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12.傀儡操呪

 江戸城三ノ丸に建つ天海屋敷の中庭にて、天海、晴明、道満の三人が円陣を組みながら五芒星の上で祈念していた。


「──相違ないな?」

「──相違ない」


 固く目を閉じながら合掌した天海が二人の陰陽師に尋ねると、同じく目を閉じながらも笑みを浮かべた道満が言って返した。


「──鬼ヶ島だ……遂に、見つけた」


 道満はそう言って目を見開くと、次いで目を見開いた晴明と視線を合わせて頷きあった。

 そして晴明は懐にスッ──と手を差し入れると、黒い呪札の束を取り出して口を開いた。


「では、早速……参りましょうか、鬼ヶ島へ」


 晴明は冷たい笑みを浮かべながらそう告げると、呪札の束を夜空に向けてばら撒き、素早く両手を合わせて孔雀明王のマントラを詠唱した。


「──オン──マユラギ──ランテイ──ソワカ──」


 マントラを聞き届けた呪札の束が門の形を描いて呪札門を形成する。そして、その鏡面の奥には鬼ヶ島の広場が広がっていた。


「……でかした、晴明」

「……これからですよ、道満」


 互いに言葉を交わした道満と晴明が中庭に出現した呪札門を覗いていると、その背中に向けて天海が声を発した。


「お二方に一つ聞く……鬼ヶ島には、本当に、もう鬼は一匹もおらぬのだな……?」


 心配そうな顔を浮かべた天海の言葉を聞いて、道満と晴明は顔を見合わせて思わず吹き出した。


「ふっ……何をおっしゃりますか、天海殿」

「天海殿、貴殿の瞳に何と描かれているか、ご存知でないのか……?」


 晴明と道満がからかうように言うと、天海は瞳を薄っすらと開けて瞳孔に浮かぶ灰色の"鬼"の文字を光らせた。


「鬼が鬼を怖れるとは、ついぞ聞いたことがございませぬな」

「まったくもって」

「……わしは鬼ではない、わしは人だ。人が鬼を怖れて何が悪いか」


 道満と晴明が呆れたように交わす言葉に対して、天海は言いながら目を細めて"鬼"の文字を隠した。


「御大様(おんたいさま)もなぜ、貴殿のような小男に貴重な八天鬼薬をお与えになられたのやら……」

「まったく、御大様の考えていることは私らにはわかりかねます……しかし、今や我らは一蓮托生」


 道満と晴明は紫光する呪札門を背にしながら天海に向けて誘うように言葉を投げかけた。


「──さぁ、共に参りましょう、天海殿」

「──"千年天下"は、もはや眼の前ですぞ」

「…………」


 天海は陰陽師の顔をそれぞれ見やりながら深く息をはくと、一歩足を踏み出した。その時、中庭に向けて怒号のような大声が発せられた。


「──天海上人ッッ……!! そやつらの甘言に惑わされてはならぬッッ──!!」

「……ッ!?」


 驚愕した天海、道満、晴明が一斉に声のした方を見ると、雄々しい牡鹿の角が伸びた兜を被り、重厚な武者鎧をその大柄な体にまとった徳川の武将・本多忠勝が仁王立ちしていた。


「忠勝殿──!?」

「──天海上人を悪へと導く、ど腐れ陰陽師どもッッ!! 覚悟ォォオオオッッ──!!」


 目を見開いた天海が声を上げると、本多忠勝は手にした名槍〈蜻蛉切〉を振りかざして猪のように突撃してきた。

 晴明と道満は天海を睨みつけるように見ると、天海は首を横に振って叫んだ。


「ッ、わしは知らぬ……!!」


 天海は困惑しながら弁明すると、道満が天海の前に躍り出て、両手で印を結んだ。

 〈蜻蛉切〉を構えながら突進してくる忠勝と見合いながら、道満が瞳を紫光させて呪術を放つ。


「──傀儡操呪(くぐつそうじゅ)──」


 かつて、邪馬台国にてぬらりひょんが受けた高度な呪術を詠唱した道満。その瞳から茨に似た呪力がグネグネと伸びると、忠勝の〈蜻蛉切〉に絡みつき、そして腕から全身へと巻き付くように拘束した。


「グァァァアッッ──!? ぐォおおおッッ──!!」


 忠勝はうめきながら〈蜻蛉切〉を地面に手落とすと、自身の体に絡みつく紫光する呪力の茨を掴んで引き千切ろうともがく。

 しかし、もがけばもがくほど全身を呪力の茨で絡め取られていき、遂には動きを止めた忠勝の姿を見て、天海は前に立つ道満に恐る恐る尋ねた。


「……こ、殺したのか……?」

「静かに──今、"傀儡"へと改変している最中なので、話しかけないであげてください」


 天海の言葉に対して、後ろに立つ晴明が冷たい笑みを浮かべながら答えると、道満は瞳から伸びていた呪力の茨をすべて出し切った。

 そして、忠勝の全身を包んでいた紫光する茨は染み込むように内部に入り込んで、黒い兜と面頬の隙間から覗く忠勝の黒い瞳を紫光に染める。


「──掌握完了ッッ!! ハァ、千年ぶりに使ったが……呪術耐性のない猪武者が相手ゆえ、上手く決まったな──来い」

「…………」


 道満はそう言って忠勝を手招きすると、紫光する虚ろな瞳を浮かべながらノシノシと歩み寄ってきた。


「……なんと……」

「傀儡操呪は、大陸由来の道満の得意技ですよ……同時に一人だけ、自身の操り人形とすることが出来るのです。ただし、呪術に耐性のある者を除いてですがね」


 天海が呆気にとられながら自我を失った忠勝の姿を見て声を漏らすと、晴明が満足気に言ってみせた。


「鬼ヶ島での力仕事はこいつに任せよう。どうせ、使い捨てだ──先に行け」

「…………」


 道満がニヤリと笑みを浮かべながら言うと、傀儡と化して虚ろな表情の忠勝に指示を出し、先に呪札門を通り抜けさせた。

 天海はそんな忠勝の背中を見ながら罪悪感が湧き上がるのを感じていた。


 ──忠勝殿、申し訳ない……。


 陰陽師に騙されているのではないかと、自身の身を案じて助けに来てくれた本多忠勝。

 実際のところ両者は、"知の天海、武の本多"として徳川家康の天下取りを支えて来た盟友同士であった。


 ──しかし、不思議と悲しみは湧いてこない……わしは、やはり人ではないのか……。


 忠勝に続いて道満が呪札門をくぐると、晴明が視線で天海に呪札門に入るように促した。


 ──八天鬼薬を飲んだから、鬼となったのではない……本能寺に火をつけ……織田信長を焼き殺したあの夜から、既に……。


「──わしは鬼……鬼の光秀じゃ──」


 天海は両目を見開いて灰色の"鬼"の文字を光り輝かせると、陰惨な笑みを浮かべながら呪札門を通り抜け、鬼ヶ島へと向かった。

 晴明は冷たい笑みを浮かべながらその様子を見届け、自身も呪札門を通り抜けると、向こう側で振り返り、両手をパンッ──と叩き鳴らして呪札門を閉じた。


 一瞬にして効力を失った紫光する呪札の群れが中庭にバラバラ──と崩れ落ちると、瞬く間に燃え上がり灰になって夜風にさらわれた。

 そうして天海屋敷の中庭に残されたのは、持ち主を失った赤い柄の名槍〈蜻蛉切〉、ただそれだけであった。

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