今回の任務に関しての詳細資料をもらうため、43階にある情報部に向かった。
だが、情報開示には手続きが必要で、まずは総務部で許可書をもらってこいと言われる。
仕方なく27階へ行くと、今度は「君たちの区域の総務部は62階だ」と告げられる始末。
「あー、もう! ホント、面倒くせーな」
「役所なんてこんなもの」
「これって遠回しに『本部には来るな』ってことか?」
「無限の異世界を管理するには、膨大な情報が必要」
「それはわかる。けど、だからってこんなに複雑化させる意味はあるか?」
「逆。ルールを設けたから複雑化しただけ」
「じゃあ、ルールをもっと緩くすりゃいいんじゃね?」
「ルールが甘くなるとイレギュラーが多数発生して、混乱を招く。これだけの情報量があるのに正常に機能しているのは厳密なルールのおかげ」
「それにしても紙で管理する必要はあるか? データでやればもっと簡易化できるんじゃねーの?」
「それは否定しない」
結姫は、まるでテストの答案用紙のように記入欄の多い申請書に、すらすらと必要事項を埋めていく。
俺だったら、これだけ埋めるのに丸々一日かかりそうだ。
「……前にも申請したことあんの?」
「今回が初めてだけど」
その割には淀みなくスラスラとペンを動かしていく。
きっと学校のテストもこんな感じで解いていくんだろうな。
なんて思っていたら、突然、結姫の手がピタリと止まった。
「どうした? 難問か?」
「テストじゃない」
「あ、そうだった」
「ここ。どうする? 何の情報がほしい?」
やべえ。
単に、任務先の世界の情報が欲しいくらいの考えで来たから、そのへん考えてなかった。
考えてみれば、世界の情報の全部を貰ったところで、頭に入れるのに1ヶ月以上はかかりそうだ。
出す方の情報部の人も困るだろうな。
ここはある程度絞った方がいいだろう。
「んー。そうだな。文明の度合いと人間の脅威となり得る存在のデータ、あとは……」
そう。
一番忘れてはいけないこと。
それは――
「転生者のデータだな! どういう顔とかプロポーションとか」
「……」
一気に結姫の視線が冷えたものになる。
「ドスケベ」って言いたそうな目だ。
「ドスケベ」
言っちゃった。
なら、なんで視線でも言ったんだよ。
2回も罵倒すんな。
「いやいやいや。待ってくれよ。そこは大事な情報だろ? どこの誰かもわからない人を探せるか?」
「……確かに。それは同意」
全然納得していない表情で、項目に書き込んでいく結姫。
でも実際、重要な情報だ。
捜索するにも情報はあるに越したことはないし、助ける際にも相手のことが分かっていた方が策も立てやすい。
とはいえ、私情が入っていないかと言えば嘘になる。
申請してから15分後に許可書が発行され、改めて43階へ向かう。
許可書を提出すると「情報が出るまで30分ほどお待ちください」と言われた。
なので、こうして待合室の椅子に結姫と並んで座って待っているというわけだ。
本部に来てからもう2時間は経過している。
早く任務に向かいたいのに。
「いいか、けいちゅけ少年。焦りは思考を鈍らせる」
ふと、支部長の言葉が頭の中で響いた。
そうだ。
急いでも、焦るな。
思考は常にクレバーに。
ミスれば助けられるものも助けられなくなる。
それどころか、また結姫を危険に晒すことになりかねない。
一度、大きく息を吐き、深呼吸をする。
気分を一転させるために隣の結姫に話題を振る。
「なあ、結姫。お前、ユーグのこと嫌いなのか?」
「いいえ」
無表情でそう返してきた。
うーん。嘘くさい。
あの塩対応は絶対に普通じゃない。
だとしたらあれか?
好きな子に意地悪する、みたいなやつか?
……違うな。
結姫はそんな性格じゃないし、あれは好きという感情が一切ない。
それは割と長い間、結姫のパートナーをやってるオレが断言できる。
じゃあ、嘘を言ったかというと、特に嘘を付く理由が見当たらない。
――あ、わかった。
ユーグが嫌いじゃなくて、男が嫌いとかだな。
「人類が嫌いなだけ」
「あー……」
思ったより根が深かった。
範囲デカすぎだろ。
なんだよ、人類が嫌いって。
お前は魔王か何かか?
「いや、これは正しくない。訂正。地球人が嫌いなだけ」
「あんま変わんねーよ」
言われてみれば、結姫が人と楽しそうに話しているところを見たことがない。
とは言っても、本部に来ることは滅多にない。
だから他のエージェントと話すこともないし、異世界では情報収集以外で積極的に話すこともない。
そもそも結姫が他の人間と話す場面が相当少ないから、見たことがないのも当然といえば当然か。
となると、学校でもこんな感じなんだろうか。
確かに同級生とワイワイ話している場面より、教室の隅で一人座っている姿の方が容易に想像がつく。
一緒の学校だったら、また違ったのか?
なんて考えながら――。
「じゃあ、支部長のことも嫌いなのか?」
「ほとりさんは地球人じゃないんじゃない?」
「あ、そっか」
支部長は本部から来た人間だからな。
おそらく違う世界の人間の可能性が高い。
だからきっと、オレたちと味覚が違うんだ。
……そう信じたい。
「ん? そうなるとオレは? オレも嫌いってことか?」
「恵介くんは変態だから」
「なるほど。……って、ちょっと待てぃ! 変態でも地球人だよ! 別区分にするな!」
「そうなの?」
「いや、ちょっと待った。今のは訂正。なしだなし。オレは変態じゃねえ」
あぶねぇ。
自分で変態だと認めるところだったぜ。
「変態も地球人と仮定するなら」
「仮定じゃねえ。事実だ」
「恵介くんだけ。地球人で嫌いじゃないのは」
「……」
あれ?
もしかして、今、オレ告白された?
「嫌いじゃないと言っただけで、好きとは言ってない」
「……さいですか」
おっと。
思考を読まれるのをすっかり忘れてたぜ。
……てか、思考を読まれるのを自然と受け入れてるけど、いいのか、オレ。
「けど、光栄だよ。嫌われてないってだけでさ」
「パートナーだから」
「それって単にパートナー補正がかかって、ギリギリ嫌いじゃないってことか?」
「……恵介くんは凄いと思う」
「へ? な、なんだ、急に」
「恵介くんは無能だから」
「上げて落とすのはなんなんだ? よりダメージを与えるためか?」
「そうじゃない。スキルを持ってないってこと」
「ああ。そっちか」
ユーグはヌルなんて言っていたが、他のエージェントたちには無能なんて揶揄されることが多い。
異世界に行くと、人は眠っている能力が目覚め、スキルが使えるようになる。
能力の強さや当たり外れはあるが、例外はない。
そう思われていた。
――オレが現れるまでは。
スキルなし。
異世界に行ってもスキルに目覚めなかった。
こんなことは前代未聞だったらしい。
最初は興味の対象として珍しがられたが、やがて飽きられ、今では失笑の的だ。
そんなオレに興味を持ち、鍛えてくれたのが支部長だ。
支部長がいなければ、オレはとっくに死んでいたか、任務の失敗続きで干されていただろう。
支部長は変わった人だが、感謝しかない。
本当に、感謝してもしきれない。
「恵介くんはスキルを持っていないのに、全ての任務を達成してきた。これは凄いことだと思う」
「結姫がいたからさ」
結姫のスキルはかなり強力だ。
その力に何度も助けられた。
支部長はもちろんだが、結姫にだって感謝している。
「足手まといだったら、とっくに見捨ててた」
「見捨てるって?」
「事故に見せかけて殺してた」
「怖ぇよ!」
いくら結姫でも、さすがにそれはないだろう。
せいぜい異世界に置いていくくらいか?
……いや、それも十分怖いし、結局死ぬことになるけどな。
「とにかく恵介くんのことは凄いと思ってる。これは本当」
「……」
なんか微妙な空気が流れる。
それはなんていうか、淡い恋の雰囲気というよりは気恥ずかしい感じ。
きっと結姫の言葉は本心なんだろう。
この空気を変えたくて、話題を変えようとするが、こんな時に限って何も浮かばない。
――さて、どうしたものか。
そう考えていたら「405番の方。資料の準備が出来ました」と事務の人に呼ばれた。
オレと結姫は同時に立ち上がり、資料を受け取りに窓口へと向かったのだった。