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第4章~オレの幼なじみがこんなに素直なわけがない~第8話

 せっかく、仲良くお話しができたと思ったのに――――――。

 また、彼女を怒らせてしまったのか……と、思うと悲しくなり、ぼくは、泣き出しそうになってしまう。


 すると、中浜先生が、ぼくのそばにやって来て、話しかけてきた。


「ムネシゲくん、リッちゃんとお話ししてたの?」


 先生も、さっき、声を張り上げたリッちゃんの姿を見ていたのかも知れない。

 ぼくが、小さく「うん」とうなずくと、中浜先生は、ぼくにだけ聞こえる声で、こう告げた。


「この保育園の子たちは、ムネシゲくんと同じ武甲むこ小学校に行く子が多いんだけど……リッちゃんはね、お家の事情で、遠くの小学校に行くみたいなの」


 先生の言葉に、ぼくは、すぐに質問を返す。


「遠くの小学校ってどこ? ぼくは、リッちゃんにまた会えるの?」


 ぼくの問いに、中浜先生は、小さく首を横に振って答えた。


「リッちゃんの通う小学校は、まだ正式に決まってないみたいなの。引越しをして、急いで手続きをしないといけない、ってリッちゃんのお母さんも言ってたけど……リッちゃんは、卒園式の前にお引越しするみたいだから、今度の発表会の劇が、みんなと一緒にする最後の行事になるかも」


 その言葉で、ぼくは、目の前が真っ暗になるような気がした――――――。


 ◆


 それからも、発表会の劇の練習は続いた。


 もうすぐ、リッちゃんと会えなくなる……。


 そう考えるだけで、気分がふさぎ込み、どうしようもなく悲しい気持ちになってしまう。


 これまでとは異なり、この日は、ぼくとリッちゃんの出番である後半のパートを中心に劇の練習が行われた。


 ・


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 村を襲った黒いケモノをやっつけたことで、村人や狩人は、白いケモノの家に遊びに来るようになりました。

 人間の友だちが出来た白いケモノは毎日毎日、遊び続け、楽しく暮らすことができました。


「人間たちは、優しいなあ。仲良くなれて、ほんとうに良かった」


 人間たちと仲良くなれた白いケモノは、嬉しく思いました。


 けれども、白いケモノには、気になることがありました。

 一番の友だちだった黒いケモノが、一度も遊びに来ないのです。


 いま、村人や狩人と仲良く暮らせているのは、黒いケモノのおかげです。


「人間たちとは仲良くなれたけど、また、クロ君と話したいな」


 ・


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 ・


 劇の練習中、そこまでセリフを言うと、クライマックスの黒いケモノの手紙が読み上げられる前であるにもかかわらず、ぼくの目からは、涙があふれ出す。


「先生! ムネシゲくんが、もう泣いてるよ!」


 涙のせいで、誰が言ったのかはわからないけど、ステージの前から同じクラスの子が、そう指摘する声が上がった。


 中浜先生は、事情を察したのか、少し困った顔で、


「ムネシゲくんは、ちょっと気持ちが入りすぎているみたいね? 次は、リッちゃんのシーンだから、少し休憩しましょう?」


と、提案してくれた。


 リッちゃんのためにも、絶対に劇を成功させないといけないのに、こんなことで、みんなに迷惑をかけちゃうなんて……。


 本番まで、あと数日というところで、ぼくは、悲しさと恥ずかしさで、リッちゃんと目を合わせることができなくなってしまっていた。


 そんな、ぼくの気持ちを知っていたのかはわからないけど、練習が終わったあと、リッちゃんが声をかけてきた。


「ムネリンが優しい男の子だって言うことはわかったから……その涙は、劇の本番の最後まで取っておいてね」


 リッちゃんの伝えたいことが、どういうことなのかはわからなかったけど、ぼくは、だまってうなずくしかなかった。


 ◆


 そして、いよいよ、発表会の日がやってきた――――――。


 前半のパートをつとめるエリちゃんやケンタくんも練習を始めた頃に比べると、演技もセリフも格段に上達していた。


 白いケモノも、黒いケモノも、一生懸命なお芝居で、ぼくたちの保護者である観客の心をつかんでいる。


 そうして、ついにぼくの出番がやってきた。


 もう、最後まで泣いたりしないぞ! と、心に決めながら、ステージに立つ。


 ・


 ・


 ・


「人間たちは、優しいなあ。仲良くなれて、ほんとうに良かった」


 人間たちと仲良くなれた白いケモノは、嬉しく思いました。


 けれども、白いケモノには、気になることがありました。

 一番の友だちだった黒いケモノが、一度も遊びに来ないのです。


 いま、村人や狩人と仲良く暮らせているのは、黒いケモノのおかげです。


「人間たちとは仲良くなれたけど、また、クロ君と話したいな」


 そう思った白いケモノは、村人や狩人と仲良く出来ていることを伝えようと、黒いケモノの家をたずねることにしました。


 白いケモノが、山のずっと奥にある黒いケモノの家をたずねると、家の戸は固くしまっています。

 戸の横には、手紙が貼ってありました。


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 数日前、涙があふれるのをこらえられなかった場面は、やり過ごすことができて、ぼくは、ホッとしていた。


 だけど――――――。


 最大の見せ場に入ってからのリッちゃんの演技は、ぼくたちの予想以上にすごかった。


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 ・


 シロくんへ


 ニンゲンたちとは いつまでも なかよく まじめにつきあって たのしく へいわにくらしてください

 ぼくはしばらく キミにはおめにかかりません


 このままキミとつきあいをつづければ ニンゲンがキミをうたがうことがあるかもしれません

 うすきみワルくおもうかもしれません


 それは ぼくにとってもツマラナイ


 そう かんがえて ぼくはこれから とおくに でかけることにしました

 ながいながい おでかけに なるかもしれません


 それでも ぼくは どこにいても キミのことをわすれません


 どこかで また あうひがあるかもしれません


 さようなら シロくん

 からだを だいじにしてください


 いつまでも キミのともだち

 クロ


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 ・


 リッちゃんが手紙のセリフを読み上げると、客席からは、すすり泣くような声が聞こえてきた。


 ステージから前方を見渡すと、観劇に来ていたぼくの母親も、リッちゃんのママも涙ぐんでいるのがわかった。


 それだけで、ぼくは……もう、涙をこらえることができなくなってしまった。


 ・


 ・


 ・


 白いケモノは黙って手紙を読みました。

 二度も三度も読みました。


「ク、クロ君、クロく〜〜〜〜〜ん…………」


 戸に手をかけて、顔を手紙に押し付け、涙を流して泣きました。


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 涙声になりながら、つっかえてしまい、本来のものよりも間延びしたセリフになってしまったのだが……。


 それが、観客席では迫真の演技と捉えられたのか、ナレーションが終わると、場内は万雷の拍手に包まれたのだった。

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