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第4話

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 脇に挟んだ体温計のアラームが鳴る。

「三十八度……」

 憩は悲しみと怒りを覚えていた。金田から聞かされたウサギの状態はとても口にできるものではない。耳が切り取られたウサギ、内蔵をえぐられたウサギ、顔をつぶされたウサギ、五羽とも死後五日ほど経っているのだろうか、腐敗が始まっていた。

 あまりに残忍な犯罪に全国からマスコミが押しかけてきて、本日

ラビパは臨時休業に追い込まれている。

 ウサギは物として扱われる。英語だとHEとかSHEではなくITである、そんなことは知っている。

 憩はベッドの中で一人涙を流していた。


 十六日より営業を再開したラビパでは、ふれあい広場の前に献花台が用意された。

 多くのお客さんが花を手向けて、献花台はすぐに山のように花で溢れた。中にはウサギ専用のペレットやスポーツ飲料まで置かれている。

 ラビパは報道により日本中に知れ渡ることになった。お客の数が減ったようには思えないが、憩は心に傷を負っていた。

 いつも通りじゃぶーんうさこの乗り場で受付を行うが明るい声が出ない。

「西田さん、もっとハキハキとして」

 一緒に受付をやっているベテランバイトの工藤さんに注意されてしまう。


 市長は相変わらずご立腹なのかパレードからもんたんの姿が消えてしまった。それでもパレードが見たいという要望が多く寄せられたので、ラビタンとラビリスが先導してパレードは行われる。

 あれから国定はずっと不機嫌だ。仕方あるまい、市長から寄贈されたウサギが殺されたのだから。

 午後五時、いつも通り事務所でパソコンの前に向かう憩は隣にいる小林をチラリと見た。


 この人は何を考えているのだろうか。ウサギが亡くなって悲しいのだろうか。いつも飄々として心の読めない小林に少し嫌悪感を抱く。


 サマータイム営業で八月中は夜の八時から花火があがる。

花火終了後、九時に閉園で、ラビパは一日の営業を終える。九時以降は事務作業や掃除の時間だ。

「警察は音沙汰なしなのか?」

 突然国定が口を開いた。

「そうみたいですね。ウサギ殺害ごときよりもっと解決しなければならない事件があるのでしょうか」

 小林の返答にワナワナしている国定。

「ええい、警察め」

 国定がズカズカと足音を立てて事務所から出ていった。入れ違いに最潮が入ってくる。

「あの」

「どうしましたか?」

「献花台にフルーツとか供えてくださっている方がいるけど、腐ってハエがたかってるわ……」

「ああ……」

 小林はそういえばという感じで返す。

「そうですね、あの献花台もいっぱいいっぱいですから一旦全部回収した方が良くないスか?」

 今日は事務所に海もいる。

「そうだな、真夏だから腐敗もするか」

 考え込む小林。確かに憩がさっき五時前に献花台の前を通った際に供えられている花たちは高温でしおれていた。

「西田」

「はい」

 突然呼びかけられた。

「今やっている作業が終わったら海と手分けして献花台の花やらすべて回収してくれ」

「わかりました」

 時刻は午後九時三十分、普段なら最潮はこの時間とっくに業務を終えて帰宅しているが、この日は久しぶりの営業日ということもあり残業をしていた。

「小林さん~、私はもう帰っていいですか?」

 最潮が少し甘えた声で問う。

「そうだな、残業お疲れ様」

「では、お先に失礼します~」

 相変わらずフローラルな香りを残して最潮は事務所を去った。

 十時十分、事務作業を終えた憩は海に声をかける。

「海、いける?」

「おお」

 二人とも勤務は十時までだが、残業ということになる。

「西田、海、悪いな。リアカーを引いてその中に全部献花台の中のものを入れて帰ってきてくれ」

「わかりました」

 夜の遊園地は少し不気味だ。と憩はいつも思う。役目を終えたアトラクションたちが静かに眠る中、海と二人でリアカーを引いてふれあい広場へと向かう。ラビパは平坦な土地に立地されているのではなく、山のなだらかな斜面を切り開いて建設された。なので園内には坂道も多い。

からでも結構重いよなぁ、憩、ちゃんと押してくれ」

 リアカーを引いている海の腕は逞しい。

「押してるよ~。海こそ農作業で鍛えてるでしょ」

「このリアカー何キロあんだよ」

 いつもは園内の樹木や花壇の手入れの際に使用しているリアカーはかなり大きい。

「なぁ憩」

「何?」

「お前の兄ちゃん、刑事なんだろ。ミミたちを殺した奴を捕まえるようにお願いしてくれ」

 言われなくても私もお願いしたい。と憩は心の中で叫んだ。

「わかったよ。でもお兄ちゃんはすごく忙しいみたい」

 兄の優の顔を見るのは一ヶ月のうち二、三回ほどである。

「悔しいよなぁ」

 海の言うとおり、悔しくてたまらない。何の罪もないウサギたちを無惨に殺した犯人が許せない。


 二人はラビタンゴーラウンドの前にやって来た。いわゆる、メリーゴーラウンドなのだが、馬ではなく乗るのはウサギ、そして人参をかたどった馬車だ。

 空は透き通って雲一つない。明日も快晴で暑いのだろうか。そう思った途端、突然目の前が眩しくなった。

 ラビタンゴーラウンドの光が点滅して突然乗客もいないのに回り始めたのだ。

「うおっ、なんだなんだ⁉️」

 海も驚いている様子だ。赤、黄色、緑のライトが光り、楽しそうなウサギたちが回る。その様子を呆然と見ていた憩だったが、違和感に気づいた。

「海……誰かいる」

「誰かって誰?」

 とぼけた声を放つ海をよそに、憩はラビタンゴーラウンドに近づく。人参の馬車に赤い斑点が見える。

「えっ……」

 憩が目にしたのは信じられない光景だった。


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