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第20話 任務の対象者はJKだと!?

 はあ。体が重い。

 正確に言うと、気分が滅入っていて足取りが重いという感じだ。


 前回の任務から10日が過ぎた。

 その間、オレはずっと支部長の拷問――もとい戦闘訓練を受けてきた。


 昨日はリザードマンの群れ。

 その前はどっかの異世界に住むギガーとかいう影のような化け物。

 さらその前は、どっかの異世界の騎士団長。


 連日の激戦の中、今こうして生きていることが不思議なくらいだ。

 下手をしたら、前回のドラゴンとの戦いよりもしんどかったかもしれない。


 しかも、任務じゃないから給料は出ない。

 ご褒美として貰えるのは脳髄が痺れるほど甘ったるいお菓子。

 もうご褒美っていうか逆に毒の耐久力をつけるための訓練じゃないかって思うほどだ。


 ザ・ブラック!


 とにかくこの10日間、オレは支部長にイジメられ続けていた。


 今日は一体、何と戦わされるんだろうか。

 考えるだけで気が滅入ってくる。


「ちーっす。お疲れさまでーす」


 気分を上げるために無理やり明るい声で事務所のドアを開け、応接室へと向かう。


「恵介くん、遅い」


 現在の時間は午前11時半。

 土曜日で、しかも訓練のつもりで来たのでこれくらいの時間になってしまった。

 別に支部長に時間は指定されてなかったし。

 一晩じゃ疲れが取れねーんだって。

 事務所に来ただけでも褒めてほしいくらいだ。


 ――というか。


「あれ? 結姫? 怪我はもう大丈夫なのか?」

「3日前には退院してた」

「そうなのか。けど、あんま無理すんなよ」


 全治2週間だって話だったのに、半分の期間で治したのか。

 さすが結姫だ。

 まあ、無理して出てきたという可能性も高いが。


 にしても結姫の性格上、退院したんならすぐに事務所に来るかと思ったんだが珍しいな。


「支部長に出勤を止められてた」

「思考を読むんじゃねー!」


 まさかオレ、思ったことを知らずに口に出してるとかそんな痛いことしてねーよな?

 それか結姫はサトリとかいう、心を読む妖怪なんだろうか。


「失礼ね」


 はい。サトリ決定。


「恵介くんの思考が読みやすいだけ」

「ホントでござるかぁ?」


 タイミングが恐ろしいくらい合ってるぞ。


「まあ、いいや。とにかく結姫が出勤してるってことは……」

「うむ。任務が入ったぞ」


 キッチンの方からココアの入ったマグカップを持って、支部長がやってくる。


 結姫しかいないときは自分で淹れるのにな。

 もしかしてオレのこと召使いとか思ってるんじゃねーだろうな。


「そんなことはないぞ。考えすぎだ」


 もうヤダ、この職場。

 みんなでオレの思考読むんだから。


「よっこいしょ」


 支部長は椅子に座り、ココアを一口飲んだ後、こっちに向かって手招きをする。


「けいちゅけ少年。結姫くん。こっちに来たまえ」


 結姫と顔を見合わせてから、支部長の机に向かう。

 ガラガラと引き出しを開け、書類を取り出して机の上に置く支部長。


 おそらく任務内容が書かれた指令書だろう紙に手を伸ばす。

 が、一瞬で紙は視界から消えて、結姫の手元に納まっていた。


 早い。

 まるでカルタの名人か、一流のスリ師のような動きだ。

 いっそ、エージェントじゃなくスリの道に進めばレジェンド的な存在になれたんじゃないだろうか。


 女スリ師。

 なんかその言葉だけでゾクゾクするぜ。


「恵介くん、後で折檻するから」

「……」


 結姫の前でうかつなことを考えるのは止めよう。



「今回の任務は……調査?」


 一通り指令書を読んだのか、顔を上げて支部長を見る結姫。

 支部長は机の上の瓶から角砂糖を1つ摘まんでココアに落とす。

 それをスプーンでゆっくりかき混ぜながら頷いた。


「そう。今回の任務はちょっと特殊だ」

「どういうことっすか? てか、結姫、オレにも指令書見せてくれよ」

「恵介くん、見ても読めないでしょ」

「うっ!」


 いや、だってその指令書って変に小難しく書いてあんだもんよぉ。

 絶対、相手に読ませる気ねーだろって感じだぞ、実際。


「資料なんて全部こんな感じだから」

「あの……結姫さん。ホント、思考読むの止めてもらえませんかね?」


 支部長がココアをゴキュゴキュと飲み干し、袖で口元を乱暴に拭う。


「今回の任務は……いや、今回からの任務は今までよりも1つランクが上がると思ってくれ」

「はあ!? 急になんでっすか? あ、わかった! イジメってやつだな?」

「前回の任務達成で大きく評価が上がったのだ」


 思考を読まれるのは嫌だけど、スルーされるのも地味に悲しいな。


「……評価が上がった?」

「うむ。魔王を使役した勇者を返還したんだからな。しかも魔王の娘も救出し、人間と魔物たちの関係性も、最小限の干渉で解消したというおまけ付きだ。上がらん方がおかしい」

「はっはー! まあねー! オレたちにかかれば、チョロい任務だったぜ」


 まあ、実際は偶然と支部長のおかげだったんだが。


 隣の結姫の顔が僅かに、本当にごく僅かに緩んでいる。


「よかったな、結姫くん。夢にまた一つ近づいたわけだ」


 コクリと頷く結姫。


 そういや、結姫がこの仕事をしている理由を聞いたことがなかったな。

 なんか淡々と仕事をしているから、目的もなくやってるだけだと思ってた。


 けど、考えてみれば高校生がわざわざこんな危険な仕事を、理由もなくやるわけないよな。

 オレだって理由がなければここで働いてたりはしなかっただろうし。


 人にはそれぞれ事情がある。

 それを聞き出すことは無粋だ。

 結姫の夢ってんのがなんなのかわからんが、協力できるならしてやろうじゃねーか。


「とはいえ、喜んでばかりもいられないぞ。なにしろ、評価が上がったということはそれだけ危険性が増す任務が来るということだからな」

「……ですよねぇ」


 あー……。

 結姫には悪いが、オレは評価なんて上げたくなかったなぁ。

 最低評価で楽な任務を温くやってたいタイプなのだ、オレは。


「任務の概要を簡単に言うと、転生した勇者を探してこい、というものだ」

「勇者を探す? どういうことっすか?」

「そのままだ。転生したはずの勇者が行方不明になったから探し出してほしいというわけだ」

「んん? そんなのその世界の敵に殺されたとかじゃねーの? 無い話じゃないだろ?」

「うむ。その場合は死んでいることを確認することが任務になる」

「ちょっと待ってくれよ。機関の仕事って、調子に乗った勇者をボコって連れ帰すことだろ? 勇者の生死なんて関係なくねーか?」

「それは解釈が違うな、けいちゅけ少年。機関の目的は異世界に影響を与えないことだ」

「よくわかんねーな」

「異世界に行った人間はスキルに目覚める」


 今まで沈黙していた結姫が口を開いた。


「異世界に行った転生者を返還するのは、その目覚めたスキルを回収するということ」

「あー。なるほど?」

「スキルを使用することで、その世界に影響を与える。それを阻止するということ」

「なんとなくわかった気がする。……で、それが今回の任務にどう繋がるんだ?」

「転生者が持つスキルを何者かに取り込まれた可能性も考えられる」

「正解だ、結姫くん」


 そう言いながら支部長が顔をしかめて目頭を揉んでいる。


「その世界の者に取り込まれた場合は最悪だ。劇的にその世界の状況が一変しかねない」

「あ、そっか。そいつを排除するってなれば、思い切りその世界に干渉することになるもんな」

「そういうことだ。そいつはその世界の存在なんだからな。それを消すとなれば、機関の目的である異世界に影響を与えないというものと矛盾してしまう」


 なるほど。

 だから、敵にやられて死んだという方がまだいいというわけか。


 とにかく勇者がどうなったのか、それを調べるのが今回の任務ってわけだ。


「当然ながら、エージェントはあちらの世界の魔物なんかと戦ってはならない。前回の任務のような場合は例外としてな」

「うわー! それって超めんどくせー任務じゃねーかよ」

「だから、そう言ってるだろ」

「うっ! 支部長。急に腹痛が……。今回の任務はパスさせてもらっていいっすか?」

「おお? そんなことを言っていいのか、けいちゅけ少年」

「悪いが、今回の任務は断固拒否するぜ。ぜってー行かねえ」

「今回の転生者は女性だ。しかも高校生。JKってやつだな」

「行きます!」


 右手を高々と上げる。

 隣の結姫が、まるで汚物を見るような目をオレに向けていたのだった。

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