「3点だな」
今回の任務の報告書に目を通すと、ほとり支部長は不気快そうにそう言った。
「5点満点中ですかね?」
「本当にそう思っているのか?」
「いえ……」
ですよね。
10点中3点か。
かなり低いが仕方ない。
今回はかなり行き当たりばったりだったし、支部長から渡された切り札のおかげで任務を達成できただけで、結局はオレ自身は何もできなかった。
「100点満点中だ」
「思ったより低かった!?」
えー。
それ赤点どころじゃないんじゃねーか。
逆に3点もらえたところを知りたいくらいだ。
「ちなみに3点は生きて帰ってきたところだ」
「低っ!」
ちゃんと結姫も無事で一緒に帰ってきたんだぜ。
もっと評価されてもいいと思うんだが。
「結姫くんは全治3週間。とてもではないが無事とは言えんな」
「……」
そう言われるとぐうの音も出ない。
結姫には本当に悪いことをしたと思っている。
これでも反省してるんだぜ?
にしてもどうして支部長も結姫も、オレの思考を読めるんだよ。
なんか頭の中に変なチップとか埋められてないだろうな?
「それでは久しぶりに反省会をしようか」
「えー。ダルイっつーか、傷口に塩を塗られるっつーか、とにかくいいもんじゃないっすね」
「ふむ。では戦闘訓練の方にしておくか」
「反省会やりたいっす! お願いします!」
冗談じゃねえ。
下手すりゃ、結姫よりも重傷にされちまう。
「まずは、最初の失態はどこだと思う?」
「え、えーと。いきなり源五郎丸のところに行ったこと……?」
「ぶぶー。正解は生まれてきたところだ」
「そこからかよ! てか、生まれてきてごめんなさい」
「冗談冗談」
支部長は手に持っているココアに、さらに角砂糖を2個入れてから一口飲む。
うげー。
あんなの砂糖の味しかしねーんじゃねーの。
「けいちゅけ少年の失敗は、異世界に行く前から始まってる」
「え? なんでっすか? ちゃんと源五郎丸の特徴とかスキルとか調べてから行きましたよ? 支部長も知ってますよね?」
「で? スキルはなんだった?」
「使役ですけど」
「ふむ。なら、調べるのは対象者だけでは足りないだろう?」
「……」
そう。
正直、それはわかっていた。
使役ということは、その世界の生物を呼び出せるということ。
それなら、呼び出せるであろう生物のことを調べておけば、対応することができる。
なんなら、予め、呼ばれることを前提とした作戦を練ることが可能だ。
「けど、支部長。あの世界にどれだけの生物がいると思ってんすか? 把握するだけで3日はかかっちまう」
「けいちゅけ少年。対象者は既に魔王を『倒して』いるんだ」
「……あっ」
ああー!
そうだった!
てか、あっちに行ってからすぐ気付いたじゃん。
魔王を倒している時点で、可能性は2つに絞られる。
1つ目は『魔王よりも強い』生物を使役しているということ。
魔物の王である魔王よりも強い生物なんて、1体か2体いるかどうかだ。
そして、もう一つは今回の任務のように、魔王そのものを使役しているパターン。
どちらにしても、1時間もあれば調べられる。
リスクを考えれば、1時間を怠るべきじゃないし、逆に把握しておくべきだろう。
「けいちゅけ少年がそのことに気付いていれば、最初で対象者を捕まえられただろうな」
「ぐぬぬ。……ただ、支部長。その時点で使役しているのが魔王だとわかっても、対応策を練るのはちょいと厳しくないっすか?」
「本当に? そう思う?」
クイッとココアを飲み干す支部長。
対応策を練るのは可能なんだろう。
現に支部長は対応策を考え、結姫にマタタビを渡していた。
「なんでわかったんすか? あの魔王のドラゴンが猫の習性が混じってるなんて」
「情報部に問い合わせた。親がどんな魔物かをな。そしたら母親の方が巨大な猫型の魔物だった」
「……わかってたなら、なんで教えてくれなかったんすか? そのせいでこっちは死にかけたんすよ?」
「それだよ、けいちゅけ少年」
支部長は空になったマグカップをオレの前に置いた。
どうやらお代わりをご所望らしい。
しょうがねーな。
オレはマグカップを手に取り、キッチンへ向かう。
戸棚からココアの粉を出し、マグカップにスプーン三杯入れる。
「砂糖とミルクたっぷりで」
「わかってますよ」
どんなにたっぷり入れても、どうせさらに砂糖を足すくせに。
サーバーからお湯を注ぎ、砂糖とミルクをドバドバと投入する。
そしてそれを支部長の前に置く。
「ん」
手に取り、一口飲むと近くにある瓶から角砂糖を2個ほど追加した。
「……で、どれっすか?」
「相談されれば、もちろん教えていた。だが、調べもしない、気付こうともしないのに教えてくれなんていうのは、弛んでいる証拠じゃないのか?」
「……言葉もないです」
「最近は対象者のスキルを調べ、そのスキルの対策を練り、すぐに任務を達成してきた。だが、逆にそれが慢心になってしまったようだ」
支部長の言う通り、舐めていた。
使役のスキル持ちなら、本体は大したことない。
ならば使役した魔物を呼び出す前に倒せばいい。
例え、常に呼ばれた状態で近くにいたとしても、ある程度、相手に近付いてしまえば勝てる自信があった。
――そう思った結果が、あのザマだ。
「けいちゅけ少年。思考だけは止めるな。考え続けろ。それこそが君の、最大で最強の力だ」
「……はい。肝に銘じておきます」
「でも、まあ、人質を見つけられたのは評価できる。そこは10点だ」
あれ?
オレの点数3点じゃなかったっけ?
採点、ガバガバすぎね?
「なんであそこにいた猫が人質だと気付いたのだ?」
「偶然の要素も大きいんすけどね。一番デカいのが、あいつの反応。なんでこんなところにいるんだって顔してたっすから」
「なるほど」
「それでも、その前に気付こうと思えば気付けたはずなんだ」
「というと?」
「源五郎丸が猫を集め始めたのは、オレたちが行った日からだ。それだけだと偶然かもしれねーけど、やり方が結構強引だった。怪しいほどに」
「ふむ」
「あの宮殿の中に人質はいることはわかっていたし、それなのに誰もそれらしい者を見た人間はいなかった」
ここまではすぐに辿り着けていた。
ただ、あと一つ、ピースを埋められなかった。
「で、宮殿に忍び込んだ時、あの猫に会ったんだ。ダメ元で結姫を知らないかって聞いたら歩き出した」
「ほう。けいちゅけ少年にしては、随分とメルヘンチックなことをしたな」
「うぐっ! 放っておいてくれ」
「それで?」
「猫がオレの前を歩いていたら、兵士に見つかったんだ。けど、見つかった原因は――オレだった。兵士は猫を狙っていた。なのに、猫よりもオレの方に気付いたんだ」
「なるほど。そもそもけいちゅけ少年に会うまでに宮殿内をウロウロしていたわけだしな」
「ああ。つまりあの猫を、兵士たちは見えてなかったんだ」
「そんなことができる猫。イコール魔王の娘と結び付けられるというわけだ」
「そういうこと。あと言い訳させてもらうと、さすがにあの状況でそこまで頭を回すのは難しいぜ」
「それでも気付くべきだったな、けいちゅけ少年」
「……はい。精進します」
そのあと、支部長に色々とダメ出しをされた。
おまけに一週間の戦闘訓練が追加になった。
反省会やった意味ね―じゃん。
まあ、どちらにしろ、結姫が治るまで任務ができないからいいけど。
事務所を出て、時計を見る。
まだ時間があるな。
そのまま、結姫が入院している病院へ向かった。
貸し切りの個室。
そのベッドでは結姫が落ち込んでいる。
「よお、結姫。どうだ、体調は?」
あえて明るく言ったのに反応がない。
源五郎丸に気絶させられたことを引きずってるのか。
それともオレに助けられたことが気に食わなかったのか。
……どちらもか。
いずれにせよ、納得できていないのは確かなようだ。
「……もう何もかもどうでもいい」
「随分と病んでるな。そんなにか?」
「あのモフモフの子」
「モフモフの子? ああ、魔王の娘か?」
「私に懐いてたんじゃなくて、マタタビに釣られただけだった……」
「落ち込むとこ、そこかよ!」
思わず病院で叫んでしまったのだった。