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第21話 下調べはホント大事!

「随分と態度が違うのね」


 結姫がため息交じりをつきながら、白い目でオレを見ている。


「うっ! そ、そうか? いつもと同じだと思うぜ?」

「……そう」


 興味をなくしたのか、結姫はオレから顔をそらした。

 これ以上突っ込まれないと思えば、まあいいか。

 それはそれでちょっと悲しい気もするが。


 とはいえ、久しぶりの女の転生者で、しかも高校生。

 そりゃテンションも上がるってもんだ。

 私的なことで結姫には悪いが、任務は任務。

 付き合ってもらうぜ。


 それはそうと転生者は今、行方不明って話だ。

 急いで行ってやらねーとな。


「よし! 結姫、すぐに行くぜ! 準備はできてるよな?」

「けいちゅけ少年」


 オレの浮ついた気分を打ち砕く、支部長の低く重い声。


「もう1週間、訓練を追加するか?」


 その声には、わずかに怒りと殺気が含んでいる。


 一瞬でオレの頭が冷えた――いや、冷静にさせられた。


 そりゃそうだ。

 この1週間の訓練と前回の失敗を無にしようとすれば、ブチ切れるのは当たり前だろう。


「ほ、本部に寄っていきます」

「いいか、けいちゅけ少年。焦りは思考を鈍らせる。常に『今』に集中しろ」

「……うっす」

「帰ったらココアを淹れてやろう。とびっきりの甘いやつをな」

「……コーヒーがいいっす。ブラックの」


 そしてオレたちは任務地である異世界に行く前に、久しぶりに本部に向かうのだった。



 異世界秩序機構。

 異世界に転生した人間が、その世界に過剰な影響を与えないよう管理する機関だ。

 正義も悪もなく、ただ規則を守るだけ。


 例えば、その世界が魔物によって滅ぼされようとしていたとしても人間側について戦うことは許されない。

 逆に人間が魔物を奴隷化して支配していたとしても、その魔物を助けることもない。


 エージェントの役目は、転生者を捕まえて元の世界に戻すことだけだ。


「それにしても、本部ってわかりづらい構造だよな」


 最初、異世界を行き来するエージェントを管理している本部は、近未来的な建物を想像していた。

 だが、実際に目にしたのはまったく違った。


 イメージ的には古くてデカい市役所って感じだ。

 コンクリートの壁と床。

 ポスター一枚なく、実に殺風景だ。

 案内板には「何階に何課があるか」だけが書かれている。


 無限に存在するとも言われる異世界を監視し、エージェントを管理すrための機関だ。

 だから、さまざまな部署があるのは理解できるが、無作為に増設されたようで、全く整理されていない。

 同じ情報部でも担当区域が違うと、階がバラバラだ。


 確か、全部で150階くらいあると聞いたが、数年前まではエレベーターもなかったらしい。

 エージェントとして働くには、いろいろ大変だったことだろう。

 その時代にエージェントをやってなくて、本当によかったぜ。


「えーっと……」


 看板を見ながら唸っていると隣にいる結姫がポツリと呟く。


「43階」

「お、サンキュー。って、今、9階だからもっと上かぁ」


 エレベーターがあるって言っても小さいし、3台しかないから時間かかるんだよな。

 下手をしたら階段で行った方が早いかもしれない。

 早く任務に出たいし、迷っている時間はあまりない。

 階段で行くか……?


「け、い、す、け、きゅーーーーん!」


 遠くからオレを呼ぶ声が響く。


 この声は……ヤバい。


 慌てて身構えたが、すでに遅かった。

 気付いたときには、眼前に巨乳が迫っていた。


「ほげーー!」


 避ける暇もなく、巨乳に轢かれて吹っ飛び、壁に叩きつけられる。

 顔面には柔らかい衝撃による余韻が残り、後頭部には固い衝撃の激痛が走った。


 なんだ、これ。

 どっちも痛い。

 断言できる。


 巨乳は凶器だ。


 やはり巨乳は轢かれるより揉むに限る。


 そんな巨乳をバインバインと揺らしながら、その加害者が駆け寄ってくる。


 彼女の名前はシャルロット・ラヴァル・シュヴァリエ。

 オレたちと同じ機関のエージェントだ。

 金髪でサラサラと長い髪で、目がパッチリとした可愛らしいタイプの美人。


 歳はたぶん、オレと同じが一つ下くらいだろう。

 聞いたことがないから、正確な年齢はわからんが。


 ちなみに、シャルのスキルは瞬間移動。

 だから、一瞬で目の前に現れたわけだ。


「きゃー、大変! 鼻と頭から血が出てるよ! すぐにホテルに連れ込まないと!」

「そこは病院だろ!」


 突っ込みを入れたいが、頭部に受けた衝撃で視界が揺れていて腕が上がらなかった。


「大丈夫? キスしようか?」

「……結姫、助けてくれ」


 視線を向けると、結姫がまるでゴミを見るような目でオレを見降ろしていた。

 「なに鼻の下伸ばしてるの」と言わんばかりの表情だ。


 オレのせいじゃねーだろ。

 こっちは被害者だぞ。


「よし、わかった! とりあえず結婚しよっか」


 なにがわかったのかわからんが、こっちが動けないことをいいことに、指輪を嵌めようとしている。

 前にオレの世界の結婚の形式をしつこく聞いてきたのは、こういうことだったのか。

 わざわざ指輪を用意してくるとは。

 てか、なんでオレの指にピッタリ合うんだよ。

 目視で測ったとしたら、すげー能力だ。


 なんてことを考えている場合じゃない。

 結姫が助けてくれないなら、気に食わないがアイツの方に助けを求める。


「ユーグ。何とかしろ」

「貴様を助けて、私に何か得があるのか?」

「このままだと、オレが弟になっちまうぜ、お兄ちゃん」

「……シャルロット。早く離れろ」


 シャルの後ろに立っている、ヤツの名前はユーグ・ラヴァル・シュヴァリエ。

 金色の短髪で、長身イケメン。

 シャルの兄貴であり、シャルの機関でのパートナであり、何とかという世界の王子だ。

 世界の名前は忘れたが、国名は確かサーンク王国だった気がする。


 当然だが、ユーグの妹であるシャルは姫ってことになる。

 一国の姫が勝手に他の世界の人間と結婚したら大騒ぎになるんじゃねーのか。


 まあ、結婚なんて言ってるのは冗談だろうが。


「シャルとケイスケとの仲は、お兄ちゃんにだって引き裂けないんだから!」

「ふん。そんなヌル(無能者)の何がいいんだか」


 ため息交じりに、両肩を上げて馬鹿にしたような表情をするユーグ。

 ホント、嫌なヤツだ。


 だが、ユーグが結姫を見ると、表情が一変した。


「やあ、ユイヒメさん。お久しぶり。これから私とティーでも一緒にどうだい?」


 ニコニコしながら結姫にすり寄っている。

 すり寄られた方の結姫の目からはいつの間にか、光が消えていて虚無になっている。

 そして、もちろんユーグの言葉は無視。


「ユ、ユイヒメさん? おーい!」


 結姫の顔の前で手をヒラヒラと振るが、結姫は微動だにしない。


 ある意味すげえ。

 まるでユーグがその場に存在していないかのようだ。


「恵介くん、そろそろ行かないと」


 ユーグを完全に無視し、オレのところへ来て、手を差し伸べてくる。


「あ、ああ」


 結姫の手を掴むと、グイッと引っ張ってくれて立ち上がれた。

 すぐに手を離して、歩き始めてしまう結姫。


「ちょ、ちょっと待ってくれよ」


 まだ少しふらふらしているんだよ、こっちは。

 もう少し手を繋いで引っ張ってくれてもいいじゃねーかよ。


 が、その瞬間。

 右腕をガシッとシャルに掴まれる。


「ダメだよ! ケイスケはこれからシャルと一緒にお父様に挨拶に行くんだから」

「行かねーよ」


 なんとかシャルを振りほどくことに成功するが、今度は左腕をガシッと掴まれる。


「な、なあ、ケイスケ。私はユイヒメさんに好かれてないんだろうか?」

「……すげえな。いつもあの態度なのに、好かれてると思ってたのか?」

「ユイヒメさんの好きなものを教えてくれ。プレゼントする」

「諦めないのか。鉄メンタルだな」

「ああー。でもなぁ。こうやって邪険にされるのもゾクゾクしていいんだがな」

「ただのドMだったか」

「だが、笑顔も見たい。ケイスケ、どうしたらいい?」

「知らねーよ」

「そうだ! 笑顔で踏みつけてもらえばいいんじゃないか?」

「……極まってるな」

「ケイスケはどっちがいいの? 攻めるのと攻められるの」


 シャルが話に乗っかってくる。


「……どっちでもねーよ」

「いいよ。ケイスケが望むなら、シャル、攻めてあげるよ。鞭でもロウソクでも」

「なんでオレがM設定なんだよ!」

「え!? 三角木馬がいいの?」

「……」


 ホント、この兄妹は人の話を聞かねーな。


 オレはシャルとユーグを振りほどき、結姫の後を追うのだった。

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