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第4章~オレの幼なじみがこんなに素直なわけがない~最終話

 始業のチャイムが鳴るまでは、あと、10分ほど余裕があるはずだ。


 朝の時間帯は、生徒が来ることの少ない校舎4階の空き教室の前まで来ると、


「もう! 強引なんだから…」


と、冗談めかした口調で口答えしながらも、オレについてきたクラスメートに、あらためて伝える。


「リッちゃん、オレは、あのときの約束を忘れたわけじゃないから……!」


 他に生徒の姿が見当たらない朝の空き教室の前で告げたオレの言葉に、リッカは、


「良かった…ムネリンが記憶力のイイ人で……」


と言って、フッと笑みを漏らす。


「まだ、十分にあのときの約束を果たせたわけじゃないけど、オレは、いつかきっと――――――」


 リッちゃんみたいに、誰かを笑顔に出来るようになるから……と、続けて伝えようとすると、オレの言葉を制するように、右手を軽くかざした彼女は、


「約束、覚えていてくれて、ありがとう」


と、穏やかであたたかさを感じさせる表情を見せたあと、さらに、口角を上げ、ニヤリと微笑んだかと思うと、


「私の小指も覚えているんだ」


と小指を立てて、何事かをアピールしてくる。


 その仕草に、オレが一瞬だけ怪訝な表情をすると、リッカはクスリと笑い、小指を指切りの形に変えて、言葉を続ける。


「指切りげんまん、ウソついたら、ムネリンをイ〜ジる! 指切った!」


 彼女のその宣言を鮮明に思い出したオレの表情が青ざめるのを確認したのか、リッカは、今度こそ満足げに微笑んでたずねてくる。


「まだ、約束を果たせたわけじゃない、ってことは〜。私は、ムネリンをイジって良いってことだよね?」


「うっ……それは――――――」


 オレが、言葉につまると、彼女はサッと表情を変えたかと思うと、


「やっぱり、ムネリンは約束を守ってくれないんだ……悲しい……うるうる」


と、わざとらしく泣き真似をする。


 し、白々しい…と感じつつも、あのときの約束を持ち出されては、オレに拒否権などあるはずもない。

 そんなわけで、


「わ、わかったよ。ちゃんと、約束は果たすから」


そう言って、彼女の言葉を受け入れることを了承することを告げると、リッカは、フフッと上機嫌に微笑んだかと思うと、「あっ」と、声を上げ、


「一応、確認しておくけど……私とコミュニケーションが取れるのが嬉しすぎて、わざとイジられようとか思ってないよね?」


などと、失礼なことをたずねてくる。


「そんなわけないだろ!」


 張り上げた声が、オレたち以外の生徒がいない廊下に響き渡ると、彼女は、クスクスと可笑しそうに笑った。


 そして、「そうだ!」と言って、手をポンと叩いたリッカは、思い出したように付け加える。


「ムネリンに謝らなきゃいけないことがあったんだ」


「な、なんだよ、オレに謝ることって…?」


 オレがたずねると、リッカは神妙な面持ちで謝罪の言葉を口にする。


「この前、ムネリンの推しキャラの桜田志穂子さくらだしほこちゃんについて、酷いことを言っちゃったよね? そのことについて、謝らないといけないと思ってたんだ。ゴメンナサイ!」


 申し訳なさそうなようすで頭を下げる彼女の意外な態度に、少々、面食らったオレは、


「ま、まぁ、わかってくれたなら、別にイイよ」


と、たどたどしく返答する。


 すると、リッカは、「良かった…」と、安堵するように言ったあと、表情を一変させて、こんな言葉を口にした。


「これで、あらためてわかったこともあるし」


「な、なんだよ、わかったことって…?」


 オレの再度の質問に、彼女は「それは〜」と、もったいぶりながら言ったあと、


「やっぱり、ムネリンは、ってこと」


と言って、また、クスリと楽しげに微笑む。


 その言葉と表情に、オレは「な、なに言ってるんだよ」と、言ったきり言葉を失ってしまう。


 本当は、『ナマガミ』の桜田志穂子さくらだしほこのような、ずっと一緒にいる系の幼なじみと、オレとリッカのように再会系の幼なじみは、分けて考えなければならない、というのがオレ自身の持論なのだが、いまは、そのことについて、反論しても意味がない気がした。


 渋い表情のままのオレをリッカは、興味深そうにのぞき込もうとしてくる。

 そんな相手のようすを頬の内側を噛みながら確認すると、オレは、一矢報いようと、食い下がった。


「それより、久々知と交際中ってことになってるのに、オレに構っていてイイのか?」


 ただ、なんとか、やり返そうと発した言葉を余裕の笑顔で受け止めたリッカは、ケロリとした表情で返答する。


「あぁ、そのことなら、心配しないで! これ以上、大成たいせいクンとの関係を続ける必要もないし、今週中にも、彼との交際関係は解消することになってるから」


 唯一の反撃の手立てを封じられたオレは、「うぐぅ……」と唸って、仕方なく白旗をあげる。


「わかったよ…けど、すぐに約束を果たしてみせるからな!」


 なかば意地になって、そう答えると、彼女は笑みを浮かべたまま、「そっか〜」と、つぶやいたあと、


「ちなみに、ここに、もうすぐクラス委員の男子と別れて、転校後のクラスで寂しく過ごす予定の女子がいるんだけど……ムネリンは、こんな女の子のことを放っておくつもり?」


そう言って、オレの表情をジッと見ながら、こちらの反応を楽しんでいるようだ。


「リッちゃんが、本当にツラい思いをしてるなら、いつでもチカラになるさ」


 精一杯の判断でそう答えると、リッカは、少し伏せ目がちに、


「そう…もし、そんなときが来たら、よろしくね」


と返答したあと、ニコリと笑って、


「そろそろ、朝のホームルームが始まりそうだし、教室に戻ろっか?」


と、提案してくる。


 彼女の申し出に、うなずいたオレは、心のなかでため息をつく。


(リッちゃんと話せたことは良かったけど…もしかして、オレって、ただイジられるだけの運命なのか?)


 そんなことを考えながら、階段を下り、ふたたび教室に続く廊下に戻ったときだった――――――。


 ドンッ!


と、右半身に衝撃を感じ、ヨロヨロと、よろけそうになるのをなんとかこらえると、


「キャッ!」


という声とともに、尻もちをつく女子生徒の姿を確認し、階下から階段を駆け上がってきた勢いでぶつかって来た相手が、自分たちのクラスメートだということがわかった。


「おっ、大島! 大丈夫か!?」


 自分の中では、相手にぶつかられたという認識ではあるのだが、床についたまま立ち上がれないでいる大島睦月おおしまむつきに目を向けると、彼女を立たせようと手を差し伸べる。

 よく見ると、彼女の瞳には涙が浮かんでいた。オレのような、スポーツをしていないヒョロガリな体型でも、女子にとっては、涙が出るほどの衝撃だったのか…と感じて、


「すまない……ちょっと、考え事をしていたから……」


と、申し開きをしながら、彼女の手を取って、立たせようとするのだが、彼女はフルフルと首をヨコに振り、床から立ち上がろうとしない。


「どうしたんだ? 保健室に行くか?」


 そうたずねても、なおも、大島は首を振るばかりだ。


 そばにいた女子生徒に助けを求めようと、リッカに視線を送るが、彼女も肩をすくめて、対処の仕様がないことを暗に示す。


 そして、廊下に座り込んだままのクラスメートは、、大粒の涙を流して、オレにこう言い放った。


「立花、どうしよう……私、きた先生にフラれちゃった!」


「な、なんだって!?」


 衝撃の発言に、思わずオレは声を上げる。

 ただ、幸運なことに、始業時間直前のためか、廊下に連なる階段の周りに生徒や教師の姿は見えなかった。


 その状況を確認して、オレは心の底から安堵する。

 学年でも三本の指に入る容姿を持ち、隠れファンも多い大島睦月の失恋話となれば、アッという間にウワサが広まってしまうのは、火を見るよりも明らかだ。


 しかも、その相手が、教師とあっては、そのウワサに、どんな尾ヒレが付くか、わかったモノではない。


「大丈夫だ、大島。幸い、近くに他の生徒は居ないし、いったん、落ち着こう」


 大島睦月に、そう話しかけると、彼女は、だまってコクリ、とうなずく。


「とりあえず、彼女の話しを聞いてあげたら?」


 そんな提案をしてくる幼なじみに、


「大島が話してくれるならな」


と、条件付きで、その申し出を受け入れる。


(話を聞く場所は――――――あの店しかないよな……)


 先日、自分の幼なじみにフラレた、と勘違いして号泣していたクラス委員の姿を思い出しながら、


(武甲之荘のコメダ珈琲って、予約は出来たっけ?)


と、あとでスマホで検索しておこうと考える。


 そのかたわらで、さっきまでオレをイジっていたクラスメートは、


「早速、機会に恵まれるなんて……すごい引きね、ムネリン」


と言ったあと、


「それじゃ、お手並み拝見をさせてもらおうかな?」


と、つぶやいてクスリと微笑む。


 こうして、オレは、二人目のダメヒロインの失恋トークに立ち会うことになった……。


 思えば、そもそもは、幼い頃に交わした約束を果たそうと、行きつけの喫茶店で号泣するクラス委員の女子生徒の復縁にチカラを貸そうとしたことが発端なのだが……。


 そのことをきっかけにして、予想もしないことに、教室内ぼっちだったオレが、クラスメートと親密に話し合う機会が増えてきた。


 季節は、そろそろ、春が終わり、梅雨前線が居座りそうな時期になろうとしている。

 これから、熱い季節になりそうだ――――――。

 そんな予感がした、5月の終盤の出来事だった。

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