八姫の背後からたまこが顔をのぞかせた。


「さすがはわしらの桃姫様だべ。わけへだてなくお優しいから、妖怪からも慕われとるんだべなぁ」

「──んだんだ」

「──ちげぇねぇ」


 村人たちの中にいた竹三が笑みを浮かべながらそう言うと、村人たちは一様に頷きながらその言葉に同意した。


「あの、改めてみなさんにご紹介します。河童のたまこちゃんと、妖狐の夜狐禅くんです」

「──はじめましてけろ……」

「──よろしくお願いします」


 桃姫の紹介を受けて、たまこと夜狐禅が村人たちに挨拶をした。


「ねぇねぇ、桃姫様……? じゃあ、この人はなんの妖怪……?」


 竹三の子供が五郎八姫に向かって指をさしながら尋ね聞いた。


「──なッ……!? 拙者はれっきとした人間でござる! 伊達家当主、五郎八姫でござるよ……!!」


 声を荒げた五郎八姫が胸を張りながら子供に向かって言うと、その言葉を聞いた村人たちが驚きと共にざわつきだした。


「……なんと、伊達の御当主様とな……」

「……なんで、伊達の殿様がこんな辺鄙な村におるだ……?」

「……さっすが桃姫様だべ……知己がちげぇんだ、知己が……」


 ひそひそと話し合いながら、ちらちらと顔を見てくる村人たちに困惑した五郎八姫は、独眼を閉じると息をはきながら小さく首を横に振った。


「あのっ……みなさん! 実はみなさんに一つ、お尋ねしたいことがあるんです……!」


 桃姫は村人たちのおしゃべりを遮るように声を発すると、一歩前に雪駄を履いた足を踏み出した。


「なんだべ……? なんでも聞いてくれ、桃姫様」


 村長が村人たちを手で制して静めると、桃姫は頷いてから口を開いた。


「──この中に"刀鍛冶"の方は、いらっしゃられないでしょうか……?」


 桃姫の問いかけに、その場に居合わせた村人たちは互いの顔を見合わせると、村長が桃姫に告げた。


「すまねぇだ、桃姫様。山越村には"刀鍛冶"はおらなんだ──」

「──だども、村外れに"鍛刀場"があるよ……」


 村長の言葉尻を捉えるように、村人集団の中から老婆のしゃがれた声が発せられると、村人たちはザッ──とその老婆に対して道を開けた。

 そして、顔に深いシワの刻まれた老婆は曲がった腰に手を当てながら一歩、一歩ゆっくりと桃姫の前に歩み出た。


「──桃姫様……村外れの森の中にね、古い"鍛刀場"があるよ。300年よりずっと昔……そこで備前長船派の刀工が刀を打ってた場所だよ……」

「おい、婆さん。おらは生まれも育ちも山越村だが、そんな場所、聞いたこともねぇし見たこともねぇぞ……?」


 竹三がいぶかしみながら老婆の背中に声を掛けると、老婆は鼻で笑いながら静かに口を開いた。


「竹三、あんたみたいな"若造"が知ってるわきゃないよ……あたしが子供だった時分に親から教えられた話だってのにさ……」

「へぇ、婆さんが子供だった頃の"噂話"かい。んじゃ、本当にあるかどうか疑わしいもんだべな」

「……あるさ。なんせ、親に内緒であたしはそこを遊び場にしてたからね……へへへ……」


 不敵な笑みを浮かべた老婆の横顔を見て、竹三は眉根を寄せながら黙り込んだ。


「お婆さん、その"鍛刀場"の場所……今でもわかりますか……?」

「もちろんさ……だどもこの脚じゃ、そこまで行けないけどね……」


 桃姫が老婆に尋ねると、老婆は自身の老いた脚を見ながら告げた。

 その言葉を聞いた五郎八姫はスッ──と老婆に背を向けてしゃがみ込むと、横顔で笑みを見せながら言った。


「──拙者の背中の上でよければ、どこまででも行けるでござるよ」

「……おや……伊達の御当主様におぶられるとは……長生きってのはしてみるもんだねぇ……へっへっへ……!」


 笑った老婆は五郎八姫の背中に老いた体を預けると、五郎八姫は老婆をしっかりとおぶってすっくと立ち上がった。


「……いろはちゃん」


 桃姫はそんな五郎八姫の姿を見て、老婆を背負って雨風の中を頼もしく進む、かつて見た雉猿狗の姿を脳裏に思い出し、懐かしさと共に胸が切なくなった。


「……それじゃ、御当主様……まずは山越村まで行ってもらおうか。そこからは、記憶を頼りに案内するよ……」

「あい」


 背負った老婆の声を聞きながら五郎八姫は花咲村の北にある裏門に向けて歩き出すと、その後を夜狐禅とたまこが着いて行った。


「──それではみなさん、行って参ります。ご協力ありがとうございました」


 桃姫は丁寧なお辞儀をして村人たちに感謝の言葉を述べると、仏刀を包んだ風呂敷を肩に担ぎ直して、三人の後を足早に追いかけていった。

 老婆を連れた桃姫一行は裏門をくぐり、赤い鳥居を抜けて、花咲山の山道を登っていく。そして、白い石造りの三獣の祠が見えてくると桃姫は駆け寄って木製の扉を開いた。


「……雉猿狗、いこう」


 桃姫は囁くように言いながら、三獣の絵が描かれた三つの骨壺の上に安置されていた、三つに割れた〈三つ巴の摩訶魂〉の欠片を手に取った。


「……桃姫様、それは……?」


 その様子を見た夜狐禅が桃姫の背中に声を掛けると、桃姫は桃色の着物の白い帯の中に〈三つ巴の摩訶魂〉を収めて、夜狐禅に振り返った。


「──雉猿狗の魂だよ」

「……っ」


 桃姫が笑みを浮かべてそう告げると、夜狐禅は桃姫のその笑顔にかつて見た雉猿狗の太陽の笑顔を重ね見てハッ──と息を呑むのであった。

 それから一同は、花咲山の頂上を越えて備前の山々の間にある村、今は燃え尽き廃村と化している山越村の表門に到着した。


「さぁ、お婆さん到着したでござるよ。"鍛刀場"はどっちの森でござるか……?」

「……待ちなよ。そう急かさんで……今、思い出してるところ……んんん……」


 五郎八姫の背中にしがみついた老婆は眉根を寄せて、うんうんと唸りながら子供時代のおぼろげな記憶を遡っていた。


「……日が暮れそうけろだよ……心配になってきたけろ……」

「明るいうちに見つからなかったら、この村で休みましょうか……?」

「えっ……こんなおばけみたいな村で寝るけろ……!?」

「……僕たち妖怪は、おばけの心配はしなくていいと思います」


 五郎八姫の後ろでたまこと夜狐禅が会話していると、老婆がカッ──と小さな目を見開きながら口を開いた。


「御当主様、村の真ん中に行きなっ……! そしたらば、左の森を向いて……! 早く……!」

「──は、早く……?」


 五郎八姫は老婆に急かされるままに駆け出すと、焦げ臭い山越村の中央まで来て素早く左を向いた。

 その視線の先には鬱蒼とした森が広がっていた。空はまだ明るいが、今森に入れば帰る頃には夜中になりそうな時間帯であった。


「──よし……視えたよ……森の中に入って……早くっ──!」


 五郎八姫の背中で森を睨んだ老婆が声を上げると、五郎八姫は隣に立つ桃姫に声をかけた。


「もも、本当にお婆さんを信じるでござるね……?」

「……うん。ここまで来たら、もうそれしかない」


 桃姫は五郎八姫を勇気づけるようにそう言って返すと、五郎八姫は覚悟を決めたように頷いてからお婆さんの小さな体を背中に担ぎ直した。


「──早く行くんだよっ……! せっかく呼び覚ました記憶が、消えちまうよっ……!」

「っ……お婆さん、しっかり掴まってるでござるよッ……!」


 声を張り上げた五郎八姫は森の中に向かって駆け出し、その後を桃姫、たまこ、夜狐禅が続いた。


「──右だよっ……! そこを左さねっ……! ──えーっと、その岩っ……! その岩、昔と変わっとらんっ……! ──岩の上を走るっ……!」

「ッ……岩の上を走るでござるか……!?」

「──あたしの言う通りにするんだよっ……!」


 五郎八姫は背中越しに声を発する老婆の指示通り、時たま茜空が見え隠れする森の中を1時間ばかり駆け抜け、そしてついに開けた空間へと飛び出した。


「ああっ……! まさしくっ……! まさしく、ここだよ……!」


 空間に出た老婆は目を見開いて歓喜の大声を上げると、五郎八姫の背中から降りた。鬱蒼とした森の奥にある開けた空間。そこには確かに、古びた鍛刀場が存在していた。


「ああ……昔と変わっとらん、何も変わっとらん……!」


 少女のように目を輝かせた老婆が鍛刀場に近づいて行くと、桃姫と五郎八姫、たまこと夜狐禅もまた安堵と共に喜びの顔を見せた。

 そして夜の帳が落ちると同時に、300年前の鍛刀場の屋内にロウソクの明かりが灯された。


「……もも、このかまど、使われた形跡があるでござるよ」


 五郎八姫は古びた造りのかまどの内部をしゃがんで覗き込みながら火箸で炭を掻き出した。


「え? 本当……?」

「あい。炭の様子を見ればわかるでござる。300年前の炭とはとても思えないでござるな……20年前か30年前に、一度かまどに火が入れられてるような……」


 五郎八姫はかまどから出した炭を火箸で転がしながら告げると、たまこが椅子に腰掛けながらくちばしを開いた。


「誰かが芋を焼くのに使ったんだけろ。間違いないけろ」

「……こんな森の奥深くまで来て、焼き芋するでしょうか……?」


 屋内の各所に置かれたロウソクに指先で触れながら妖術で火を灯していく夜狐禅がたまこに問いかけた。


「きっと誰にも取られたくなかったんだけろだよ。たまこにもたまにそういう時あるけろ」


 そう言ったたまこは、そうに違いないとばかりにうんうんと頷いた。


「誰が使ったにせよ、設備が壊れてないんだったら問題ないよ。それに、道具も一式揃ってるし、これなら大丈夫──打てる」


 桃姫はロウソクに照らし出された鍛刀場の中を見渡しながらそう力強く告げると、着物の袖をまくって長い髪を妖々魔の飾り紐でくくった。


「……それじゃ、みんな、準備はいい……? 桃姫専用の鬼退治の剣──拵えるよ」

「──あい」

「──任せてけろ」

「──始めましょう」


 桃姫は濃桃色の瞳に浮かぶ黄金と白銀の波紋を同時に光り輝かせると、ぬらりひょんの館の蔵書で学んだ知識を使って刀作りを開始した。

 夜狐禅が妖術を用いて口から火を吹き、火力を上げて、かまどの熱量を上げる。


 桃姫は、折れた〈桃源郷〉と〈桃月〉の銀桃色の刃を風呂敷から取り出すと、るつぼに入れて溶かし、桃姫と五郎八姫でカンカンカンと交互に小槌を振るって叩いて伸ばし、銀桃色の鋼の塊とした。

 そしてたまこは、桶に入れた水を口に含むと、妖術を用いてキンキンに冷えた冷水へと転じ、叩き伸ばされた銀桃色の鋼に吹きかけて急速に冷やす。


「……んぐぐ……んぐぅ……」


 夜が更けていく中、途中まで鍛刀作業を見ていた老婆は睡魔に勝てずに椅子に腰掛けていびきをかいて寝ていた。

 真っ暗な森の中で、古びた鍛刀場の窓や割れた天井の隙間から、橙色のロウソクの明かりと刀を鍛える賑やかな音が外に漏れ出た。

 鋼を熱しては叩き、冷やす──その工程を幾度も繰り返していくと、遂に桃姫は懐から〈三つ巴の摩訶魂〉の欠片を取り出した。


「──雉猿狗、私に力を貸して──」


 桃姫は念じるように声に出すと、〈三つ巴の摩訶魂〉をるつぼの中に入れて溶かし、〈桃源郷〉、〈桃月〉から造られた鋼と混ぜ合わせた。


「お、おおお……!!」


 その瞬間、五郎八姫は思わず声を上げた。銀桃色をしていた鋼の塊が美しい翡翠色へと転じたからである。


「いろはちゃん、たまこちゃん、夜狐禅くん──最後の鍛錬、行くよ……!」


 桃姫の掛け声に頷いて返した三人は、翡翠色に輝く鋼の塊を全員で叩いて伸ばし、折り返しては、叩いて伸ばすという工程に突入した。

 全員が一心不乱に汗を流しながら叩いては伸ばし、折り曲げては叩く。

 日ノ本最強の鬼退治の剣として──神の加護が宿った〈三つ巴の摩訶魂〉と、仏の加護が宿った〈桃源郷〉と〈桃月〉とが"融け合った"──至高の"神仏融合剣"として。


 ──カーン──!!


 桃姫が両手で握りしめる大槌が振るわれて、ひときわ大きい音が鍛刀場に鳴り響くと、その音で老婆が目を覚ました。


「──出来た──」


 大鎚を置き、額から流れる汗を腕で拭った桃姫が感慨深く声を漏らした。

 桃姫はその翡翠色の輝きを放つ一振りの両刃の長剣の柄を掴んだ。


 その長剣は、柄すらも翡翠色の鋼で造られており、桃姫は素手で掴んだその柄を通して全身に走る凄まじいまでの"霊力"を感じ取った。

 桃姫は天井の亀裂から差し込んだ陽光の柱の中で、両手で持ち上げた"霊剣"を高く掲げた。

 五郎八姫、たまこ、夜狐禅、そして老婆が目を見張ってその神々しい光景を見つめて息を呑んだ。


「──神仏融合剣──〈雉猿狗承(ちえこしょう)〉──」


 桃姫は朝焼けの光の粒子の中で、日ノ本のすべての悪鬼を祓い清める美しい"霊剣"の名をそう名付けるのであった。

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