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第5話


「海っ……止めて!」

「え、止めてって?」

「今すぐこれ止めて!」

 憩は慌てて閉められたゲートをよじ登り中に入る。海は入口ゲートにある人ひとりが入れるサイズの作動ルームに入り、緊急停止ボタンを押した。

 赤い斑点のある人参の馬車を覗いた憩は思わず息を呑んだ。


「園長……」

「おーい、憩、オレ緊急停止ボタン押しちゃったけど良かったのかなぁ?」

「……死んでる」

「え?」

「園長が死んでる」

 人参型の馬車の中で腹部から血を流した国定が無理やり座席に座らされていた。

「嘘だろ……」

 海も言葉を失っている。なぜ、何が起こった。どうして急にアトラクションが作動した⁉️ なぜ園長が⁉️ 混乱する憩を海が呼ぶ。

「憩、あそこだ!」

「えっ……」

 海が指差す方向のライトが突然ついた。そこにはいつも元気いっぱい、ラビパの人気キャラクター、ラビタンの着ぐるみを着た誰かが立っていた。血まみれのナイフを持って。

「あいつだ!」

 海がラビタンのいる方向に向かおうとすると、ラビタンは動き出してどんどん消えていく。あそこは階段だ。丘陵地に建設されたラビパにはいくつか階段もある。ラビタンが階段をおりていく。階段の下は……。

 ラビタンゴーラウンドから階段まではおおよそ八十メートルほどであろうか。海が全力で駆けていく。憩も後を追う。ゲートを飛び越えてなので階段の上にたどり着いたが、階段の下には誰もいない。

「くそっ、逃げたか……」

 その時だった。背後からドーンという音がした。振り返ると花火があがっている。

「花火⁉️」

 おかしい。すべてがおかしい。混乱する頭で憩はポケットに入れてあったスマホを手にして110番をダイヤルする。


 花火は全部で五発あがった。事務所にいた小林も花火の音で慌てて外に出たという。パトカーが数台やってきて、状況を確認している。

 憩は震えていた。国定が目を見開いて血を流している姿が脳裏にやきついて離れない。それに憩が震えていたのはもう一つ理由がある。人参型の馬車に手をついた時に付着した血液にまだ温もりを感じたからだ。つまり、国定は殺されて間もない状態であった。


 誰が殺した? このラビパにいたのは憩、海、小林、たったの三人だ。外部からの侵入者の可能性もあるが、憩の中でいやな仮説が頭をよぎる。

 小林がウサギを殺した。小林が園長の国定を殺した。でも待てよ……。憩が目撃したラビタンの着ぐるみは確か身長制限があったはずだ。そんなことを考えているうちに警察が憩の前に現れた。といっても自分の兄だが。

「憩、話を聞かせてくれ」

 憩と海は事務所でありのまま見たままを優に伝えた。


「なるほど、それで着ぐるみは階段をおりていって、追ったけど消えていたと」

 優がメモを取っている。

「それから花火があがったんだな?」

「そうっす。突然花火が上がったからびっくりした」

 青白い顔をしている憩に対して海は意外と冷静だ。

「憩、大丈夫か?」

 優にそう声をかけられて、はっとする。

「死体を見たんだもんな、そりゃショックだよ……」

 優の眉が下がる。自分の兄はこんな仕事をしているのか……。今まで意識したことがなかったが、刑事なら殺人事件だって担当するのであろう。

「今日はもうゆっくり……」

 優がそう言いかけた時、事務所の扉が勢いよく開いた。

「来て、来て!」

 真っ青な顔で飛び込んできたのはスタッフのアキさんだ。

「アキさん!」

「ねえ、お願い……来て」

 アキがどうして遊園地内に残っていたのかは不明だが、憩、海、そして優がアキに先導されるがままに遊園地の売店の方へ向かった。売店は全部で三つある。お土産やキャラグッズが並ぶ店舗の一つに灯りがともっていた。

「ほら……」

 アキが指差す方向を見て一同は悶絶する。

 ショーウインドウの中、光があたっているそこにたくさんの風船が見えた。いつも園内で販売しているヘリウムガスが充填されている風船だ。その風船の紐が人の首に巻き付いている。帰宅したはずの最潮奈央だ。彼女は白目を向いて泡をふいている。いつも明るいその人は代わり果てた姿で座り込んでいた。いくらヘリウムガスの風船を巻き付けていても人間の体重では浮くことはない。その屍の上にふわふわと浮いている風船たちはラビタンとラビリスのイラストが描かれている。時刻は午後十一時だった。


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